第32話 ゆるりとした歩み
二十二区で広がっている新型の薬物に、最近話題の匿名流動型の犯罪集団が関わっているかもしれないとなるとなかなか厄介である。
あの手の連中はただでさえ特定するのが難しい集団だ。その場で雇われたような使い捨てに等しい要員がなにも知らされず指示だけされて動くばかりで、そいつらを捕まえても上で指示を出している者にはほぼ痛手はない。しかも、外部の匿名性の高いシステムを用いてやり取りをしているうえに暗号化もかませているので、ネットワーク上だけそいつらの実態を明かすのは困難だと言われている。
そのあたりに関してわたしよりも知っているであろうアンヘルにも訊いてみたが、「そんなんが簡単にできるなら、あたしはとっくに捕まってるな三回くらい」などと冗談交じりで答えていた。
彼女が言うには素人がにわか知識でやっても相当のヘマをやらかさない限り、尻尾を出すこともないという話らしい。
こうやって都市内に入り込んでいることを考えると、そう言った手段にも熟知している可能性もある。場合によっては、アンヘルに匹敵する技術を持っているのがいてもおかしくない。敵の想定は甘く見積もるべきではないだろう。甘く見積もると、足元を掬われる可能性がある。
こちらとしては、現時点で有利と言えるものはほとんどない状況だ。あるとすれば、こちらのことがまだ知られていないという一点でしかない。これをどれだけ有効に切れるかにかかっている。できることなら、最大限に活用したいところであるが――
そう簡単にいかないのが現実というものだ。というか、自分の思うように物事がアレコレ進んでくれたら面白くもないというのも現実である。
敵が匿名という盾をうまく使ってくるとなると、侮るべきではないだろう。なんとかその盾をはがして引きずり出して足りたいところだが。
力が強いせいで猪みたいに突っ込んできて、脇の甘いのがいてくれるとありがたいのだが、そうもいってくれないだろう。単純に戦闘力が優れていて、力に任せてくるよりも、力は劣っていても堅実かつ狡猾に進めてくるほうがこちらとしては難しいのが正直なところである。実戦において、実直な強者よりも、卑怯で狡猾な弱者のほうがずっと脅威なのだ。
どうにかして攻めやすい部分を見つけるしかない。敵の全貌は不明であるが、どんな存在であれ完全でも万能ではないはずだ。であれば、付け入る部分は必ずある。大事なのは、そこをいかに見落とさずに立ち回れるかだ。
とはいっても手がかりが少ない状況に変わりはない。とにかくいまは少しでも多く情報を集めなければ。こちらがどれだけ強かったとしても、情報もなく動くのは危険だ。そういう驕りが窮地に陥る原因となる。しかし、慎重になりすぎてある程度の危険性を承知していても動かなければならない状況で動けないのもいただけない。そこはうまい感じにやっていくとしよう。こちらにはできるだけの力はある。
周囲を見る。
こうやって普段の光景を見ていると、忌み者が入り込んで都市の安全が脅かされているとは思えない。なんとも平和でいつも通りである。
まあ、なにもおこならなければそれに越したことはない。よくないことなんてのは起きなければそれが一番いいのだ。
あと関係ありそうなのは二十二区のギャング連中との関係であろう。あそこで幅を利かせている連中と、忌み者どもがなにかしら関わりを持っている可能性は充分にある。影響力を持ちたいのであれば、もうすでに影響力を持っている連中と関わりを持つのが手っ取り早い。
なにより反社という連中は利用できるものはなんだって利用するものである。忌み者側が連中に利益をもたらすと判断したのであれば、ヤツらがどれだけ危険であっても躊躇しないだろう。
前にカーリアから提供を受けた資料に、匿名流動型の連中とギャングが明確につながりがあるという情報はなかった。
だからと言って、まったくのシロというわけでもない。そもそも犯罪を生業にしているのだからそんなのは当然である。敵に近いところにいる存在なので、どこかしらと接触してもいいかもしれない。
そんなことを考えていると、ジャックからメッセージが届く。開いてみると、『明後日なら大丈夫ってきたが、どうだ?』というもの。
この間の件だろう。とりあえずその件の後輩に接触してどうなのか確かめたのち、ついでにどこかしらのギャングにカチコミをかけてみてもいいかもしれない。
当然のことながら拒否する理由はないので、『それで構わないわ。先方にそれで伝えておいてちょうだい』と返しておく。
明後日ならそれなりに猶予はある。件の後輩と会うだけというのも非効率だ。どうせならついでにどこかしらのギャングと接触したいところである。こちらにある猶予は無限ではない。
とはいっても、接触する相手は選ばなければならない。相手は犯罪集団である。場合のよっては接触した連中がすでに忌み者に呑まれている可能性もあるだろう。となると、選択は慎重にするべきだ。
端末を操作して、カーリアから送られてきた情報を改めて開いてみる。
色々とある情報に改めて目を通してみて、どこが比較的大丈夫そうかを確認。
どこも似たり寄ったりである。そもそも信頼できる人間が犯罪組織などに属するはずもない。
どちらにせよ、犯罪組織の連中との接触は危険が伴う。ここはどうやって避けようがない。なんとか比較的有用そうなのを見つけて、接触するしかないだろう。どうせなら、最初からそういうのとつながりを作りたいところであるが――
そうなってくるとカーリアに頼んでみるか。ヤツなら、二十二区のギャング連中につながりがあってもおかしくはない。諜報を生業とする奴であれば、そういう人材を抱えているはずだ。カーリアとのつながりがある相手であれば、それなりに信頼に足る相手でもあるだろう。だとしても、相手は犯罪組織の連中なので油断はできないが。
ということなので、カーリアに比較的信頼できる二十二区のギャングと接触できないかとメッセージを送ってみる。
送って一分も経たずに返信が来た。いつも思うのだが返信が早い。警察というのは暇なんだろうか。向こうもいまは昼休みの時間ではあるはずだが。
『紹介するのは構いませんが、あまりおすすめはできないというのが正直なところですけれど』
返ってきたメッセージにはそのようなことが書かれていた。心配している風であるが、心配されるいわれなどどこにもない。そうでなければこんなことを本気でやろうなどと思うはずもないのだ。
『そういう社交辞令はいいわ。別に紹介したあなたのことをどうこう言うつもりはまったくないし。別にいまのわたしはただの学生だもの。火遊びくらいはするわ』
そんな風に返しておいた。すると、すぐさま返答が来て――
『まあ、俺が言ったところであなたをどうすることもできませんし、あなたに協力しろというのは代々仰せつかっていることでもありますから、させていただきましょう。でもくれぐれもお気を付けください。相手は犯罪を生業としている連中です。下手なところを見せればどこまでも付け込まれますから』
危険性のある相手との付き合いというのも今後は必要になってくるだろう。そういう今後を考えても、ここで一度経験しておくのも悪くない。なんであれ一度経験するというのは決して馬鹿にできないほど大きなものだ。
『とりあえず、明後日くらいに接触できるのがいるといいのだけど』
『いいでしょう。何人かいるので接触できそうなのと連絡を取ってみます。まだ連絡するので少々お待ちを』
そう言ってカーリアとのやり取りを終える。どこの連中が相手になるかは不明だが、決まったらそのあたりの情報を仕入れておこう。アンヘルに言えば多少なりともよこしてくれるだろう。
急ぐのも大事だが、確実に歩みを進めるのもまた大事である。これからどうするべきか考えていると、昼休みを終える鐘が鳴った。
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