第9話 ジャックの波瀾万丈な人生

 私はメラメラと燃える決意を胸に、勝負に挑んだ。

 オルランドは、私にゲームを選ばせてくれた。私は成り上がりゲームを選んだ。


 成り上がりゲームとは、失業からスタートする。職を転々としながら、金を稼ぎ、成功者を目指す。ゴールに着いたとき、遺産が多い人が勝ちだ。


 私はジャックという男性のコマを選んだ。


(このゲームはルーレットによって勝敗が決まる、いわゆる運ゲーム。オルランドがどんなに賢くても、運がなければ負ける。──神様、お願いします! 私に運を授けてください!!)


 私は神に祈りを捧げると、ルーレットを回した。



 ꙳✧ంః꙳✧ంః꙳✧ంః꙳✧



 ジャックは、大恐慌によって職を失った若者。彼は浮浪者となって、町を彷徨う。

 そこで見つけたのは、ルーレット。


「五を出せば、大富豪の屋敷で働けるぞ!」


 大富豪の屋敷では、美しいお嬢様との出会いが待っている。お嬢様に好かれたら、逆プロポーズされ、妻と屋敷と土地と莫大な資産が手に入る。

 つまり、愛と大金がいっぺんに手に入る、おいしいルートなのだ。


 ジャックは神に祈りながら、ルーレットを回した。

 ルーレットの針が示した数字は──五!!

 

「さすがおいら! ついている!! ん? アリアのしもべであるマーガレットは、食堂で働くのか。さすがは美食家。この世界でも食に関わるというわけか。で、オルランドのしもべのアダムスはどうなんだ? おいおい、ドブに落ちるって、職業じゃないぞ、それ!」


 ジャックは大喜びで、お屋敷で働いた。ジャックは真面目に働き、お金が順調に貯まっていった。

 しかし、問題が発生した。恋愛マスに止まらないのである。これでは美しいお嬢様との恋が始まらない。ただの使用人では、大金持ちにはなれない。


「どうすべー。ん? マーガレットが出世しているぞ」


 アリアのしもべであるマーガレットは、高級レストランのオーナーになっていた。毒舌グルメ評論家の舌を唸らせ、世界最高峰のグルメコンテストで優勝した。

 さらには、出世を賭けたハイ&ローで見事に大当たりし、レストランを世界進出させた。


「これだから、ビギナーズラックは恐ろしい。だが、マーガレットに負けてもいい。仲間だからな。で、アダムスはどうなんだ? んん? ドブ掃除夫かぁ。地味な仕事してんなぁ。おまけにハイ&ローで、三回戦負け。城のドブ掃除夫になったって、地味な出世してんな。さて、おいらもハイ&ローで大出世するか!」


 ところが、神はジャックを見放した。まさかの一回戦負け。イカサマ賭博で負け、財産を没収されて、地下トンネル掘りに強制連行されてしまったのである!!


「嘘だろ!! こんな人生ありかよっ!?」


 ああ、なんと無情な転落人生。

 だが、落ち込むのはまだ早い。この成り上がりゲームには、一発逆転が用意されている。最後まで希望を捨ててはならないのだ。


 ジャックは真面目にトンネルを掘り続けた。その甲斐あって、三年後に地上へと出られた。

 ジャックがトンネルを掘っている間に、マーガレットは結婚して双子を出産した。

 アダムスは城のドブ掃除中に、古い剣を見つけた。


「だからなんだっていうんだ? 古い剣を売っても、小銭にしかならない。あいつの負けは確実だ!」


 勝負は、マーガレットの一人勝ちに見える。

 だが、そうはならないのがこのゲームのおもしろいところ。


 三人は、五十歳になった。ゴール直前の最後の大チャンスが訪れた!!

 晩年が、四つのルートに分かれている。


 ルーレットの止まった数字が、一と二なら、人生最強コース。

 三と四なら、働き蜂コース。

 五なら、恋愛コース。

 六なら、地獄コース。


「一か二、出ろっ!!」


 ジャックは焦りすぎてしまった。分かれ道に辿り着いていないのに、一が出てしまったのである。


 四つの分かれ道の前に、大きな落とし穴がある。

 それは──……『スタートに戻る』



「いやぁぁぁーーっ!! スタートに戻りたくなぁ〜い!!」


 私は絶叫して、ジャックのコマを投げ捨てた。ジャックは壁に当たって、ポトンと床に落ちた。


「ヤダヤダヤダっ! 一人寂しく、コマを動かしたくない。お願い、もう一回ルーレットを回してもいい?」


 アリアは頷いてくれたのに、オルランドは「ズルは良くない」とバッサリと切り捨てた。


「だが、スタートに戻るようでは、いつ終わるかわからない。君がゴールするまで、悠長に待ってはいられない」

「ありがとう! じゃあ、もう一回ルーレットを……」

「ルーレットを回す権利を得たいなら、俺にキスしろ」


 ルーレットを回そうとした手を、オルランドが掴んだ。彼の形の良い唇がにやりと笑う。


「唇でもいいし、頬でもいい」

「ア、アリアっ! 助けて! 暴君がいる!!」

「暴君っていうか、私の目には、エレーナを気に入っているようにしか見えないんだけど……」

「エレーナ、どうする? スタートに戻るか、それとも、俺にキスしてルーレットを回すか」

「最低!」


 私は怒りで声を震わせながらも、心の揺らぎに混乱している。

 嫌いな人にキスを迫られたから、怒っているのではない。ベレッタを好きになるくせに、私にキスを求めていることに怒っているのでもない。

 そう、私は、怒っているのではない。動揺している。


 私にだって、人を好きになる感情がある。その感情に触れないでほしい。

 オルランドを好きになりたくない。

 私の恋心は、優しくて誠実で逞しくて頼り甲斐のある、私だけを一途に愛してくれる男性に捧げたい。

 婚約者を二年も放置した末に浮気した男に恋するなんて、願い下げだ。


 私はチュッと唇を尖らすと、掴まれている手を振り解いた。

 

「オルランドのまわりの空気にキスしましたー! ルーレット回しまーす!!」

「ぷっ! なんだよそれ」


 反則だと叱られるかと思ったが、オルランドは笑って、私がルーレットを回すのを許してくれた。


(調子が狂う。あなたのことが、わからない)


 私とオルランドの間には、深い溝があるように感じていた。

 けれど時間が巻き戻り、オルランドはその溝を飛び越えてきた。


 だが、私は知っている。身をもって味わったから。

 かまってくれるのも優しくしてくれるのも、最初だけ。あなたはそのうち、私を無視する。

 だから絶対に、彼を好きにならない。心を許さない。信じたりしない。

 私はもう、一人寂しく泣きたくない。


 

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