第10話 成り上がりゲームの勝者 

 さて、再度ルーレットを回したジャックは、人生の分岐点へと辿り着いた。

 優勝の大本命マーガレットは、恋愛コースに進むことになった。

 地味な人生を送っているアダムスは、働き蜂コース。

 ここでジャックが人生最強コースを出せば、優勝は確実!!


「ルーレットの神よ! おいらに力を与えたまえ!!」


 ジャックは渾身の力でルーレットを回した。アダムスから、「力いっぱい回しすぎだ。まだ止まらないのかよ。退屈すぎてあくびが出る」とのツッコミが入ったが、無視だ。


 ルーレットの回転が遅くなり、焦ったいほどの緩やかさで止まった。

 針が示した先にある数字は──……六!!

 

「え? ええ⁉︎ 嘘でしょう⁉︎ 地獄コース……」


 倒れた私に、アリアの「六分の一の確率で負けを引くなんて……。神様はエレーナを、王太子妃にしたいのね」との慰めにもならない声が降ってきた。


「お願い……もう一回、ルーレットを……」

「俺とアリアの対決となったな。恋愛コースと働き蜂コース。勝敗の行方は不透明だ」

「そうですわね」

「あの……もう一回ルーレットを……」

「エレーナ。俺の女になる覚悟をしておけ」

「ア、アリア!! お願い、勝って!!」


 拝み倒す私に、アリアはどこのマスに止まったら勝てるのか尋ねてきた。


「こことこことここのマスに止まって! 世界中の男を虜にして、お金を貢がせるの!!」

「す、すごいゲームね」


 ジャックは人生の敗北が決定したが、ゲームを降りることができない。他の二人が地獄コースを見たいと言ったからだ。

 地獄コースを進んだジャックを待ち受けていたのは、まさしく地獄。

 友人が、ジャックの名前を使って闇世界から借金をしていたことが発覚。ジャックは、闇の高利貸し屋に追われる人生へと突入した。

 逃げた先でロマンス発生。だが相手の女性はなんと、国際スパイ。ジャックは共犯者として、国際警察からも逃げる羽目になった。

 ジャックは生まれ故郷を目指したが、あと一歩のところで力尽きた。とことんついていない男、ジャック。

 そんなジャックの最期の言葉。


「あのとき賭け事をしなかったら、平穏な人生を送れたのに」


 そのセリフ。オルランドの勝負を受けてしまった私と通じるところがあって、目から水が出ちゃうよ……。

 

 さて、哀れな人生を送ったジャックとは違い、マーガレットは堅実な人生を送った。

 恋愛コースに進んだというのに、世界中の男を虜にするマスに止まることなく、夫婦仲を深めていった。結果、産まれた子供は十二人。子だくさん夫婦となった。

 マーガレットは、良妻賢母として人生を終えた。

 愛する夫と子供たちと孫たちとひ孫たちに見守られながら、マーガレットは天国に旅立った。

 そんな彼女の最期の言葉。


「お金で買えない愛こそが、私の求めていたもの。最高の人生だったわ」

 

 なんて素敵な人生だろう。私もマーガレットのような愛に満ちた人生を送りたい。


「マーガレットが優勝でいいよね!」

「素晴らしい人生だが、このゲームは遺産額で決まる。借金を返せなかったジャックは三位。福祉施設に全財産を寄付したマーガレットは二位だ」

「で、でも! 全財産を寄付するってすごいことだよ。尊敬する。マーガレットを優勝にしようよ!」

「エレーナ。諦めましょう」


 アリアはため息をつきながら、私の肩に手を置いた。


 そう、ダントツの遺産額で優勝したのは──アダムス。

 

 成り上がりゲームで何度も遊んできたが、アダムスほど巨額の財産を築き上げた人を見たことがない。

 アダムスは働き蜂コースのくせに、人生最強コースよりも莫大な金を儲けたのである。


 ドブ掃除夫だったアダムスが、なぜ巨額の財産を築けたのか。

 その秘密は、ドブにある。

 城のドブ掃除をしていたアダムスは、古い剣を見つけた。磨いてみたところ、剣は黄金の輝きを放った。

 その剣こそ、大昔に失われたという、勇者のつるぎ

 勇者の剣はアダムスを主人と認め、魔王退治の旅へと駆り立てた。

 勇者アダムスは働き蜂のごとく、魔物を倒しまくった。倒れた魔物はお金を落とした。

 さらにアダムスは魔王を倒し、魔王が隠し持っていた宝を手に入れた。

 それだけでは終わらない。長く人々を苦しめていた魔王を倒したということで、アダムスは王様から感謝された。姫様と土地を手に入れたのである。

 アダムスはその土地に、農民と商人と芸術家と踊り子を集めて文化を成熟させた。また地下資源を掘り出し、輸出国となった。

 アダムスの国は、世界一裕福になった。

 アダムスの最期の言葉。


「これぞ成り上がり。神に愛された男の人生はロマンに満ちている」



 ボードゲームを終えたアリアの頬が、ピンク色に染まっている。


「さすがはオルランド様。ルーレットが、オルランド様に味方しているとしか思えませんでしたわ。神に愛されていますね」

「国の頂点に立つには、実力と知恵だけでは足りない。第二王子であるのに、王位後継者一位なのは、俺が強運の持ち主だからだ」

「その王子に見初められるなんて、エレーナも運がいいと思いますわ」


 アリアはいたわりの言葉をくれたが、そうじゃない。私は敗者だ。

 才能あふれる見目麗しいオルランド王太子に、しがない令嬢が見初められた。

 それこそ、成り上がり。女の子が憧れるロマンティックストーリー。 

 けれど待っていたのは、婚約者を放置して他の女性にうつつを抜かす男と、鞭が好きな教育係。

 こんなの、運がいいなんて言わない。


 オルランドの腕が伸び、私の手を優しく包み込んだ。


「負けたのが悔しい?」

「違う……」

「では、どうして泣いているのだ?」

「泣いてなんか……うっ……」


 必死に耐えていたのに、見抜かれたことで、涙腺が緩んでしまった。

 泣きじゃくる私を、オルランドが抱きしめる。

 彼の胸の中で、部屋の扉が開閉する音が聞こえた。アリアが気を遣って、出ていったのだろう。


「なにがそんなに嫌なのか、理由を聞かせてくれ」 

「あなたの婚約者になりたくない」

「俺は、そこまで嫌われていたのだな……」


 オルランドの手が、私の頭を撫でる。 

 胸がズキズキと痛み、私はたまらずにお願いした。


「優しくしないで」

「優しくしたら、俺を好きになる?」

「無理です」

「そうか……」


 重いため息とともに、私は解放された。脇目も振らずに、部屋から逃げた。






 

 

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