第5話 婚約者に選ばれたのは……

「食べ物が来たわ!!」


 アリアは、色気よりも食い気。麗しい王子を前にしても、心が動かされないらしい。実に頼もしい友人だ。 

 飲み物が配られ、白いテーブルクロスの上に大皿が乗った。

 華やかに着飾った令嬢たちはオルランドに群がり、私とアリアは人のいない食事テーブルに悠々とありついた。


「うわっ! でっかいエビ!!」

「ロブスターよ。美食家の父でさえも食べたことがないというのに、娘が食すなんて。お父様、ごめんなさい。アリアは先に幸せになります」

「ふふっ。私、アリアが食事するのを見るのが大好き。綺麗に食べるよね」

「口を美しく開けて食べる。笑顔で食べる。感謝の心を忘れない。食べ散らかさない。食べ終えた皿の上は美しく。後片付けをする人のことを考える。食事とは芸術である。……私の父は、口うるさいのよ」

「いい教えだと思うわ。見ていて気持ちいいもの」


 私とアリアは、焼き加減が絶妙な鶏肉に歓声をあげ、魚の香草焼きに頬を緩め、ピクルスをポリポリと齧り、葡萄ジュースをごくごくと飲んだ。


「ねぇ、エレーナ。オルランド様、私たちを見ている気がするんだけど」

「そんなわけないよ。だって、食事に全振りしているんだよ。呆れて見ているだけじゃない?」

「そうね。きっとそうだわ。さて、デザートにしましょう。デザートを食べないでは帰れないわ」

「そうこなくっちゃ! でも……果物ばっかりね。悪くはないけれど、お菓子が食べたい」

「本当。女の子がみんな痩せたいわけじゃないんだから。遠慮なく、お菓子を用意してほしいものだわ」


 アリアは不満を口にしながら、切ってあるオレンジを齧った。その途端、目が大きくなった。


「ちょっと待って!!」

「どこで待てばいい?」

「そういうことじゃないの。このオレンジ、想像以上に美味しいわ!」

「本当? ……わっ! 瑞々しいね!!」

「さすが王家。南の地方のオレンジが、新鮮な状態で手に入るなんて! 輸送が優遇されているんだわ。王妃にはなりたくないけれど、新鮮な果物が食べられるんだったら、愛人になりたいわね」

「アリア、絶対にやめた方がいい。オルランドは、釣った魚には餌をやらないタイプ。婚約者を放置するのが好きなの。お茶に誘ってくれず、手紙も寄越さない人だから」

「そうなの? ひどい男ね」

「ねぇ、アリア。私たち、男なんていらないと思わない? 二人で楽しく暮らそうよ。同じ学校に通って、死ぬまで仲の良い友達でいようよ」

「それもいいわね」


 結婚して子供を成すのは、貴族の義務。それなのにアリアは、「いいわね」と言ってくれた。

 こういうところが、私たちは気が合うのだ。常識や慣習にとらわれることなく、自分の好きを追求する。

 アリアとの友情を手放したくない。こんなにも一緒にいて、心地のいい人はいない。

 オルランドとは絶対に接触しない。完全無視して、この場をやり過ごしちゃおう!

 そんな決心を固めていると、オレンジを食べていたアリアの手が止まった。


「う、うしろ……」

「なに? お菓子が運ばれてきたの? ……ふへっ!!」


 振り返った先にいたのは──……オルランド。


 にこにこと微笑んでいるが、目は笑っていない。


「同じ学校に通って、死ぬまで仲良くか……。君にもそういう気持ちがあったなんて、嬉しいよ。言う相手が違うけれど」

「あ……」

「男は必要なくても、俺のことは必要としてほしい」

「え……あ、あの……」


 オルランドは、部屋の隅に控えていた侍従長に顔を向けた。

 

「エレーナ・ノーチェル嬢を、執務室に通してくれ」


 オルランドの後方で言動を見守っていた令嬢たちが、悲鳴をあげた。

 王太子に呼ばれる。それはつまり、婚約者候補に選ばれたことを意味する。


「あ、ああ、あああ、あのあの、無理です!! 私、なにもしていない。食べていただけです!!」

「食べている笑顔が良かった」

「で、でも、私、あの、絶対に嫌ですっ!!」


 オルランドはスッと笑みを消すと、アリアに真顔を向けた。


「エレーナの友人かい?」

「は、はい」

「だったら、君もおいで。二人を歓迎しよう」


 私は目を忙しなく動かして、ベレッタを探した。


(早くベレッタを押しつけなくちゃ! 自由が奪われちゃう!!)


 青ざめた顔でざわついている令嬢たちの後方に、ベレッタはいた。

 彼女の表情に、私は目を疑った。信じることができずに、目がおかしくなってしまったんじゃないかと思った。 

 ベレッタは、オーガのような形相で、私を睨んでいた。


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る