第6話 今とは違う記憶を持っていますか?

 ベレッタの愛らしい顔が、激しい怒りのために歪んでいる。その醜悪さに私はたじろぎ、頭の中が疑問でいっぱいになった。

 

(ベレッタ……? 優しくて親切で、羽虫に悲鳴をあげるような人が、オーガみたいな怖い顔をするなんて……。どうして、怒っているの? もしかして、この時点で、オルランドが好きなの?) 


 私は十五歳の年に、オルランドと同じ、ユクシル貴族学院に入学した。

 女子と男子では学舎が違うこともあり、私たちは会話をすることがなかった。けれど、放課後や休日。談話室に呼んでくれても良かったのだ。しかし、それすら一度もなかった。

 相手にされていないのに、私から誘うこともできずにモヤモヤとしていると、ベレッタが仲介役に名乗り出てくれた。


「オルランド様は、学業と生徒会の仕事でお忙しいのだと思うわ。だからといって、エレーナを放っておくなんて可哀想よ。私が橋渡しをしてあげる!」


 そうして、ベレッタはオルランドと話すようになった。オルランドはベレッタを気に入って口説き、二人は親しくなった。

 ベレッタは「私はエレーナを裏切るようなことはしない。大切な友達だもの。オルランド様とはただの友達よ」と否定した。けれどその後で、「好きだと言われたけれど……」と付け加えた。

 

 オルランドはベレッタを好きで、ベレッタのはにかんだ表情は好意を抱いているのが丸わかり。けれど私に遠慮して、自分の想いを抑えているようだった。

 私は、両想いの二人の間に立ち塞がっていた邪魔者。


 だが現時点では、オルランドはベレッタに恋心を抱いていないらしい。だって、好きなら迷うことなく、ベレッタを婚約者にすればいいのだから。


(十六歳のオルランドは、ベレッタを好きではないんだわ。そういえば、父が言っていた。男の子は、恋愛よりも友情を優先する。女の子と比べて、恋愛に目覚めるのが遅いんだって。オルランドはまだ、恋愛感情に目覚めていないんだわ)


 オルランドが恋愛に興味がないことは、過去が証明している。無難だからという理由で、私を婚約者にしたのだから。

 そんな人が、十八歳でベレッタに恋をした。

 素晴らしいことだが、オルランドが恋愛に目覚める二年後まで待ってはいられない。いますぐに、ベレッタを選んでもらわなくては困る。

 ベレッタのほうは、現時点でオルランドを好いているらしい。

 しかし残念ながら、ベレッタの憎しみに歪んだ顔は恐怖を呼び起こすものでしかない。オルランドに見られたら、引かれてしまうだろう。

 そういうわけで、私はオルランドの目をベレッタに向けさせることができず、話の流れのままにアリアと二人で執務室に行くことになってしまった。



 ꙳✧ంః꙳✧ంః꙳✧ంః꙳✧



 アリアは乗り気ではなかったが、執務室に用意されていたお菓子を見た途端、顔色がパッと変わった。


「ケーキスタンド三段いっぱいに、お菓子が乗っている!!」

「お好きなだけどうぞ」


 オルランドはソファーに腰を下ろすと、長い足を組んで優雅に微笑んだ。

 やはり、オルランドは笑っている。おかしい。この人は無愛想だったはず。

 私は、ある仮説が当たっているのか探りを入れることにした。


「コホン。あの、お尋ねしたいのですが、今とは違う記憶を持っていたりしますか?」

「今とは違う記憶? それはどういったものだ?」

「あっ、いいえ!! 心当たりがないのならいいんです。お気になさらず!!」


 オルランドの言動や表情が私の記憶と違うものだから、もしかしたら、オルランドも記憶を持ったまま時を戻ってきたのではないかと思った。

 しかし、真顔で否定した様子を見るに、憶測ははずれたらしい。


 そういうわけで私は、芳しいオレンジの香りがする紅茶で喉を潤すと、頭の中でまとめていたセリフを口にだした。


「私のような身分の者が発言するご無礼をお許し願いたいのですが、オルランド王太子は婚約者を探しておられるのですよね? でしたら、とっておきの女性がいます。ベレッタ・ユイフィールド伯爵令嬢です」


 私はベレッタがいかに素晴らしい女性なのか、力説した。身分が高いうえに、思いやりと愛に満ちた、外見も心も美しい女性。

 ベレッタと交流を持ったなら、必ずや、気にいるだろうと説明した。

 現に二年後。二人は学院の庭を歩くようになり、それを見た生徒たちの口から、


「絵になるお二人だ」

「お似合いだ」

「両想いなのだから、エレーナは身を引いた方がいい」

「噂によると、嫉妬したエレーナはベレッタをいじめているらしい」


 そう、囁かれることになるのだから。

 私が悪者になり、傷つき、婚約破棄される未来なんてごめんだ。

 オルランドには、ベレッタと正式に付き合っていただきたい。


 

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