第11話 誰が嘘をついたのか?

 次の日、私はアリアの屋敷を訪ねた。一人で抱えるには重すぎて、限界だった。

 けれど、なにをどう話したらいいのか考えがまとまらない。黙り込んでいる私を、アリアは辛抱強く待ってくれた。

 テーブルに置かれたままの紅茶が冷めてしまい、アリアは侍女に新しいものに変えるよう、命じた。

 運ばれてきたのはミントティー。ミントの清涼感ある香りに、もやもやしたものが晴れていく。

 私はようやく重い口を開いた。


「信じてくれないかもしれないけれど、時間が巻き戻ったの。私、十六歳を経験したの」


 すべてを話した。

 オルランドの正式な婚約者になったこと。家庭教師のローザ・メルディとの出会い。ローザからアリアとの交際を断つよう、命じられたこと。ユクシル貴族学院に入学後も、オルランドは振り向いてくれなかったこと。

 そして、生徒会室に呼び出されて婚約の見直しを迫られ、その直後にカラスに襲われて階段を落ちたこと。


 アリアは黙って聞いていたが、私との友達付き合いが断たれたことを聞くと唇を引き結び、厳しい表情になった。

 話を聞き終えたアリアは、開口一番にローザの名を口にした。


「ローザって家庭教師、変じゃない? 王妃は愛を与える存在だから、愛を求めてはならないだなんて。神に仕える神官じゃないのよ。納得できない。これから結婚して家庭を築こうとする人に、愛を求めてはならないだなんて、おかしいよ。それじゃまるで、お飾りの王妃になれと言っているようなものじゃない! 私、そのローザって女を調べてみる」

「危ないことはしないで! 怖い人だから」

「気をつけるよ。人格が破綻している人間って、なにするかわからないものね」

「じ、じんかくが破綻……」


 そういう目でローザを見たことがなかった。私ができないから、叱られるのだと思っていた。

 そのことを話すと、アリアは呆れたように笑った。


「できないから、教育者を必要としているんじゃないの? それなのに、叱って鞭で打つなんて、質が悪い教育者ですって言っているようなもんよ。優秀な教育者は、褒めて伸ばすものよ」

「そうなの?」

「そうよ。それに、私との友達付き合いをやめさせるなんて、頭が悪すぎ。我がモンディーヌ伯爵家は、ベレッタの家よりも格式が高いのよ。偉人を輩出し、名誉ある歴史を作りだしてきた。私の体型なんて、問題じゃない。ベレッタのようなあざとい人間より、私と付き合ったほうが役に立つわ」

「アリアぁーーっ!!」


 私はアリアの横に移動すると、彼女のふくよかな体に抱きついた。


「そうだよね! あなたって最高!!」

「ありがとう。それにしても、不思議ね」

「なにが?」

「オルランド様よ。昨日の様子では、エレーナを放っておくような人には見えなかった。むしろ、好きすぎてうざ……コホン。失礼。好きになったら一直線のタイプに思えたわ」

「そうね。だから、一直線にベレッタに夢中になったんだわ」

「そのベレッタだけれど、友人と呼ぶには……」


 ノック音が響く。執事が顔を覗かせ、アリアは私に断りを入れてから、部屋を出ていった。

 私はハーブティーを飲み、クッキーを齧り、両腕を上げて背伸びをした。それでもアリアが戻ってこないので、窓辺に立って外を眺めた。


「あれ?」


 屋敷の前に馬車が停まっている。馬車の扉が開き、左目に黒眼帯をした青年が乗り込んだ。


「ロベルト……?」


 ロベルトは、オルランドの影の従者だ。表舞台に出ることなく、影でオルランドを支える存在だと聞いている。

 家族も友人も使用人も風景も二年前と同じだというのに、オルランドの様子と、ロベルトが黒眼帯をしているのだけが違うというのは、どういうことだろう?


「目の病気、というわけではないわよね。過去の記憶では、ロベルトは普通に歩いていたもの。健康そうだった」


 馬車が遠ざかって行くのを見送っていると、アリアが戻ってきた。ピンク色だったアリアの顔色が、顔面蒼白になっている。

 私は駆け寄って、アリアの両腕を掴んだ。

 

「どうしたの⁉︎ なにかあった⁉︎」

「あぁ、ごめんなさい。手紙の内容に動揺してしまって……」

「手紙? オルランドから?」

「どうしてオルランド様だと思うの?」


 ロベルトを見たことを話すと、アリアは納得したように、深い吐息をついた。


「エレーナは彼を知っているのね。私は今日初めて、彼に会ったわ。オルランド様の魔術の先生なんですってね」

「魔術? え、どういうこと?」

 

 私とアリアは、ポカーンとした顔で互いを見合った。


「魔術のことは聞いていないの?」

「うん。アリアは聞いたの?」

「えっとー……私、あなたにどこまで話せばいいのか、わからないわ。オルランド様がエレーナに話していないことを、私が言うわけにはいかない。魔術のことは忘れて」


 アリアが誠実な心の持ち主であることは、友達付き合いを通して、よくわかっている。

 アリアは人の秘密を話す子ではない。私との友情に厚いけれど、「ここだけの話なのだけれど……」と、誰かの秘密を漏らしたことがない。

 私はアリアの口の固さと誠実な心が好きなので、ロベルトが気になるものの、聞かないことにした。

 だけど……。


「魔術って、おとぎ話の世界の話だと思っていた。現実にあるの?」

「私も知らなかったわ。でも、世の中のことすべてが、私たちにわかるわけがないじゃない? 時間が巻き戻ったというのもそう。どんなに頭のいい人でも、説明できないと思うわ」


 アリアはソファーに座ると、すっかり冷めてしまったミントティーで喉を潤した。


「エレーナ、よく聞いて。オルランド様の婚約者になるということは、いいことばかりじゃない。敵を作ることでもある」

「敵? どういうこと?」

「第一王子の一派が、オルランド様を王位継承権から下そうと、裏で動いているそうよ。ユイフィールド宰相は、自分の娘、つまりベレッタをオルランド様の婚約者にしようと働きかけているみたい。つまり、いろんな人たちが権力の拡大を狙って、野心を燃やしているってわけ」

「ええーっ⁉︎ そういうの嫌だ! 巻き込まれたくない!」

「その気持ち、わかるけど……」


 アリアは思い詰めたような表情で、私の両手を取った。アリアの肉付きのいい手に包まれると、安心感が生まれる。


「エレーナの話を聞いて思ったのだけれど、オルランド様とエレーナは、通常の学生生活の中では接点がなかったのよね? 女子と男子では学舎が違うし、学生寮も男女で分かれていた」

「うん。上流貴族のための学校だから、男女関係の規則が厳しくて。要領のいい人たちはこっそりと会っていたみたいだけど、私はそういうのできなかった。寮に談話室があるんだけど、寮母を通さないと相手を呼び出せなかった。ま、オルランドから呼び出されたことなんて、一度もなかったけどね」


 ははっ! と乾いた笑いをすると、アリアは「やっぱり……手紙の内容と全然違う……」とつぶやいた。


「なに?」

「私が思うに、オルランド様は他人の言葉をそのまま信じる人じゃない。裏付けを取ろうとしたはず。エレーナの噂があって、オルランド様はそれが本当なのか知りたかった。でも、オルランド様が真実を訊ねた人物は嘘をついた。それが真相じゃないかな?」




 

 

 


 

 

 

 

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