第37話 爽やかで怪しげな

 こちらの前に置かれた名刺にはロイド・マグダレンという名と簡素な連絡先が印刷されていた。


「……最近のギャングって名刺を持ってるのね」


「いやあ、違いますよ。今日の僕はギャングとして来ているわけではありませんから。それならちゃんと名乗るのが筋ってものでしょう?」


 爽やかだが、どこか怪しげな笑みを見せて言うロイドである。わざとらしく胡散臭い。これが意図的にやっているのか、そうではないのかは不明だが、どちらにしてもあっさり信用しないのが無難であろう。この男がなんと言っても、ギャングであることに変わりないのだ。反社会勢力を簡単に信用するのはただの馬鹿である。


「……ま、そういうことにしといてあげるわ。もしかしたらこれっきりになるかもしれないし。そういう相手にどうこう言っても仕方ないでしょう?」


「それもそうですね。僕としては相手が相手ですし、是非ともお得意さんになってほしいところなんですが。ところで、そちらはなんとお呼びすればいいですか? こちらだけ名乗っているというのは不便ですし」


「そうね。相手に名乗らせてこちらが名乗らないのは失礼だものね。わたしはソラネ。よろしく。あいにく、ただの学生だから名刺なんてものは持ってないのであしからず」


 スターゲートまで名乗る必要はないだろう。向こうも本名をそのまま名乗っているとは思わないだろうし。そのことでいちいち怒るような短絡的な人間ではなさそうだ。


「構いませんよ。僕だってそれが本名であるとは限らないですし、偽名での接触なんて珍しいことではありませんから。なにしろ僕のやっていることは褒められたことではありませんからね。はっはっは」


「そういうわりには、悪いことやってるって自覚なさそうね」


「そんなの当たり前じゃないですか。僕はギャングですので、悪いことやってナンボの商売ですよ。それが裏切り紛いのことであったとしてもね」


 つかみどころのない男だ。優男のような見た目をしていながら、なかなか食えない男である。こういう平気で悪びれないようなのが一番性質が悪かったりするものだ。まあ、わたしとしてはこういうおもしれー男のほうが相手にしていて楽しいけれど。


「で、どういう話が聞きたいので? こちらとしてはそれなりの対価をいただければ見合ったものを提供するおつもりですが」


 水物なので価格は時価ですけれど、とロイドは付け加える。


「まず一つ目ね。あなたたちは二十二区で流行ってるっていうオーロラって薬のこと、どこまで知ってる?」


「そうですねえ。とりあえずつかんでいるのはギャング連中じゃなさそうなのが売ってこっちの縄張りを荒らしてるってことくらいですね。何人か現場で拉致って吐かせてみましたが、どいつもこいつもただの雇われで指示された値段で売れって言われただけの素人みたいでして。実体はろくにつかめていないってのが現状なんですが」


 お恥ずかしい限りですけれど、ギャングってのは所詮その程度でしてね、などと自虐をするロイド。


「裏社会のなんかすごい力でなんとかできないってわけ? ギャングも世知辛いのね」


「そんなもん昔からたいしてありませんよ。ギャングなんてのは所詮、普通のことができなかった落伍者が行きつく墓場みたいなものですから。それでも恐れられているのは、僕らが暴力の有効的な使い方ってのを知ってるのと、それを行使することに躊躇がないからなんですね。これさえわかっていれば、多少の組織運営のノウハウを知っていれば、僕らなんかよりもうまくやれちゃうんですよ」


「そういうのがわかってるのが、オーロラを売ってる連中?」


「ええ。しかも、僕らとは違って構成員のことやら組織の体面やらを気にする必要もないでしょうから、かなりあくどいと思いますよ。僕らでもやらないようなことを平気でやる。過去に似たようなのをやっていた素人集団がいたことがありますが、そんときも僕らでも引くようなことをやっていましたからね。これも犯罪が仕事の僕らが言うことじゃないんですが」


「じゃあ、オーロラを売ってる連中は素人臭いってこと?」


「いいえ。たぶんそれは違いますね。素人がやってるんなら、ここまで尻尾を出さないのはあり得ない。これに関わっている連中はどういう形であれ、二十二区の環境と組織を把握していて、かつ末端を突かれてもボロを出さずに統制ができる運営能力を持ったのがいると思われます。ヘマをやらかして組織からたたき出される連中ってのはどこにでもいますから」


「じゃあ、あなたはどこかのギャングから追放されたのがそれをやっていると?」


「どうでしょうね。あり得ないとは言い切れませんが、オーロラの販売はどう考えても商売にならないものです。基本的に僕らは商売のために犯罪や暴力を使っているんですよ。逆に考えると、よほどのことがない限り商売にならないなら犯罪や暴力しないということでもあります。もし、商売にならないのに犯罪や暴力をやっているのであれば――」


「……なにかしら別の意図がある、ってことね」


「さすが。ご聡明でいらっしゃる。もしくは、それが直接的に利益にはならなくとも、別のところで利益が見込めるから、見かけ上は商売にならないことをやっている、ですね」


 オーロラの販売に別の意図があるとすれば一体何だろう? いまのところただの勘でしかないが、ただ社会を荒らすためだけとは思えない。社会を荒らす以上のなんらかの目的があるように思える。


 その実体はまだほとんど見えてないが、しっかりとそこにあるはずだ。


「ところで、こちらからも話があるんだけど」


「へえ、興味深いですね。どういう話です?」


 胡散臭そうな爽やかな笑みを浮かべているその奥には冷たい刃のようなものが見て取れた。やはり油断ならない男である。


「それは、あなたが信用できるかどうかね。見たところ――」


 わたしはロイドに目を向ける。


 ロイドからは、忌み者の気配はない。少なくともいまは、忌み者に身体を奪われていない状態だ。


 だが、視認しただけでは確証が得られないというのもある。相手が相手だし、確証を得ておく必要はあるだろう。


「信用はできそうだけど――手を出してくれる」


「ええ。構いませんよ」


 そう言ってロイドは手を出しだした。


 わたしはそれに触れ、抑止の力を流し込む。


 だが、ロイドにまったく変化はなかった。抑止の力だけでは人間には危害を及ぼさない。しかし、忌み者であればそうではない。抑止の力によってその身体が崩壊する。


 流し込まれた抑止の力でなんの影響も出ていないということは、ロイドが人間であることに他ならない証明だ。


「大丈夫そうだから、教えてあげるわ。確かあなたは鬼十字の構成員であると聞いているけれど、間違いないわよね?」


「ええ。一応は」


「はっきりとした確証は取れたわけではないけれど、ヤタガラスの構成員とオーロラの売人と思われるのが接触していたという情報よ」


「……へえ。それはなかなか面白い情報ですね。僕もつかんでない情報だ。一体どこで手に入れたんです?」


「それは内緒。情報の提供元は守るのが礼儀ってものでしょう? この話を聞いてあなたはどう思う?」


「聞き捨てならないというのが正直なところでしょうか。オーロラの販売はうちの縄張りを荒らしているのは間違いないですから。でも、あなたの言った情報が真実であったとすると、色々と面倒なことになりますね」


「三すくみで取れている均衡が崩れるから?」


「はい。二十二区というのはちょっとしたきっかけで均衡が崩れかねない状態がずっと続いている状況ですから。あなたがいま話した情報はそれを吹き飛ばす爆弾になりかねない」


 マービンが持ってきた情報は思ったよりもやばそうだ。彼がこれをギャングに持っていく前にわたしたちが確保できたのは幸いだったかもしれない。


「僕としては権力闘争に興味はないんですが、それゆえに困りますね。どうしましょうか」


 いままでとは打って変わって真剣な表情で考え込むロイド。


「ひとつ訊きたいのですが」


「なに?」


「どうしてその話を僕に?」


「決まってるじゃない。わたしにも利益があると思ったから」


「本当に恐ろしいですね。本当に女子高生ですか?」


「普通にかわいくていたいけなジョシコーセーよ。そうじゃなかったらなんだというのかしら」


「はは。面白いお人だ。予想外に大きな情報を手に入れたので、他にもなにかあったら遠慮なく訊いて構いませんよ。なにかありますか?」


「うーん。そうね。今日のところはいいわ。借りにしといてあげる」


「あなたに借りを作るのは正直避けたいところですが、致し方ありません。またなにかあれば遠慮なく申し付けてください。今回の件の分は働かせていただきますよ。カーリアくんの紹介ですし」


「お話は終わりですか?」


 そう言って現れたのはアイスコーヒーを持って現れたこの店の店主おじいさんだ。


「よかったら飲んでいってください。彼の言う通り、たいしたものではないのですが」


「ええ。いただいていくわ。注文したのに手を付けないなんて失礼だもの」


「ありがとうございます」


 そう言って店主のおじいさんはアイスコーヒ―をわたしの前に置いた。


「これをいただいてから帰るわ。せっかく頼んだのだし、ちゃんと飲んでいくのが礼儀ってものでしょうし」


 そう言うとロイドは呆れた顔を一瞬見せたが、気にしても仕方ない。世の中のことは大抵のことは気にしなければなんとかなるものである。

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