第26話 具体的な方針を
「はい、ということで本日もお集まりいただき誠にありがとうございます」
今日も今日とていつものごとくアンヘルの家に集まっているいつもの面子に対して礼儀正しく挨拶。部下というか子分のようなものであるが、挨拶は実際大事である。こういうところを怠るとそこから組織がほころんでいくものなのだ。媚びを売る必要はないが、最低限の礼儀は必要がある。
「自分の家に集まってる風を出してるけど、ここあたしの家な」
「細かいことは気にするものではないわ。ここに集まるのは、あなたが外に出たがらないのが理由だし」
「別に集まるのはいいんだけどさぁ、ここが自分の家です的な空気を出すのはなんか違くない?」
「あなたはわたしの子分みたいなもんなんだから、実質わたしの家ね」
「ここまで堂々と現実でお前のものは俺のもの的な発言をする奴ははじめて見たぞ……」
「安心しなさい。わたしはちゃんと義務を履行していれば差し押さえたりするつもりはないから。遠慮なく住むといいわ」
「……まあいいや。お前に言ってることを真に受けてもしゃあねえし、なによりここに集まってくれるのは都合がいいってのも事実だしな」
わたしの言葉を適当に流すアンヘル。こいつの感じからして、そろそろそうしてくるだろうなと予想していたところだったので別にどうでもよかった。むしろ予想がばっちり当たってくれたので面白いまである。本当に扱いやすくて助かるなあ。
「で、これからなにをするんだ? それを決めるのはあんたの仕事だろ」
ひそかに愉悦していたところに入ってくるのはジャックである。悪ぶっているくせにこういうところはちゃんとしているあたり、根本的な善良さが感じられて実にいい。わたしはこういうわかりやすいのは好きなのだ。
「安心しなさい。ここに集まっているのは楽しくお話をするためではないもの。言うまでもないけど、わたしたちは誰を狙うべきなのかはわかってる。だけど、わかっているからといって馬鹿正直に殺して回るってわけにはいかないのがいまの状況。人知れず入り込んでる忌み者に奪われた人間を殺しても正当化できるだけの理由を作る必要があるってわけ。なにしろ忌み者が入り込んでいる人間は表向きには一般人だもの。根回しも正当な理由もなくやったら、面倒なことになる。この都市から忌み者の脅威を排除するためには、それなりの長い期間活動しなきゃいけないからね」
「確かに、僕たちがわかっているからといって、それでいいとはならないのが法治社会というものですし。しかし、殺すとなるとかなり敷居が高くないですか? しかも、狙うべき相手には表社会にも裏社会にも融通が利いてもおかしくない富裕層も多いですし。無論、僕はソラネさんに意向を否定するつもりはありませんが」
「その通りよ。現代社会において基本的に殺しというのは許されないものだもの。暗殺という手段もあるけれど、現状かなり入り込まれてしまっているからちまちま一人ずつバレないようにやっていくような余裕も時間もないし、なにより面倒。それなら堂々とできるだけのことをやれるような状況を作ったほうがいい。それも決して簡単とは言えないところだけど」
「となると、今後はあたしたち以外にも動ける人材も必要ってことか?」
「ええ。大規模な排除をするのなら、わたしたち以外もある程度忌み者と戦えるようにするだけの戦力を整えることも必須ね」
それをやるにあたって一番の障害となるのは、忌み者という存在の本質が人類に対する呪いであるということだ。忌み者が人類に対して大きな脅威である最も大きな理由は、忌み者を殺すと殺した人間もその呪いを浴びて道連れにされてしまうことである。
これを防ぐには、わたしたちのように忌み者の本質である人類に対する呪いを弾くだけの手段が必要であるが――
現状、その手段はない。正確に言うのなら、いまもその手段が確立されていないということになるだろう。
闘争において敵への対抗手段というのは真っ先に必要となるものだ。対抗手段がなければ敵に蹂躙されるだけである。現時点での忌み者と人類の闘争において、わたしたちのような例外を除けば、人類は蹂躙されるだけの存在に等しい。
忌み者に対抗するのであれば、自分たちを確実に道連れにしてくる呪いを弾く方法は必須だ。これがなければ、そもそも前提条件が成り立たない。畑から人間が取れて、かつ人権と損害を無視した戦術を許容するのであれば呪いへの対抗手段がなかったとしてもなんとかなるかもしれないが。
だが、実際には人間は畑から取れないし、人権と損害を無視した戦術など見通しの立たない長期にわたって続けていくのは不可能である。
「でもよ、都市の全域を覆う防壁なんてもんがあるんだから、人間も似たようなのを使えるようにすればいいんじゃねえか?」
「そうね。確かに都市の防壁があるのだから、まったくできないってわけではなさそうね。それなのにやってないっていうことは――」
「技術的な問題で人間が持てるような大きさにすることが不可能だったってことか。まあ、小型化ってのはかなり大変だしな」
『ああ、その通りだ。百年前の技術では、忌み者の呪いを弾く防壁を人間が携行できる大きさまで小型化するのは不可能だった。小さくするのは不可能だったから、徹底的に巨大にして都市全域を覆うようにしたってわけだ』
そこでアベルが注釈を加える。
「巨大化することで事業化して、それに関連する雇用も生み出したってわけか。当時の技術力がどれほどだったのかは知らないけれど、すぐにはできそうにないことをやるよりも、できそうな次善策を行ったっていうのはいい判断ね」
百年という時間が経過したことでそれに綻びができてしまっているというのがいまの状況だ。そもそも侵入されているのは都市防壁の構造的な脆弱性のせいでもあるから、そこをふさぐ必要もある。そのうえで、普通の人たちでも対抗できる手段を確立しなければならない。
なかなか難しいが、これもいずれ向き合わなければならない問題でもある。このへんに関しては多くの技術者、研究者の協力が必須だ。現状、そのような体制を構築できていないし、人材もいないので急にできるようになるわけでもない。
いま考えるべきは身近な問題に関してだろう。少しでも多く、内部に入り込んでいる敵を排除する必要がある。まずは自分たちが通うこの学校、その次はスターゲート家、スターゲート家の領内と範囲を広げていったほうが無難である。
この学校内においても、排除すべき存在はすでに把握済みだ。問題はそれを行うための理由をどこまで正当化できるかである。この学校にも入り込んでいる忌み者がなにか悪事に関わっていれば、そのあたりをついて排除の正当化もできそうであるが――
人に対する呪いが本質である忌み者が、なんらかの悪事を行っているのは確実である。犯罪は社会の分断を引き起こす常套手段だ。身体を捨ててまでこの都市に入り込んで害を成そうとする存在がその程度のことを考えつくのは当然である。
いま現在、この都市で起こっている犯罪の中には忌み者が関わっているものもかなりあるはずだ。そこをついて、うまくこちらが動いても問題にならないだけの理由を作ればいいが――
「セレン、アンヘル」
しばらく考えたのち、わたしは女子組に話しかける。
「いまわたしたちが把握できている忌み者に身体を乗っ取られた生徒を調べてちょうだい。とりあえずいまの時点では危険なことに足を突っ込む必要はないわ。慎重にやりなさい」
「そこからなにかきっかけを見つける、ということですか?」
「そ。あいつらが人間に害を成す存在であるのなら、なにかしら悪だくみに関わっているはずだし。学生というある種の特権的な立場を利用してそれをやっていてもおかしくない。自分たちが調べられているってわかれば、なにかしら向こうにも動きがあるでしょう」
わたしがそういうと、セレンとアンヘルはそれぞれ頷いた。
「で、俺たちはどうするんだ?」
「男二人はそうね――セレンとアンヘルが調べている相手に対してそれぞれわざとらしく動いてほしいところね。わかりやすくいえば本命から目を反らすために囮をやってもわうわ。あなたたちもいまのところは危険なことはしないように。それ以外でもなにかあったらすぐに連絡してちょうだい。些細なことでも構わないから」
男二人も自分たちの役割を了解する。
「わたしはわたしで動くから、なにかあったらこっちからも情報共有するわ。それじゃあ、やることも決まったし、さっそく動きましょう。集まるのは――とりあえず来週にしときましょうか。それまでにいい報告が聞けることを期待しているわ。今日はこの辺で。またね」
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