第21話 技術を担う者
アンヘルとの話を済ませて立ち去ったところで、わたしは近くに潜んでいるセレンへと呼びかけた。
「あのう……大丈夫なんでしょうか? あの方はかなりよろしくないことをやっていたようですが」
「心配してるの? 大丈夫よ。ああいう悪いことをわかっててやってるヤツのほうが損得勘定には敏感だし、自分に得があるうちはちゃんと言うこと聞いてくれるわ。なにより、あれだけのものを作って警察やらなんやらにも感づかれていないようだから、かなりできる娘なのは間違いないしね。不適切なことをやっているからといってなんでもかんでも突っぱねていたら、囲うべき人材を逃すもの。彼女はその類ね。こっちとしてもかなりの条件を提示してあげるつもりだし」
そう言いながら、わたしはアンヘルが運営しているネットワーク上のカジノを開く。情報系の技術に関しては明るくないが、資本力のある大手が開発したものと比べてもそん色がないように見える。
なにより、敵と戦うのであれば技術に強い人材も不可欠であろう。驚異たる忌み者は都市を守る防壁の脆弱性を突いて入り込んできているのだ。専門でなかったとしても、わたしも含め他の者よりも詳しいことは間違いない。
情報技術に強いのであれば、情報収集の幅も広がる。セレンの能力を駆使しても直接入り込むのは危険な場所であっても、ネットワークを介した侵入であれば多少危険性が軽減されたり、効率的に行えたりすることもあり得るはずだ。
「そういう……ものでしょうか?」
「そういうものよ。わたしの感覚ではあの娘、アレが悪いこととわかっててやっているけれど、危険察知には長けているし、喧嘩を売る相手を見極められないようなお馬鹿さんではないもの。安心しなさい。わたしは使えない人間を味方に引き入れるほど耄碌しているつもりはないわ」
それに、話した感覚からして、案外御しやすいタイプである。どっかの誰かさんと似たような属性だ。いいように使ってやろう。せっかく独自の能力を持っているわけだし。
『なんか、失礼なことを言われた気がする』
――へえ意外。自分が失礼な存在である自覚があったのね。
『失礼な存在ってのはなんなんだよ!』
――そのままの意味よ。相変わらず理解力に乏しいわね。
勝手にわたしに取り憑いて、有無を言わせず力を押し付けて戦わされているのだから、失礼な存在に決まっているだろう。身体だけじゃなく常識もないのだろうか。なんと嘆かわしい。これだから近頃の悪霊ってやつは。やれやれ。
――ま、あなたのことなんてどうでもいいじゃない。ところで、あの娘はどう思う?
『どうでもよくねえ――と言っておきたいところであるが、確かにそれは重要だな。いまの技術に関して詳しくねえが、そこいらに明るいヤツを引き入れるっていうお前の判断には賛成だ。腕っぷし以外にも秀でてるヤツがいねえとやっていけねえだろうし、なにより――』
――なにより?
『お前、ああいう感じの好きだろ? 悪ぶってる感じのヤツ。からかって遊ぶのはいいが、逃げられたりするなよ。せっかくよさそうな人材なんだし』
――あなたじゃないんだから、逃げられたりするようなことはしないわ。誰かを従えるのなら、どのくらいやっても大丈夫なのかをしっかり把握しておくのも大事な技術よ。そんなヘマはしないわ。あなたじゃないんだし。
『二回も言うんじゃねえ!』
――なに言ってるの。大事なことなんだからちゃんと二回言っておかないと。指さし確認を怠ると大事故を起こすんだから。
『わかったよ。余計な心配して悪かったな。というかお前のせいで、俺の尊厳がどんどん失われてないか?』
――それは嘘ね。はじめからないものを失われたなんていうのは詐欺っていうのよ。やめておいたほうがいいわ。
『あったはずだ。なんかこう……すごい感じのヤツが』
――抽象的な言葉しか出てこないってことは間違ってないわね。よかったじゃない。失われる前からそんなものははじめからなかったのよ。
そんな風に言っていたら、拗ねたような調子になりだすアベル。本当に情けないヤツめ。ここで黙ったりするから負けるのだ。まあ、黙ってなくても百倍にして返すからあまり意味もないだろうが。
「セレン。あの二人はどうなってる?」
先に仲間にしたジャックとブルースに関しては、定期的に様子を覗きに言ってもらっている。大丈夫だと思うが、従えることになった以上、放任というわけにはいかないのである。それも彼らの上に立つことになったわたしの役目だ。
「二人とも、着々とと力をつけているようです。学業も問題なさそうですし。もしかしたら、私のようになにかしらの力を使えるようになっているかもしれません。今度、聞いてみたらそうでしょうか」
「そうするわ。彼女の答えを聞いたら集まりましょうか。親睦会ってやつね」
「それなら、どこか会場でもお借りいたしますか?」
「いいわ。そんな馬鹿な金持ちみたいなことをする必要ないし。学生らしく、誰かの家にでも集まって安物のお菓子でもつまみましょう。集まって話したりするのが目的なんだから、そんなもんでいいのよ」
「わかりました……」
そう言って頷いたあと、なぜかそわそわし始め、なにか言いたげにするセレン。
「どうかした?」
わたしがそう問いかけると、セレンは恥ずかしそうな様子で「あの、約束を覚えていらっしゃいますか?」と返してきた。
「約束ってアレ? 頭撫でてほしいとかお手をしたいとかそういうのだっけ?」
「はいそうです。撫でてくれたらお手も三回まわって鳴いたりもします!」
「撫でるのはいいけど、三回まわるのはよしなさい。こんなところでやるとみっともないわよ」
「え、ここじゃなければやらせてもらえるんですか?」
「別にいいけど、なんでそんなことやりたがるのよ」
犬じゃあるまいし――と思ったが、この娘は犬属性が強いのでこんなこともやりたくなるのかもしれなかった。
「帰ったら好きなだけやらせてあげるから、撫でるだけで我慢しておきなさい。我慢はよくないけれど、欲望と衝動だけで動くのもどうかと思うわ」
わたしがそう諭すと、嬉しそうな顔をして「はい……」と言って屈むセレン。わたしよりもあたま一つ分くらい大きいので、長く続けていると疲れそうな姿勢であった。
屈んだセレンの頭を撫でてやると、とてつもなく嬉しそうな顔をするセレンである。こんなので喜べるとは本当に安上がりだなぁ。従者の鑑である。
「あ、あの! ぎゅってしてくれるのも約束しましたよね?」
「そうね。はい」
屈んでいるセレンの頭をそのまま抱きかかえてやった。すると、セレンがうめき声としか思えないものを発する。どう考えてもおかしかったが、別に嫌がってるわけではなさそうなので気にしなくてもいいか。
十秒ほど抱きしめたところで離して、「そろそろ帰るわよ」とセレンを促した。
「はい! ありがとうございます!」
普段だったら絶対に出さないような大声を発するデカメイド。お前ってそんな感じだったっけ? と思ったが、別になにか困るわけでもないので、さして気にすることなくそのまま歩き出したのだった。
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