第24話 幕間 ソラネ・スターゲートという人物について
とある警備会社代表取締役の言
あいつのこと? その話を聞きに来るヤツは久々だな。
まあいいや、座れよ。取材しに来たんだろ? 別にあいつのことを話するのは嫌じゃねえしな。あいつのことを直接知ってる人間も少なくなってきたし、その辺のことを話してやるのも年長者の義務ってヤツだ。
で、どういう話が聞きたい? 俺が知ってる範囲でいいなら話してやるぜ。自分の話をするようなヤツじゃなかったから、あれだけ近くにいたってのにたいしたことは知らねえんだが。
俺にとってあいつはどんな存在か? そうだな――色々とあるが、一番は俺に変わるきっかけをくれたってことだな。
俺は、当時では治安の悪い地区の生まれでな。なんとかそこから抜け出せねえかとしていたときにあいつに声をかけられた。そん時はなんだこの女って思ったけどよ、思い返してみりゃあ、あの話に乗ってなかったらいまこうしていられなかっただろうからな。
その代わり、色々と大変な思いもしたし、死ぬような目にも何度もあったが、それを差し引いてもあいつについていってよかったと思ってるよ。若いときの思い出ってやつだ。あんたにもそういうのが一つや二つはあるだろ? 俺の場合はそれが少しばかり特殊だったってだけのことだ。
それにしても不思議なもんだ。あいつといたのはずっと昔のことだってのに、いまだにはっきりと思い出せるんだからな。最近は昨日の夕飯になに食ったかも忘れてたりするのによ。歳を食ったもんだ。そんな風になっても、それだけ俺にとってあいつとの記憶は鮮烈なものだったんだろう。
いまなにをしてるかって? さあな。俺たちの前からいなくなってから一切顔すら見てねえし。でも、死にはしてねえだろ。あいつほど殺しても死なないようなヤツは見たことねえし。あいつが死んだりしたら、それこそ世界が終わるときなんじゃねえの。それぐらいあいつの存在は強烈だし、ただの人間だっていうほうが驚くくらいだ。
まあでも、急に姿を現したりするかもしれねえなあ。昔と一切変わらない姿で、変わらず暴言吐いてきたりしてもおかしくないかもな。あいつとなら、歳食ったいまでも若い頃に戻れると思うと、懐かしいところでもある。たまにガキに戻るってのも悪くねえだろ。人間、誰だってそういうときは必要だ。
ま、今日はこんなとこか。なんか必要だったら相手にしてやる。歳食うと思い出話ってのがやりたくなっちまうんだ。お前も、あと二十年くらいしたらわかるかもな。
二区にある某法律事務所の代表弁護士の言
彼女の話ですか。ええ、いいですよ。いまはちょうど業務も落ち着いているところですし、なにより彼女のことを直接知っている人間として、彼女の話を聞きたいという方にそのお話をするのも義務であると思っていますから。どうぞ座ってください。
私にとっての彼女ですか――そうですね、端的に言ってしまえば導きですね。
彼女は私にどうすればいいのかその身をもって道を示してくれたんです。あの日、もし出会えていなかったのなら、恐らくいまの私はなかったでしょう。彼女と出会ったからこそ、いまのように折れることなく正しくあろうとし続けることができたのです。
その名の通り、私にとって彼女は星だったのです。私に天啓を与えてくれた偉大な星。でも、空に輝く太陽ではなく、暗黒星のような存在だと思いますが。それでも私にとっては言うまでもなく、他の多くの人にとっても巨大な存在であったことは間違いないでしょう。いまわたしたちがこうしていられるのは、なにがどうあっても彼女のおかげですから。
とはいっても、彼女が一般的な正義であったというわけではありません。私のように彼女を直接知っている人たちでそう思っているのはいないでしょう。それが一番効率よく、正しい答えを得られるのであれば、あくどいことをやることに躊躇しない人でしたから。
それに疑問に思ったこともありますよ。でも、あとになって思い返すと、それが一番正しかったとしか言えないことばかりでしたが。
本当に懐かしい。
当時は危険なことも色々とやりましたが、いまとなっては大切な思い出です。だいぶ昔のことなのに、昨日のことのように思い出せることばかりです。時間の流れとともに彼女のことが薄れていってしまうことは当事者として悲しいことですが、そういうものと割り切るよりないでしょう。なにより、彼女はきっと忘れられたところで別に困ることなんてないんだから別にどうでもいい、なんて言いそうな気もしますが。
彼女の行方、ですか。残念ですが、それは存じ上げません。私たちに告げることなくどこかに行ってしまいましたから。ですが、きっといまも元気にしていることでしょう。どんな環境であったとしても、平然としているのが彼女です。もしかしたら、我々と違っていまでもあのときのままの姿であったとしても驚きません。年齢を重ねた彼女というのも見てみたいところですが、それがどんなものか想像できないというのもまた事実ですから。
こんなところでしょうか。今日はありがとうございます。久々に彼女の話をすることができていい気分転換になりました。またなにか聞きたいことがあればいらしてください。そのことではなく、本業のほうでも相談に来てくれても構いませんが。
私立大学情報工学科教授の言
ソラネの話? そんなの聞きに来るのにわざわざここまでやってきたのか? なんというかそんな面倒なことよくやるねえ。あたしにはよくわからねえ感覚だ。
別に嫌ってわけじゃねえよ。最近はそういうヤツもいなかったから珍しいなって思っただけだ。突然押しかけてきたならともなく、ちゃんとなんの要件を話して約束とって来てんだから、そのへんはちゃんと扱うのが筋ってもんだろ。
そうだな、あいつの第一印象は、「こいつを敵に回したら絶対にやばい」ってことだな。
当時のあたしは斜に構えて悪ぶって、しょうもねーことばっかやってるクソガキだったんだが、そんなときにあいつと遭遇してな。
そんとき手を出してた悪だくみもつかんでやがってよ。あたしの人生終わったなって思ったよ。なにしろ六盟主のご令嬢様だ。そんなもんに目をつけられたらまともに暮らすこともできなくなっちまう。
逆らおうとは思わなかったな。弱みを握られてるのはこっちだったし、なによりあのバケモンみたいなの逆らって無事でいられるとは思えないくらいには賢しかったからな。
いま思い返してみても、あいつの話に乗ったのはよかったと思ってるよ。いまこの立場でいられるのはあのときあいつに言われてやってたことに関連していることも多いし。あの話を蹴ってたら、いまもしょーもないことをやって小金を稼いでる小悪党でしかなかっただろう。教授なんて大それた立場にはまったく縁もなかったことは間違いねえ。
色々と危険な思いをしたが、個人の技術者としては普通だったら得られない環境もあったのも大きいな。いまにして思うと、技術に関して理解がある人間が上にいると本当に楽でな。滅茶苦茶だったが、あいつよりやりやすい上の人間はいなかったと思うよ。なにかにつけて予算を削りたがるようなのが多くてな。
ま、それはあんたには関係ない話だが。
なんにしてもだ。あいつと関わったことはあたしの人生を大きく変えた出来事であることは間違いねえ。技術者としても、人としても。
いまなにをしているかって? さあ。いつの間にかどっか行っちまったみたいだし、そのへんもあいつらしいなって思うよ。でもまあ、気まぐれなヤツだから、ふらったと帰ってきたりもするんじゃねえの。面白そうなことがあるとすぐ顔を突っ込んでくるし。あたしが生きてる間にそうなったら、適当に昔話に花を咲かせるとするさ。
あたしが話せるのはこんくらいだな。それでよかったのか? よかったならいい。自分の専門以外のことをこうやって話をする機会なんてそんなにねえし。それじゃあ、あたしはこれから講義があるからこのへんで。こんな昔話でいいんなら、好きなだけ聞かせてやるさ。
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