第36話 次なるお相手

 さて、次の用件である。


 次は相手が相手なので、油断するべきではないだろう。なにしろ相手はギャングだ。利害の一致があったとしても、隙を見せればどうなるかはわからない。


 なにより、現時点では面倒を起こすのも得策ではないし、二十二区という特異な場所で忌み者を探すのであれば、そこで大きな影響力を持っている存在と対立することになるのは足かせとなる。あらゆる資源を欠いているいまの状況でそれは避けておくべきだろう。


 無論、対立するしかないとなればそうしなければならないが。要は効率の問題だ。殺し尽くしてしまってはその使えるはずだったものも使えなくなってしまう。命というのは有効に使ってこそ価値がある。殺すのは、ただ害をまき散らすようになってからでもいい。


 先方から指定されているのは、二十一区の喫茶店である。二十二区と隣接しているので、あまり治安はよくないが、二十二区ほどではない。何故そこなのはわからないが、別にそこはどうでもいいだろう。ただ単に話をする場所がそこだったというだけだ。


『しかし、あのガキを引き込むとはな』


「なに? 意外だった? 最初はそのつもりなかったけど、話を聞いていたらなかなか使えそうな子だったからね。本格的に忌み者と戦っていくのなら、情報は必須だもの。なにより、今回は場所が場所だから、ちょうどよかったわね」


『セレンとアンヘルに任せるんじゃだめったのか?』


「あの娘たちの能力は信用しているけれど、結局二人とも二十二区においては部外者だもの。部外者にはどうあってもその場所特有の空気感とか細かな機微は拾いきれない。そのへんを知ろうとするなら、現地の人間を頼るのが一番手っ取り早いのよ。たぶん、二十二区はその傾向がかなり強いと思うわ。三つのギャングが幅を利かせているし」


 鬼十字。


 ブルーブラッド。


 ヤタガラス。


 二十二区はこの三つのギャングにより実質的に支配されており、互いが互いを監視しつつ、均衡を保っている状況だ。


 今回カーリアから紹介されたのは鬼十字の構成員である。鬼十字は三つのギャングの中では最も古くからあり、勢力的にも一番大きい。話をする相手としては無難ではあるだろう。こちらとしてはなにかひとつでも有益な情報が手に入ればそれでいい。情報収集において徒労は付き物である。そうなったらそうなったでしかない。


『しかし、大丈夫かね。相手はギャングだろ?』


「あら、わたしの誰だと思っているのかしら。ギャングだって人間ならある程度話はできるわ。こういうのに乗ってくるってことは、たぶんそれなりにできるヤツがきているだろうし。そうじゃなかったら――ま、そんときはそんときね」


 わたしがそう返すと、アベルは『うわー』と引き気味の声を響かせる。人間らしくお話をしようと言っているだけなのになぜそんな風に引かれるのだろうか。誠に遺憾である。話ができればそれでよし。できなければ暴力。正しく人間の営みではないか。必要もなく暴力を振るのはいただけないが、いつでも暴力を振るえるという覚悟がなければ舐められる。やらないとできないは根本的に違うものなのだ。


 まあ、なんとかなるだろう。わたしは慎重であると同時に楽天家でもある。大抵のことはなんとかなるし、なんとなくでなんとかならないことというのはそもそも根本的になったらいけないのだ。なんとかならなかったら暴力を振るえばいいし。暴力は大事。昔の偉い人もそんな感じのことを言っていた気がする。知らないけど。


 二十一区へと歩を進めていく。


 これから向かう二十一区はいわゆる下町のようなところで、昔ながらの住宅が多く残っている地区だ。治安自体はそれほど悪くないが、二十二区に隣接していることもあって、そこで起こったアレコレに巻き込まれてちょっと荒れることもある地区でもある。


 下町の住宅街なので、人が集まるような場所はほとんどない。指定された喫茶店も恐らく、一区や三区にあるようなオシャレなものではなく、昔からあるような質素なものであろう。


 一応、周囲を確認。


 いまのところ、こちらに対して不審な気配は向けられていない。確証はないが、たぶん大丈夫であろう。こちらに気づかれる程度なら大したヤツではないし、気づかれないような手練れであれば、それはそれで仕方ない。


 警戒しながら進んでいき、数分歩いたところで指定された喫茶店へとたどり着く。いかにもという喫茶店であった。


 扉を開くと、これもまた懐かしさを感じるようなカランカランという音が鳴り響く。


「いらっしゃい」


 扉を開くと同時に、店主と思われるおじいさんが穏やかな様子で声をかけてくる。


「えーと。ここで待ち合わせをしているんですが――」


「ああ。あいつの客ね。奥にいるよ」


 店主のおじいさんはそう言って親指で店の一番奥にある席を指した。


 そこに座っていたのは、ギャングとは思えない人物であった。三区にあるような大手銀行や証券会社に勤めているような風体の三十代くらいと思われる男。すぐこちらに気づき、小さく手を上げる。


 これが件の相手であることを認識したわたしは客がまばらにしかいない喫茶店の中を進んで一番奥の席へと進んでいく。


「どうも」


 こちらがそう言うと、ギャングの人間とは思えない柔らかさで「こちらこそ」と返してくる。


「どうぞ座ってください。ここを指定したのは僕ですし、相手に立たせたまま話するのは失礼ですから」


「ええ。言われなくてもそうさせてもらうわ」


 わたしは年季の入った椅子に腰かける。それほど高くないもののようであったが、座り心地はそれほど悪くない。


「ギャングっていうからもっと強面が来るのかと思っていたけれど」


「僕も驚きですよ。カーリアくんから僕みたいなのと話がしたいのがいるっていうから誰かと思っていたら、まさかこんな若い女の子だとは」


「意外と仲良さそうね。ただの情報提供の協力者って感じではなさそうじゃない」


「彼とは大学の同期でね。まあ、僕は一年浪人して入ったから年齢は年上だし、なにより彼とは違って人に褒められるような仕事をしてないからね」


 自虐しながら軽く笑う。


「ギャングも学歴が必要な時代なのね」


「案外珍しくないよ。学費を払うために悪いことに手を出して、そのまま引きずり込まれたりとか、単純にギャンブルにはまって借金してそうなるしかなかったとかもいたし」


「ギャングの学歴なんてどうでもいいわ。わたしが興味あるのはあなたのことじゃなくて、あなたが提供してくれる情報だもの。仲良くやりましょうなんて思ってないし」


「はっはっはそうですね。確かにその通りだ。僕も相手のことには必要以上に興味をもたないようにするのは礼儀だと思っているからね」


「ところで、話をする前にのどが渇いたから、なにか飲んでいいかしら?」


「ええ、どうぞ。今回は僕が奢りますよ。まあ別に気にしないでください。ここのコーヒーは、大した値段じゃありませんが、悪くないですよ」


「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ。冷たいコーヒーを一つお願いします」


 そう言うと、店主のおじいさんが「はいよ。少し待っててね」と柔らかな調子で返す。


「で、きみみたいなかわいくて若い女の子がギャングに話を聞きたいっていったいなんの用? あまり剣呑ではないと思うけれど」


「その前に、ひとつ必要なこと忘れてない?」


「なにかな?」


「あなたのこと、なんて呼んだらいいのかしら? いくらギャングだからってお前とかあんたっていうのは失礼だし面倒でしょう? 偽名でもいいから教えてくれると助かるのだけど」


 こちらの言葉を聞くと、「それもそうですね」と言って、彼は懐から素早く名刺を差し出したのだった。

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