第23話 親睦会

「近場でやれとは言ったけどさぁ、なんであたしの家に集まってるんだよ!」


 適当な安物の菓子と飲み物を買いこんで広げていたところで、この家の主たるアンヘルが極めて不服そうな大声を発する。


「なにを言ってるの。あなたの要望じゃない。わたしも他の連中も特に希望はなかったし、外に出たくないとも言ってたでしょう?」


「確かに言ったけど、それはあたしの家で集まるってことじゃねえんだよ!」


 悪質な要望の聞き方しやがってと文句を漏らすアンヘルである。


「なんで? わたしたちに見られて困るものでもあるのかしら? ジャック、そこらへんを漁ったらいかがわしい本が出てくるかもしれないわ。探してみたら。えげつないのが見つかったりしたら面白いわね」


「ねえよそんなもん! お前にそんなこと言われると男どもも困るだろうが! やめろ!」


「あら、あなたが誰かをかばうなんて意外とやさしいとこあるじゃない。なかなか誇らしいわね」


「……あんたになにを言っても無駄ってことがわかったよ」


 勝てねえ喧嘩なんてするだけ無駄だし、と呆れた調子で言うアンヘルであった。


「勝てない喧嘩しかしないなんてさすが敗北者の小悪党なだけあるわね。あなたらしいわ」


「言いぐさがひどすぎる……」


「ま、あなたのことはどうでもいいとして、せっかく集まったのだし、楽しみましょう。見たところ、全員友達少なそうだし、こういう経験したことないでしょ?」


 ジャックは人嫌いだし、ブルースはなんかズレでるし、アンヘルはその合わせ技みたいなものなので、友達が多いはずもない。部下にこういう機会を用意してやるのもいいものである。なんかやった気になるし。


「そんなこと言われる筋合いねーよと言いたいところだが、事実なのでなにも言い返せねえ」


「まあ、そうだな。俺もそんなことやってられる環境じゃなかったし」


「僕は……なんというかどうでもよかったので」


「そういうお前はどうなんだよ、親分」


「決まってるじゃない。はじめてよ。こういうことやろうとしても付き合ってくれるのがなぜかいなかったし」


 わたしがそう返すと全員が「あーね」というような反応を返してくる。


「なんだよ。全員似たようなもんじゃねえか。そっちのほうが気楽でいいけどさ」


「だから楽しみなさい。というわけでなんか面白いことしなさいよ。親分を楽しませることをしたらどうなのかしら?」


「やばい会社の強制参加飲み会みたいなことをさせるんじゃねえよ」


 そろそろ怒られるぞお前と、突っ込みを入れてくるアンヘル。悪いことをこそこそやっていたくせに一番常識人みたいなこと言ってるなお前。


「面白いかはわからねえんだけどさ」


 口火を切ったのはジャックであった。こういうことを嫌がる性質だと思っていたが、率先してくれるとは鉄砲玉の才能があるのかもしれない。有効利用していきたいのでそんなことをさせるつもりも予定もないが。


「なに? もしかして脱ぐの? さすがにまだ夕方だし、そういうのは控えたほうがいいと思うわよ。女子もいるし」


「いや、脱がねえよ! 前にお前が言ってた不思議な力ってのが使えるようになったんだ。いい機会だから見せておこうと思って」


「ならそう言いなさいよ。いきなり脱ぎ出すかと思ってドキドキしちゃったじゃない」


「仮に俺が脱いだとしても、次の瞬間には何事もなかったかのように流すだろ」


「ええそうね。いきなり脱ぐような変態と関わるのはちょっとご遠慮させていただきたいですし」


 わたしがそう返すと、やってることが悪質だし最低すぎるという文句を漏らすジャック。


「で、冗談はそこまでにして、どういうことができるようになったの? さっさと見せてみなさい。余計なことをやって時間を奪うのはなによりも罪よ」


「余計なこと言い出したのお前じゃねえか――って言いたいところだが、そんなことやってたら本当にいつまで経っても終わんねえから、とりあえずやってみるから見てみてくれ」


 そう言ってジャックは持っていたグラスを置いた。


 数秒の間を置いたあと、ジャックから力が放たれ、その瞬間にわたしを含めた周囲のすべての動きが遅くなる。


 身体の動きがなにかに阻害されて遅くなっているわけではなかった。わたしの感覚的にはいつも通りに身体を動かしているはずである。それにもかかわらず、なぜかとてつもなく動きが遅くなっていた。


 だが、それはいつまでも続かず、感覚的な時間で十秒ほど経過したところでもとに戻った。これは――


「時間に干渉して、その流れを遅くしたってことかしら」


「初見で見抜くとはさすがだな。恐れ入ったぜ」


「で、それを展開しているあなた自身は通常通り動くことができるって感じ? 自分中心に限定された空間だけとはいえ、かなり強力ね。褒めてあげるわ」


 自分を中心にして時間の流れを停滞させる場を作るとなると、誰かの護衛をさせたりするよりも、敵に突っ込ませるほうが有効に活用できるかもしれない。単独行動での戦闘で真価を発揮する能力である。人嫌いで一匹狼らしい彼らしい能力であるとも言えよう。


「一回使うとしばらく使えなくなるみたいだがな。一回使えばなんとかなりそうだから、多少の使用制限があってもそこまで大きな問題じゃねえだろうけど」


 十秒程度の短い時間でも、強制的に動きを遅くさせられれば、大抵の状況はなんとかなるだろう。しかも、およそ考えられる手段では防ぐことも不可能とくれば、あらゆる状況に対応できる切り札でもある。


 強力ではあるが、範囲に入ってしまえば無差別に作用してしまうというのは少しばかり運用の仕方は考えておく必要もあるので、そこは気をつけておかなければならない。こちらだけその影響をなくすことができればいいが、そう簡単にいかないとが現実というものである。


「ま、強力な力があるのはいいけれど、あまり過信するとよくないことになるかもしれないから気をつけておくことね。最後に信じるべきは特殊な力ではなくカラテよ」


 強力な能力を活かすのであればまず身体――要はカラテだ。能力の強さや練度が同程度のものであれば、最終的に勝負を分けるのはそこになるのは必然である。


「そうならないようにわたしが鍛えてあげるから楽しみにしてなさい」


「マジかよ……それで死んだりしねえかな」


「手加減は雰囲気で覚えたからなんとかなるわ。一発だけなら誤射かもしれないから安心しなさい」


「その一発で死んだらなんにもならねえよな?」


「なんとかなるわよ。わたしを信じられないのかしら?」


「そう自信満々で言われるとなんでか大丈夫そうな気がしてくるのはなんなんだろうな……」


「あなたのことはわかったわ。今度試してみましょう。ブルースはどうかしら? あなたもなにか使えるようになってもおかしくないはずだけど」


 わたしはブルースへと話を振る。彼の能力もしっかりと把握しておかなければ、十全に運用するのは難しい。


「そうですね……ジャックのような、見るからに特殊なものではないんですが、何日か前からかなり目がよくなったというか、本来なら見えないものも見えるようになったというか……」


 ブルースの話を聞いて、わたしはセレンに声をかける。呼びかけたセレンはすぐさまこちらの意図を察して能力を使用。そこにいるはずのセレンが視認すらも難しくなるほど存在感が希薄になり、その場から立ち上がって何歩か移動する。


「セレンのこと見える?」


 そうブルースに質問を投げかけると、彼はすぐさま「はい」と答える。


「そちらにいますよね?」


 ブルースはセレンが移動した方向に目線を向ける。


 この状態で移動されてもすぐさま捉えられたということは、しっかりと彼女のことをし認識していることに他ならない。


「あと集中すれば、ほんの少し先のこと――といっても数秒程度ですが――それも見ることができるみたいです」


「へえ。それはいつでもできるの?」


「少し先を見るのは、かなり意識的にしなければできませんが、それ以外はいつも発動しているみたいです。意識すれば見える光景の粒度をある程度変えることもできるみたいですが、いままで見えなかったものも見えるので、情報量が多くなって少し困ってるというのが正直なところですが」


「じゃ、あなたは基礎的なことを鍛えるのに加えて、その目の制御をしっかりとできるようになるのが目標ね。とりあえず、普段の生活で不便にならない程度には強弱をいじれるようになっておくように」


 常時発動しているのであれば、通常なら視認できない罠や幻影などにも対応できるだろう。派手ではないが、かなり実用的なところがブルースらしいところだ。真実を判ずる法曹を目指す彼にとってそれはかなり有用でもある。


 護衛をさせるのであれば、ブルースのほうがいいかもしれない。ブルースの能力を使えば、戦闘能力にない者を守らなければならない状況にも対応できる。


「最後はあなたね。オチなんだからなにか面白いことしなさいね」


「いや、無茶言うなよ。その話でどうやって面白くすんだ」


「なんかあるでしょ。いきなり奇声あげるとか」


「ここでいきなり奇声なんて上げたら完全におかしな人じゃん……」


 絶対やるかと断固として拒否の姿勢を見せるアンヘルであった。


「まあいいじゃない。そんな風に真面目ぶってると疲れるわよ。たまには羽目を外してみるのもいいと思うわ」


「たぶんだけど、いきなり奇声を上げるのは羽目を外すとかそういうのじゃないと思うぞ」


「いいじゃない。羽目の外し方にも自由があるのだし。で、そんなことはどうでもいいとして、なにか使えるようになった?」


「そうだな……うまく説明できるかわからねえんだが、幽体離脱みたいな感じで身体から抜け出して機械の中に入り込んで、いじったりできるみたいだ」


「いじるってのいうのはどのくらいできるの?」


「大抵のことはできるな。複雑だったり巨大だったりすると、時間が必要になるけど」


「じゃ、あなたが普段やってるようなことがさらにできるようになったってことかしら」


「簡単に言えばそうだな。だが、機械に入り込んでいる間、あたしの身体は無防備になっちまうみたいだけど」


「じゃ、一回やってみて。あなたが身体から抜けている間にいたずらするから」


「やだよなにするつもりだ」


「決まってるじゃない。人には言えないことよ」


「お前の前では絶対やんねえからな!」


 意外と防御の堅い女である。もうちょっと隙があるほうが男ウケよくなるぞ。


「全員の手札がわかったところだし、これからよろしくね。ところで、さっそくやってもらいたいところがあるんだけど――」


 わたしは、近いうちに起こる面倒ごとのことを告げたのであった。

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