第25話 くだらない集まり

 金持ちという人種はどうしてパーティーなんて無用なものをやりたがるのだろう? どこを見渡しても金を持っていそうな連中ばかりがひしめいている会場を見渡しつつ、普段はあまり口にすることのない食事を口に運びつつそんなことを考えていた。


 金持ちというのは政治とは無縁ではいられないから、こうやって集まることの必要性はわかるのだが、こうやって特に必要もなくでかい会場を借りてやりたがるのは何故だ? どうせこんなところで大勢集まったところで、本当に重要な話をするわけではないというのに。重要なことなんてのは、招待状を大勢に出してやるはずもない。そんなところでやるのは表向きの確かめ合いだけである。表向きの確かめ合いなんてしたところで、うまくやるヤツはやるし、やれないヤツはやれないままであることに変わりはない。


 いいことと言えば、普段あまり口にする機会がないような食事をただで食えることくらいか。そうなると、人間の食への優先度を考えると、かなり高いものになるような気もするが、取るに足らないくだらない確かめ合いをしなければならないことを考えると、そのよさも相殺されるどころかむしろ損しているまでもある。


 なにがどうあっても、金持ちがやりたがるパーティーというものはクソということだ。ハンコの向きがどうのこうので何時間も会議をすることくらいくだらない。ただ集まって適当に飲み食いしながら話をするだけならまだいいが、無能が極まっていると乾いた笑いすらも出てこない宴会芸をやるようなものさえもいる。そうなると本当に地獄のような苦痛だ。他人の無能っぷりを強制的に見せられるなんて拷問に等しい。


 さっさと終わらないかなーと思っていると――


「なんで俺たちはここに連れてこられてんだ?」


 護衛の姿に扮したジャックが小声で告げる。元々背が高いので、高校生とは思えないほどばっしりと決まっていた。


「あら、ビビっているの? 意外と小心者ね」


「いや、だってよう、いきなりこんなところに連れてこられたらそうもなるだろ」


「突っ立ってるのも暇だろうから、なんか食べたら? 面白くもなんともない虚無みたいな集まりだけど飯は上等よ」


「この状況で遠慮せずにもさもさ飯を食えるのは、たぶんお前だけだ。なあブルース」


 ジャックは同じくわたしに連れてこられたブルースへと話しかける。ジャックに話しかけられたブルースの顔色はあまりよくない。きっと、いきなりこんなところに連れてこられて緊張しているようであった。


「それはいただけないわね。いつだってちゃんと食べてちゃんと寝られるのも重要よ。こういう場に慣れておくのも課題ね。嫌いだけどできるというのとできないのとはまったく別よ」


「マジかよ……」


「ま、何回かやれば慣れるわ。人間というのは慣れる生き物だからね」


「そういうもんかなぁ」


「そんなもんよ。ここにいるのだってたまたま金持っているだけの人間でしかないんだから。当然、わたしも含めてね。所詮人間なんて動いて喋る糞と肉の塊よ。上等な存在だとは思わないことね」


「もっとマシな言い方とかなかったのかよ……」


 そんな風にくだらない話をしていると、このくだらない集まりの主催であるブルーガーデン家の当主が毒にも薬にもならなそうな話を始めた。


 ブルーガーデン家は六盟主に次ぐ地位にある一族で、一応はわたしの生家であるスターゲート家の傘下で、旧時代的な序列で言えばうちのほうが上ではあるのだが――


 スターゲート家が束ねている数々の企業の重要な地位にいる者も多く、ここ最近では独自の産業を興して成功して、序列的にこちらが上だからといっても無下にはできない存在だ。下の立場にいる人間を軽く見ていると、足元を掬われかねないのでそいつらに対する根回しと地固めを怠るなとおじいさまもよく言っている。


 とはいっても一族全員が参加しているというわけではない。わたしはこの金持ちのパーティーという催しを校長先生の長い話と同じくらいどうでもいいと思っているので、いつもだったらこういうのが好きな誰かに回すのだが――


 そんなわたしがこんなのにわざわざ参加しているのは、主催側の人間が直接指定してきたからというのがひとつ。そしてもうひとつは――


「こうやって改めてみると、マジでいるんだな」


 くだらない話の邪魔にならない程度の小声でジャックが話しかけてくる。


 いるというのは言うまでもなく、いまのわたしたちに視認できるようになった、忌み者に乗っ取られた人間のことだ。


 人数としてはそれほど多いわけではないが、ここに集まっている人間が社会的に影響力を持っている富裕層であることを考えると、かなり危惧すべき状況であると言えよう。


 早急に対処すべきであるが、ここで暴れるというわけにもいくまい。ここにいる連中が全員そうであったのなら、ここにいる全員ぶっ殺してみんな幸せソラネちゃん大勝利☆で終わったのだが、そうもいかないのが現実である。


「都合よく爆発とか起こったりしないかしら。面倒くさいし」


「なに言ってんだよお前、そんなん起こったら俺たちも巻き込まれるだろーが」


「なに言ってるのよ。わたしたちが爆発に巻き込まれたくらいで死ぬわけないじゃない」


「お前はそうかもしれないけどね。俺たちはどうなんの?」


「なに言ってるのよ。あなたたちも同じよ」


 なにしろわたしが手ずから力を与えた配下である。爆発程度で死ぬわけもないだろう。


「で、そっちはどう? こっち見えてる?」


 ドレスに仕込んだ超小型マイクで自宅から自身の能力で改造した端末を介してここの様子を見てもらっているアンヘルへと話しかける。


『ああ。会場が広いからどうしても死角はできちまうが、それほど大きな問題はねえ。そっちは――楽しそうじゃなさそうだな』


「ただで食える飯がうまいこと以外にいいことは皆無ね」


『ま、そんなもんだよな金持ちのパーティーなんて』


 アンヘルもここの主催であるブルーガーデン家と同等の序列にいる一族の生まれなので、この辺の退屈さは理解しているのだろう。


「で、そっちの映像のほうはどう? ちゃんと見極めはできてる?」


『多少引き気味の映像になってるけど、この程度ならどうとでもなるな。あとで撮った映像を判別にかけてやりゃあ、数日くらいで今日そこにいる連中の中で忌み者に身体を奪われているのは特定できる。金持ちの集まりだし、特定するのは簡単なんじゃねえかな』


「頼もしいわ。よろしく頼むわね」


 アンヘルと話をしている間にありがたいお話も終わってくれたらしい。やることは済んだし、そろそろ帰ってもいいんじゃね? いまなら別に適当な理由をつけて帰っても特段波風は立たないはずだ。


「やあソラネ。こういうのに来るなんて珍しいじゃないか」


 そんなところで話しかけてきた自分と同年代の男。ブルーガーデン家の次期当主筆頭と言われているデイヴィットであった。


 面倒なのに捕まったなあ。そうなる前に帰ろうとしていたのに、何故都合よく物事は進んでくれないのか。


「いまのあなたに話をすることはないわデイヴィット」


「そう邪険にしないでくれよソラネ。俺ときみの仲じゃないか」


「そういうつもりなら、こんなところに呼ぶなんてことをしないでほしいわね」


 わたしとこの男とは家自体が近しい関係にあるので、幼少期から知っている仲でもある。本当に面倒くさい。今回わたしを呼び出したのもコイツであった。


「ま、あなたと話もしたし、今日のところはこれで満足でしょ。もう帰るわ。明日も学校だし」


 二人にいくわよと言ってさっさと歩き出す。ジャックとブルースは慌ててわたしについてくる。せっかくうまい飯を食ったというのに台無しだ。


 本当に金持ちのパーティーというのはくだらない。滅びればいいのに。

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