第35話 新たな協力を

 マービンにとっていまわたしが言ったことはまったく想像もしていなかったものであったようだ。


 最近はわたしの言うことに慣れてきたのか、あまりこういうのを見せてくれなくなっていたところなのでなんとも新鮮である。悪くないね。やっぱり新鮮さというのはいつになっても重要なものだ。


「まあ別にすぐ答えを出す必要はないわ。危険なこともあるだろうし、その辺のことはしっかりと考えて判断したほうがいいわね。判断の早さは大事だけれど、その結果見誤ってしまったらあまり意味ないから」


 しっかり考えておくことも覚えておいて損はないわと付け足した。


 それはそれとして、マービンを引き入れたいというのは本心である。話を聞いた限り、彼は充分に優秀だ。独学とはいえ確かな尾行能力に調査能力、伝手の使い方に危機察知能力を持ち、しっかりと扱えている。鍛えていけばその辺の技術もさらに向上させられるだろう。


 有用な人間というのはいくらでもいてもいい。なにぶんこちらは人的資源があまりにも欠いている状況だ。有用な人材はできるだけ引き入れておくべきであろう。こちらの力を分け与えるべきかどうかはまだ保留であるが。


「そうっすね……俺としては別段なにか損するってわけじゃないし、なにより特定の決まった相手ってのはいないんで、生活を考えるとお得意さんってのがいたほうがいいってところなんですけど――」


 その言葉からはまだ戸惑いが感じられたが、こちらの話を聞いてもしっかりと自分の損得の判断ができていることを考えると、やはり彼は優秀だ。わたしより一つ下らしいが、それでこれだけできれば充分すぎるだろう。まだ少年としか言えない年齢であるにも関わらず、情報屋としてやってこれただけの実力は頷ける。


「それなら話が早いわ。でも、口約束で終わらせるとあとで面倒になるかもしれないし、ちゃんと契約交わしたほうがいいわね。あとで連絡先を教えてちょうだい。契約書を送るから。で、ひとつ訊きたいのだけど、あなたは普段どのくらいで情報を売ってるの? 参考までに聞かせてほしいわ」


「ものにもよるし、水物なんではっきりと決まった値段はないっすけど――目安としてはこんなもんっす」


 そう言って端末を取り出して操作し、その画面をこちらに見せる。簡素な表であったが、わかりやすい。情報屋の相場というのはよくわからなかったが――


「じゃ、とりあえずその表の倍は出すわ。まあ、ものにもよる、もっと取っていいと思うのなら交渉に応じましょう。もっといい仕事をしてくれるなら報酬も上げるわ」


「……まじっすか?」


「マジよ。あなたを見た限りだと、それだけ払う価値があると判断したもの。それとも、この値段じゃ不満? これ以上ってなると、どれだけできるかを見せてくれないと判断は難しいわね。やっぱり、実際にどの程度できるかはやらせてみないとわからないし」


「いえ、そういうわけじゃなくて、そんな金をポンと出してくるとは思わなかったんで」


「だって、お金ってそういうことをするためにあるものでしょう? お金というには自分が使ってもいいと思える価値があるものに対しては惜しみなく使うべきなのよ。無論、いざというときにある程度残しておくことも大事ではあるけれど。無意味な貯蓄というのは悪徳よ」


「……なんつーか、すごいっすね」


「そんなもんよ。これを機に色々と勉強するといいわ。与えられる機会というのは万人に与えられてしかるべきものだから」


 恐縮そうな様子で「参考になります」というマービン。


「ま、それはそれとして本題に戻るわね。その売人と思しき人物の写真なんかはある?」


「いえ。そこらで薬の売買やってるっていっても、そういう場で写真やら映像やらを撮るのは基本御法度っすから。バレたら袋叩きにされるどころか下手したら下水道で冷たくなって浮いててもおかしくないです」


 無法者たちにもそれなりの決まりがあるということか。犯罪行為を生業とし、法律を軽視しているにも関わらず、完全な無法にはなり切れないというのはなんとも人間らしい。


「二十二区だと、そこいらに警備用のカメラもないでしょうし、顔は割っておきたいところではあるけれど――」


 相手がギャングとなれば、それなりの人員と武器は保有しているにしかるべきだ。そいつらと全面的にドンパチやるのはあまり得策ではないだろう。目的はあくまでもその薬を売っている連中であり、そいつらとなにかしら関係があり、潜んでいそうな忌み者である。ギャングたちに忌み者と真っ向からやりあえる戦力はないだろう。だが攻略するにあたっては彼らの協力が取れたほうがいいのは言うまでもない。


 こちらとしては顔さえ割れてしまえば、写真が必須というわけでもない。こちらの目は忌み者かどうかを看破できる。


「ま、それに関してはあとで考えましょう。まだ訊きたいことあるし、そっちを優先するわね。話を聞いていて思ったのだけど、どうしてあなたはその件の売人と接触しているのがヤタガラスの構成員だってわかっての?」


「あいつら、身体のどこかにカラスの入れ墨を入れるのがしきたりなんで、話してた相手の手の甲にそれが見えたんです。他のところと違って、結構特徴があるんで、目が良ければわりと遠くからでも見分けられます」


「わかりやすい特徴を持ってて助かったわ。で、その売人と接触していたのは知ってる?」


「いえ。ギャング連中には何人か知り合いはいますが、少なくとも俺とかかわりがあったやつではなかったです。ヤタガラスは二十二区で幅を利かせてるギャングの中じゃ一番新参ですが、それでもかなりの人数がいますから」


「あなたの意見でいいけれど、その話していた相手の印象はどんな感じ?」


「ギャングの下っ端にいるような粗暴な感じではなかったです。雰囲気からしてそれなりの立場にありそうに思えました。だから、ヤタガラスにタレ込むのはまずいかなって思って」


「……ふむ」


 なかなか興味深い。そいつが本当にただの薬物の売人でしかなかったら、明らかに下っ端でなさそうな人間が直接接触するはずもない。であれば、考えられるのは――


 その売人を重要な取引相手とみなしているか、売人とそいつがなにかしらの悪だくみを画策しているかであろう。


 ギャング連中の権力闘争になど興味はないが、都市に入り込み、その安全を脅かしている忌み者がそれを利用して混乱を発生させるというのは大いに考えられる。非合法な組織というものは、目的のために外部の連中と結託したりすることも珍しくない。それが、都市に入り込んで人間の身体を乗っ取った忌み者である可能性は充分に考えられる。


「実に参考になったわ。今日はわたしのためにわざわざ時間を使ってくれてありがとう。契約書は後で送るから、連絡先を教えてくれる?」


 わたしがそう言うと、彼は連絡先を端末に表示する。それを素早くメモを取って――


「終わったから、もう入ってきていいわよ」


 と、部屋の外にいるジャックに通話をかけて呼び出した。


 すると、すぐにジャックは部屋へと戻ってくる。


「……見たところ、変なことはされなかったみたいだな」


「他人の家で年下の男子に手を出すなんて性犯罪者じみた真似をするはずないじゃない。やるならバレないところでやるわよ」


「いや、だからその冗談なのか本気なのかわからねえからそれやめろって」


 呆れた様子でため息をつくジャックである。


「それじゃあ、わたしはもう行くわ。今日は別件もあるから。それにしてもジャック、あなたいい後輩と知り合いじゃない。数少ない知り合いが有能なのってなかなかないわよ」


「数少ないは余計だ。別にそれは言わなくてもいいだろ。で、どんなことを話したんだ?」


「彼が知っている限りの詳しい話とあとは仕事の話ね」


「仕事――ああ、そうか」


 その反応を見るに、ジャックはマービンが普段なにをしているのか把握しているのだろう。


「それはいいけどよ、あんま危ないことはさせんなよ」


「わかってるわ。使い捨てるなんて命がもったいないもの。命というのは最大限有効活用してしかるべきよ」


「お前がそれ言うと、なにさせられるのか恐ろしい限りだな」


「そういうわけだから、わたしは次に行かせてもらうわ。マービンくんをちゃんと家まで送ってあげるのよ。役目でしょ」


「言われなくてもわかってるよ。そっちはどこに行くんだ?」


「ちょっとギャングの方と大事なお話に」


 そう言い残して、わたしはジャックの家を出て、次なる目的を目指して進みだした。

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