第19話 導きを見た日

 ――スターゲート家の令嬢によって救われたあの日、ブルースのすべては変わったと言ってよかった。


 なぜ、彼女が自分を助けてくれたのかはわからない。それは、自分と彼女の生きてきた環境が違いすぎるからというわけではないのは間違いなかった。直接相対して実感させられたが、およそこの世界にいる一般的な人間は彼女のことを理解できぬままその一生を終えるだろう。目の前にいた彼女はそれぐらい異質なものであった。


 あの直後、ふらつきながら帰宅してから熱にうなされていたが、その間にあのゴブリンどもが学校に来なくなっていた。


 理由はすぐに分かった。あの日、警告として突きつけたあの動画がネットワークに流失したのだ。被害を受けている自分にはぼかしは入っていたが、あのゴブリンどもはそうではなく、携帯型の端末でも簡単に誰か特定できる映像だったので、奴らがどこの誰だったのかすぐにさらされ、瞬く間に燃え広がった。


 しかも、生まれだけはそれなりにいい連中たちである。自分の家のものがあんなことをしていたばかりか、それを都市中にさらされてそのままだんまりを決め込むことなどできるはずもない。その結果どうなったのかはどうでもいいし、どうなろうが知ったことではないが、いいようならないのは確実だ。


 この学校は富裕層が多く通っている。その学校の生徒がこのようなことをしていたことが世間にさらされたのだから、恐らく退学させられるだろう。評判というのは馬鹿にならないものである。それを犠牲にしてまで守るほどの家柄でもないのだ。


 奴らは報いを受けた。結局のところ、それだけの話だ。圧倒的に正しく、強者であった存在に理解させられた。なんて素晴らしい話だろう。当たり前のことが当たり前になされるというのは、貫き続けるのは難しいがゆえになによりも尊いのだ。


 復帰して戻った学校は別世界のようだった。唾棄すべき害虫が存在しないというのはなんと居心地のいいことか。


 だが、害虫どもはまだ多く残っている。あのゴブリンどもとは比べ物にならないほどの邪悪がここにも潜んでいることをあの日、知ることになった。


 スターゲート家の令嬢が自分に力を与えたのは、アレに対抗する戦力を手に入れるためだ。彼女に、自分が選ばれた。その事実は心の奥底を震わせる。あの、なによりも正しくある彼女に。


 であれば、すべきことは決まっている。彼女のために、この力を使おうではないか。正しくあろうとするならば、それ以外の選択肢などあるはずもなかった。


 復帰した自分の席に、便箋が置かれていた。簡潔に、「元気になったらわたしのところにいらっしゃい」と書かれたもの。


 どうするべきかはとっくに決まっていたが、自分の中で決まっているからと言って、相手がそれを知っているはずもない。回答をするために、ブルースは昼休みに彼女のもとに訪れ――


「すぐに来てくれたのね。判断が早いのはいいことだわ。で、答えを聞かせてもらえる、ブルースくん」


 姿を現した自分に底知れない異質さを感じさせる笑みを見せながらそういうスターゲート家の令嬢。ただその視線を向けられているだけで脳がかき混ぜられるような感覚に襲われる。


「もうすでに僕の答えは決まっています。あなたに従います。ただ助けられたからというわけではありません。あなたは僕に導きをくれたのです。なんなりとご命令ください。忌み者であろうがなんだろうが、命を賭すことも厭いません」


「随分と詩的なのね。そういう感じではないと思っていたけれど――意外と印象ってのはアテにならないわ。でもま、そこまで言うのであれば、わたしも否定しないわ。これからどうなるかはわからないけれど、存分に使ってあげましょう」


 その言葉は身体の奥底からぞくぞくと逆立たせる。まさか他人の言葉でここまで入り込んでくるとは。しかし、不快感はまったくない。そうさせるのも、彼女の魅力のひとつなのだろう。


「一応言っておくわ。どうやらあなた、随分とわたしに入れ込んでくれているみたいだけど、いままで通り、両親と同じように弁護士を目指しなさい。間違ってもわたしにすべてを尽くすなんて言わないように」


「そう望んでいるのであれば、僕としては否定するつもりはまったくありませんが――なぜですか?」


「だって、あなたにはわたしの従者になってもらうよりも、弁護士になってもらったほうが色々と都合がいいもの。近くに優秀な人間を抱えておくってのは大事だけれど、なんでもかんでも引き込めばいいってわけでもないわ。他者との繋がりというのはね、外側も重要なのよ。それが弁護士ならなおさらね。もし、それを目指すのになにか問題があるのなら極力解決するようにさせていただくわ。せっかく命をかけてもらうのだもの。福利厚生の一環としてね」


 彼女の言葉は乾いた大地に染み込む水のように入ってくる。


 確かに、自分の場合はいままでの通り弁護士になったほうが彼女に対しできることが多くなるというのは間違いない。そういう風に求められる形というのも悪くないだろう。いまの自分にとって大事なのは、彼女にどれくらい貢献できるのかなのだから。


「というわけでよろしくねブルースくん。あと、こっちはあなたの同僚になるジャックね。あなたと同じ組だっていうから知ってると思うけれど」


 そう言われ、ジャックは「妙な縁だが、よろしく頼む」とぶっきらぼうに言う。


 確かに彼と同じ組ではあったが、自分とはあまり縁がなかったし、なにより一匹狼だったのでどういう人間なのかはほぼ知らないと言ってもいい。


 だが、自分と同じく彼女に認められたのであれば、信用できる人間であることは確実だ。


「よろしく。きみが誰かに従うなんて、思ってなかったな」


「まったくだ。人間になんて必要以上に関わるつもりはなかったんだが、色々あってな。悪いようにはされてねえし、とりあえず不満はねえよ」


 組では徹底して他人を寄せ付けないようにしていたジャックの雰囲気がだいぶ柔らかくなっているように感じた。というか、恐らくこっちが普段の彼なのだろう。


「で、さっそく話なのだけれど――」


 ジャックとの挨拶をそこそこに、彼女が入り込んでくる。


「あともう一人、あなたと同じように味方を集めようと思っているのだけれど、なにかいい人材はいないかしら。表ではいい面して、裏であくどいことをやってるようなヤツがいいんだけど」


「僕もあまり友好関係は広いほうではないので、そのご希望に添えることはできなさそうですけど――そういう話なら、以前ちらっと耳にしたことなんですが――」


 少し前から、学内でネットワーク上でのカジノが流行っているという話だ。そこで、全部つぎこんだとかなんとかいう話で、ここの学生の間でも問題が起こっているとかなんとか。


「へえ、なかなか面白そうな話ね。初耳だわ」


「あんた、賭けごとなんて興味あったのか。そんなんには一切見向きもしないと思ってたが」


「賭け事ってのは、人間の本能に結び付いた娯楽よ。まあ、それで身を崩すほど熱中するのは馬鹿としか言いようがないけれど」


「しかも、その胴元がここの学生って話だそうです。噂でしかないんですし、それが誰がってのは誰も知らないようですが」


 そういうと、怪しげに笑みを見せるスターゲート家の令嬢。


「ますます興味がわいたわ。それ、どうやったらできるのかしら?」


「既存会員の紹介が必要って話みたいですね。僕はその話は聞きかじっただけでしかないですから、残念ながら紹介は――」


「俺も、そんなのに注ぎ込める金なんてねえからやってねえよ。というか、俺もいまそんなんあるって知ったしな」


「でしょうね。それでもまあ、やりようはあるでしょう。セレン」


 そう言って彼女は近くにいた長身の娘に呼びかけた。


「そのカジノとやらを調べてきてちょうだい。いい報告を待っているわ」


 そういうと、セレンは「わかりました」と簡潔に言って姿を消す。


「で、まずあなたにはわたしが与えたその力を使いこなせるようにする鍛錬をするように。三人目の仲間が使えるようになったら、動き出すつもりだからそれまでに準備しておきなさい」


 それじゃあ、今日はこれで終わり。しばらくしたらまた連絡するわ。と言って足早に彼女はここから離れていった。


 与えられた力。それがどこまでのものなのかはわからないが、できることを十全にやっていこうじゃないか。


 己の導きたる彼女のために。

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