第28話 夕暮れの街で

 わたしに提示した警察であることを証明する身分証に書かれていたのは『カーリア・エアグラム』という名であった。


 目の前に現れた若い男の名であることは間違いない。制服は着ていないので、恐らく刑事であると思われる。


 それに、こちらに提示している身分証も偽物とは思えなかった。なにより、警察の身分証を偽造するのは色々な意味で危険なので、そこまでして身分を偽る可能性も低い。


「えーと、なんの用でしょう? わたしは誓って警察にお世話になるようなことをした覚えはないんですけど」


 セレンを助けるために三人ぶっ殺したが、あれはもうすでに人間ではなかったし、なによりわたしのような小娘が素手でやったといっても誰も信じないので、警察屋さんに目をつけられる理由などあるはずもない。


「ええ。わかってますよ。由緒正しきスターゲート家のご令嬢が犯罪に関わっているなどとは思っておりません。というか、先ほど警察であることを提示しましたが、それは自分の身分をわかりやすく証明するためであって、警察としてあなたに声をかけたわけじゃありませんので」


「となると、なんの用? 若い女でも引っかけに来た? 仕事をさぼってそんなことするなんて最近の警察って暇なの?」


「正直なところ暇ではないんですが――少々俺としては無視できないことになっているようなので、なんとか抜け出してやってきたんですよ。決してあなたを引っかけようなんて誓ってやるつもりはありません」


 信じられないかもしれませんけどね、なんて軽い調子で言うカーリア。


「なにより、あなたに手を出したりすれば、なにをされるかわかったもんじゃありませんし。女遊びは嫌いじゃありませんが、危ない橋は渡らない主義なので」


 それはどこか含みのある言葉であった。その口ぶりからすると、わたしがスターゲート家の人間だからそう言っているわけではなさそうな空気である。


 ここで問いかけると、相手の流れに呑まれることになりかねない。いままでの口ぶりからして嘘は言ってなさそうだが、信用するのは尚早であろう。嘘を言ってないからといって、真実を語っているとは限らないのが人間である。誰かを騙すのであれば、嘘は一切言わずに騙せて一人前だ。


「危ないなんて心外だわ。こんないたいけな女子高生を捕まえておきながらそんなことを言うなんて、最近の警察ってのは礼儀がなってないのね」


「自分でそういうことを平然と言えるいたいけな女子高生なんてそうそういませんよ。なにより、あなたは遊ぶと火傷するどころじゃすまないじゃありませんか。抑止の代理人となったあなたの力については、それなりに知っているつもりですので」


「……へえ、面白いことを言うのね。殺すのは最後にしてあげるわ」


 見たところ、この男は忌み者に身体を奪われているわけではない。それにも関わらず、わたしが得た力のことについてなにか知っているということは――


「うへえ……冗談はやめてくださいよ。あなたが言うと洒落に聞こえないですし」


「冗談に決まっているじゃない。わたしは必要のない殺しはしない主義だもの。命というのは有効利用してナンボだし。で、どうしてあなたはそんなことについて知っているのかしら? ただの刑事がそんなことを知っているはずがないと思うのだけど」


「ええ。先ほども言った通り、俺があなたに近づいたのは刑事としではありません。あなたが抑止の代理人であることを知っているのも同じです。簡単に言えば家の事情というヤツでして、俺がエアの一族だからですよ」


 エアの一族。それはスターゲート家と同じく、王家とともにこの都市の礎を築いた六盟主の座にある存在だ。


 ただエアの一族は他の六盟主とは異なり、スターゲート家のような大きな屋敷や本社といったものを構えておらず、市政に完全に溶け込んでいてはっきりとした居場所は不明という特異な存在である。


 そうなった理由としては、エアの一族が担っているのが主に諜報や工作であるからだ。この都市を守るため影に潜み、裏の仕事を多く行っている。


 エアの一族は空気のように姿は見えないが、どこにでもいると言われており、その見えざる手は都市全域に及ぶ。


 エアの一族について、わたし自身もほとんど情報はないと言ってもいい。いや、恐らく他の六盟主もエアについてろくに知っている情報はないと思われる。それくらい情報の秘匿が徹底されている一族なのだ。


 であれば、他には知られていない情報を抱えている可能性は大いにある。


 なにより、警察という都市内の治安維持を担う組織の規模を考えれば、その手の者を入り込ませているのは必然と言えるだろう。


「あなたがエアの一族だからとして、それを示すものはあるのかしら。さすがにそういう風に言えば信じてもらえるとは思っていないでしょう?」


「ええ。俺たちエアの一族は、かつてあなたと同じように抑止の代理人でありました。そのときの力の一部を保存しておりましてね」


 そう言ってカーリアは袖をめくる。腕にはうっすらと複雑な刻印が刻まれていた。そこから感じられるのは、いまのわたしの中にある力と同じもの。


「はっきりいって、あなたが行使できる力と比べると本当にたいしたことはありませんがね。かなりの時間が経っているので、いまとなっては忌み者の呪いを弾くこともできませんが、反応はしますから、あなたが抑止の代理人であるとわかったのは、あの場に残っていた力のおかげですね」


 あの場というのは、間違いなくセレンを助けたときのことだろう。力を行使してヤツらを倒したので、その場になにかしら残っていてもおかしくはない。


「まあいいでしょう。とりあえずあなたがエアの一族である信用してあげるわ。で、わたしに近づいてきた目的はなに? なにもなく近づいてくるなんてありえないでしょうし」


「俺たち、エアの一族に代々伝えられている言葉ありましてね。抑止の代理人が現れたら協力しろ。それを実行したまでです。いまの俺たちには忌み者に対抗できる力はありませんからね。最近の状況に関してはあなたが一番よくわかっているでしょうし」


「そういうってことは、最近の状況に関してあなたたちもある程度は握っているのかしら?」


「ええ。ある程度ですが、あなた方にも有用な情報も提供できるかと思います」


 情報は少しでも多くほしいところなので、向こうが協力してくれるのであればそれを利用するべきであろう。


「ひとつ訊きたいのだけど、あなたが警察に入り込んでいるということは、警察もあなたの素性については把握しているのかしら?」


「俺がエアの一族であることを表立って認識しているのはほぼおりません。表向き俺は、都市防衛庁から警察に出向しているいち官僚でしかありませんから。なので、大々的に俺が警察を動かしたりというのは無理ですね。エアの一族の影響力を使えば動かすことも可能ですが、そうなると色々と回りくどくなるので、即応性は皆無でしょう。アテにはならないと思います」


 現時点では警察を戦力として利用できるのは難しいか。すぐに利用できなくとも、つながりができたというのはとてつもなく大きい。


 なにより、エアの一族とのつながりができたというのも最高だ。いずれ都市の健全化を図るとなると、自分たち以外で大きな組織というのは必須である。


「別に構わないわ。いますぐ動かさなきゃいけない理由はないもの。そろそろ今日のところはもういいかしら? あまり遅くなると心配されるし」


「ええ。今日はお時間を取っていただきありがとうございます。同じ方向を向いておりますし、できる限りのことはさせていただきますよ。それではまた」


 カーリアはいまいち信用できなさそうな軽い感じで言う。


 いかにも信用できなさそうなヤツほど実際は信用できたりもする。まあ、この辺は今後の動きを見て判断することにしよう。信用ならないのであれば切ればいいだけである。


 悪くない収穫だ。そう思いながらわたしは家路へとついていった。

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