第3話 二年前の今日

 オルランド王太子の十六歳の誕生日パーティー。

 社交界デビューに満たない年齢の貴族令嬢たちが、パーティーに招待されている。


 オルランドは第二王子。だが、王位継承権一位である。

 外交を強化するために諸国の姫様を娶ればいいと思うのだが、国王も先王も先々王の妻も外国出身。内政を安定させるために、オルランドは国内の貴族から妻を娶ると、そういう大人たちの思惑があるらしい。


「迷惑な話だわ。無難だからという理由で選ばれた私が、可哀想すぎる」


 もしも私がオルランドの立場だったら、ベレッタを選ぶ。

 ベレッタは伯爵令嬢であり、父親は宰相。道楽好きな父を持つ子爵令嬢の私とは、格が違う。

 ベレッタは子供のように表情がくるくると変わって、見ていて飽きない。彼女も淑女教育を受けているだろうに、指導内容が私とは違うらしく、白い歯を見えて笑う。相手を傷つけない範囲で、自由な発言をする。

 それにベレッタは、美人で明るくて親切。頭の回転も早く、彼女の人柄に惹かれて人が集まってくる。

 そんなベレッタに、オルランドが惹かれたのも当然の成り行きというものだろう。


「だったら最初から、ベレッタを選べば良かったのよ。さて、私は人目につかないように……っ!!」


 城内に入ってすぐのところにある大広間に入った私は、瞬時にして固まった。

 色とりどりの豪華なドレスに身を包んだ令嬢方の合間を縫うようにして、給仕が動いている。

 その給仕の中に、見知った顔があったのである。

 ダークブラウンの髪を後ろに撫でつけた、背の高い青年。


(この人こそ、諸悪の根源!! 私を婚約者に推薦した人!! ……あ、でも、違う……)


 彫りの深い顔立ち。鷲鼻。尖った顎。人を遠ざけるようなオーラを放つ、神秘的な男性。

 この顔。この独特なオーラを、私は知っている。けれど、違う。

 なぜなら青年は、左目を黒眼帯で覆っている。二年前の彼は、眼帯などしていなかった。


 二年前。青年は今日と同じように、給仕の制服を着ていた。だから、令嬢は誰一人として彼に目を留めなかった。私もそうだった。

 二年前の今日。私は壁に張りついていた。

 なぜなら私は、自分が男性の興味をかき立てるほどの際立った容姿をしていないことを知っていたし、画家育成に情熱を注いでいる父は、私を王族の一員に加えたいなどという、だいそれた野心を抱いていなかった。

 だから私はオルランドの側に行くことなく、壁に飾られている絵画を眺めていた。

 すると、青年に話しかけられたのだ。


「お嬢さんの目は、絵画を見ていない。なにを考えているのですか?」

「お腹を空かせた子供たちのことです」

「子供たち? ここにあるのは風景画ばかり。人物の絵はありませんが?」

「そうですね。でも私は、この風景画はミレーネルという画家が描いたものだと知っています。ミレーネルの絵は、生まれ育った村を題材にしている。とても貧しい農村で、ミレーネルの六人いたきょうだいたちは、病気や栄養失調で亡くなっている。だからでしょうね。太陽の降り注ぐ明るい農村を描いているのに、死の影が付きまとっている」

「なるほど。そういうことでしたか」

「お腹を空かせていたり、寂しさで泣いている子供のことを想像すると、胸が張り裂けそうです。私は大人になったら、子供たちの幸せに関わることがしたいって考えているんです」

「優しい人ですね。お嬢さんのお名前は?」


 私は自己紹介をし、彼はロベルト・モンディーヌだと名乗った。


「子供たちを幸せにできる、素晴らしい慈善活動があります。推薦しましょう」


 そうして彼が推薦した先がオルランドの婚約者だなんて、誰が予想できた?

 慈善活動先が王太子妃だなんて、詐欺ですからっ!! と切実に訴えたい。


(まぁ、オルランドには、選ぶ意欲がなかったものね)


 二年前。大広間に入ってきたオルランドはムスッとしていた。こんなパーティーしたくないと、はっきりと顔に書いてあった。大病を患った国王が、婚約者選びを急かしたから仕方なくパーティーをしてやっているんだといったふれ腐れた態度で、令嬢たちと接していた。 

 そういった態度では話が弾むわけもなく。それでも令嬢たちは、笑顔を絶やすことなくオルランドに話しかけていた。


 後日。私は城に呼ばれ、オルランドと対面した。そうして知ったのである。

 ロベルト・モンディーヌは、オルランドの影の従者。婚約者選びにまったく乗り気でない王太子の代わりに、婚約者探しをしていたのである。


 オルランドは興味のない目と、そっけない声で、こう言った。


「ロベルトが勧めるなら、この子にしよう。ノーチェル子爵家の娘か。……ま、無難でいいんじゃないか?」


 無難だという理由で婚約者に決まったその三週間後に、家庭教師のローザが屋敷を訪れ、天真爛漫な元気少女だった私を生きた操り人形にした。この罪は重い。

 私がオルランドの背中をナイフで刺したとしても、神様は許してくれるんじゃないかと思う。


 

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