第8話 人生を賭けた勝負をしよう

 私は決めた。

 彼を寂しく待ち続けるのも、約束を交わすのも、もう嫌だ。彼の言うこともやることも、なにもかも、もう信じない。 

 彼と絶対に関わらない。


 そう決めたのに──……。


 テーブルに用意されたボードゲームを前にして、やりたい欲求がどうしようもなく高まる。ゲーム好きの血が騒ぐ。

 黙り込む私。オルランドは挑発するように笑った。


「さて、どうする? エレーナ、やらないで逃げる気か? 三歳の子供よりも弱いのか?」

「そんなわけない! 三歳児は、コマを投げて遊ぶだけだから!」

「ふーん。君もコマを投げて遊ぶというわけか」

「なっ⁉︎ 私を三歳児扱いしたわね! 私、強いんだから!!」

「では、勝負しよう」


(あっ、挑発に乗ってしまった!!)


 オルランドは強い。二年前コテンパンにやられてしまったというのに、ついうっかり、強いだなんて虚勢を張ってしまった。

 オルランドがアリアにルールを教えるのを、恨みがましく眺める。


(神様、お願いします。パーティーの前まで時間を戻してください。そうしたら、全力で逃げ出しますから!)


 しかし、時間は戻らない。時計の針は規則正しく動いて、私を魚取りゲームへと誘う。

 私は仕方なく、テーブルについた。


 魚取りゲームとは、名前のごとく、魚を取るゲーム。ただし、主役は人間ではない。鳥である。

 まず初めは、アヒル。

 私とオルランドとアリアの三人は、アヒルのコマをボードゲーム上のマス目に置いた。

 ボードの上には、無作為に魚が散っている。この魚を三人で取り合うのだ。

 アヒルは前後左右にあるマスを一歩ずつしか、動かせない。

 魚を三匹捕まえるごとに、鳥を変えられる。アヒルの次はカモ。カモは前後左右斜めに一歩、動ける。

 カモの次は、白鳥。前後左右斜めに二歩まで進める。

 鳥が変わるごとに、動ける範囲が大きくなり、さらには攻撃性が出てくる。カラス、フクロウ、ワシは他の鳥を襲って、その人が取っていた魚を奪うことができるのだ。


「エレーナ、やめて! 来ないで!!」

「うふふふふふ、鳩ってどんな味がするのかしら?」

「きゃあーーっ!!」


 アリアの鳩は、前後左右斜めに三歩まで進める。それを追うのは、私のフクロウ。フクロウは前後には自由に動けるが、左右斜めには一歩しか動かせない。

 だが、これこそがゲームの醍醐味。隅に追い詰めて、逃げ場をなくすのが楽しいのだ。

 私はアリアを隅に追い詰め、見事に鳩を仕留めた。アリアが手に入れていた魚を奪う。

 さらに私は、最強の鳥。ワシへと進化を遂げた。ワシは自由自在にマスを動ける。


「覚悟なさい! カラスの丸焼きにしてあげる!!」


 私はワシのコマを動かして、オルランドのカラスを追った。マス目には魚が二十匹ほど残っている。カラスはその魚に邪魔されて、思うように動けない。

 そう、たとえ三歩動かすことができても、二歩目のマスに魚がいれば、必ずそこで止まらなくてはならないのだ。

 魚のマスで止まったカラスに、ワシが襲いかかる。カラスのコマを投げ飛ばして、テーブルの下に落としてやった。


「やったぁー! 勝ったーーっ!!」

「エレーナ、すごいわ。あなたって、才能があるのね」

「えへへ、そうみたい」


 オルランドはカラスを拾いながら、「クソゲーだな」とつぶやいた。


「次のゲームをするぞ」


 オルランドは負けた悔しさからか、ムスッとした顔をしている。

 愉快でならない。私を三歳児扱いしたことを反省するがいい。


 二回戦は、絵柄が描かれたチップを並べるゲーム。

 三回戦は、積み上げたコマを総崩れさせないよう、そっと引き抜いていくゲーム。︎


 信じられないことに、私が全勝した。オルランドは仏頂面で、「今日は調子が悪い」と肩をすくめた。

 アリアは時計に目をやり、「そろそろ帰らないと……」とつぶやいた。高い場所にあった太陽が、だいぶ傾いている。

 帰ろうとする私たちを、オルランドが引き止めた。


「次のゲームで最後にしよう。賭けをしたい」

「賭け? お金はダメだよ。父に怒られちゃう」

「金ではない。人生を賭けたい」


 人生なんて嫌っ!!

 躊躇うことなく反対した私に、オルランドの目がきらりと光った。


「君はベレッタのことを推している。もし次のゲームで君が勝てば、ベレッタと会ってやろう」

「本当⁉︎ 絶対だよ!!」

「嘘はつかない。アリアが勝ったら、好きなものをなんでも取り寄せてやる」

「本当ですか! 私、フォアグラというものが食べてみたいです!」

「わかった。取り寄せ可能だ」

「さすがは王家! 素敵!!」


 私とアリアは手を取り合って、喜んだ。


「オルランドが勝ったら、どうするの?」

「エレーナ、俺の妻になれ」

「ぶっ!! つ、つまぁ!?」

「先を急ぎすぎた。失礼。正式な婚約者になってもらう」


 嫌だと騒いでいると、オルランドがアリアに語りかけた。


「アリアは、マンゴー。パイナップル。バナナは好きか?」

「好きですが……南国の果物は、なかなか手に入りません」

「賭けに乗ってくれるなら、君の屋敷に届けさせよう」

「勝たなくてもですか?」

「君とエレーナが、賭けに乗ってくれるだけでいい」


 アリアは、目力の強いオルランドの視線を真正面から受け止めた。しばし考えたのち、頷いた。


「エレーナ、やりましょう! 今日のあなたは運があるわ。神がかっている。次のゲームでもきっと勝つわ」

「でも、負けたらどうする?」

「私かエレーナ、どちらかが勝てばいいのよ。協力して、オルランド様を倒しましょう」

「あ、そうか! いいね!」


 私はオルランドをキィッと睨んだ。


「私かアリア。どちらかが勝ったら、オルランド様はベレッタと絶対に会ってください。そのまま、婚約してもいいです」

「わかった」


 これは、自由を賭けた大勝負。負けることは人生の敗北であり、生きながら死ぬことを意味する。

 

(絶対に負けない! 人生の運すべてを使い果たしてでも、勝つ!!)


 

 


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