第18話 仁義を通せ
「セレン」
ブルース・ウェイグラッドから離れたところでわたしは彼女に呼びかけた。
「なんでしょう?」
セレンがどこからともなく姿を現す。この能力の使用にもだいぶ手馴れてきたという感じだ。
「あいつらの動画、全部わたしの端末に送っといて」
「構いませんが――一体なにを?」
「決まってるでしょう。あの動画を公開するのよ」
わたしの返答にセレンは驚いた様子であった。それは彼女も予想していなかったことだったのだろう。
「だってあいつら、わたしの警告を聞かなかったのだもの。約束はちゃんと守るのが礼儀ってものでしょう? こういうことをなぁなぁにすると舐められるから。不届き者にはちゃんと現実をわからせておかないとね」
なにより、力を与えたブルースが余計なことをする可能性もある。ここで制裁を加えておけば、彼が短絡的な行動を移す可能性は低くなるはずだ。まあ、正しさに狂っている彼が考えなしにそんなことをするとも思えないが。
だとしても、こちらの姿勢を見せておく必要がある。たぶん、そのほうが効果的だ。
「言われてみれば確かにそうですが――」
「やりすぎだと思う? 残念ながらそうではないわ。よくないことをしたら相応の裁きを受けるってことを知らずに大きくなると、ろくなことにならないの。早ければ早いに越したことはないわ。それで人生詰むかもしれないけど、彼らがやっていたことだって他人の人生を奪うことだもの。それは子供だからと言ってやっていいものではないわ」
まだ高校生だし、退学になってもなんとかなるんじゃない? 今後の彼らの活躍をご期待しております。
「でも、大丈夫ですかね。私の印象なんですけど、なんというか随分と危なっかしい感じがしたんですけど」
「それは否定しないわ。でも、せっかく近くに置くのなら、無難で面白味のないのよりも多少危なっかしくても面白いほうがいいじゃない? 両親ともに弁護士で、彼自身も弁護士を目指しているだけあって、頭も回るし話もできるから、多少修正が利くだろうし、なんとかなるわよ」
敵を考えれば現代社会の番人たる弁護士が忌み者との戦いに必須というわけではない。だが、ヤツらもこの社会に入り込んで擬態している以上、あぶり出すのに法の知識が必要になるという可能性は低くないはずだ。追いつめる手段というのは、いくらでもあったほうがいい。
「よっぽどひどいようならわたしがなんとかするわ。あなたはあなたのやるべきことをやりなさい。余計なことは気にしなくていい。そのほうが効率いいからね」
そう返すと、セレンはすぐに「わかりました」と返答する。
「ところで、三人目のほうはどう? 誰かいいのいた」
「残念ながら、お嬢様が好みそうなのは見つかってなくて」
「そう。ブルースくんが復帰するまでまだ時間がかかるだろうし、もうちょっと時間をかけても構わないわ。下手な人材を持ってこられるより、面白そうなのを見つけてくれるとありがたいのだけど」
こちらがそう返すと申し訳なさそうにしゅんとするセレンである。叱責したつもりはまったくなかったのだが。これで変に気負われるとそれはそれで困るので、肩に力を入れないで気やすくやってほしいところである。そのほうが効率いいし。基本的に効率というのは正義である。
――ところで、あなたはブルースくんのことどう思う?
わたしはアベルへと問いかけた。
『お前の言う通り、危ういところはあるってのは間違いない。だが、同時にその危うさゆえに信頼できるっていう側面もある。うまく扱えてるうちは大丈夫だろ。ああいう馬鹿みたいにまっすぐなのは扱いかたさえわかってれば意外と御しやすい。人たらしのお前なら問題ねえよ』
――人たらしとは心外な。わたしは誠意ある相手には誠意を返しているだけなのに。
『そういうことを平気で言えちゃうところが人たらしなんだよなぁ。状況を考えればそれだけ動かせるのは都合がいいんだが――まあそのなんだ刺されるような真似はするなよ』
――なんで刺されるのよ。そんなわけないじゃない。好感度調整はばっちりよ。
『……やっぱりお前最悪だよ』
呆れたような声を響かせるアベルである。わたしはしっかりと部下の管理をしているだけなのになんでここまで言われなければならないのか。謝罪と賠償を請求する。
「で、ジャックの調子はどう? 元気してる?」
「ええ。彼のお母様も妹さんもあそこでの生活も慣れてきたようですし、問題なくやっているようです。ジャックくんもしっかりと鍛錬している様子だったので、大丈夫だと思います」
ジャックは悪ぶってはいるものの、根本的なところは真面目だ。なにより自分だけでなく家族の生活もかかっている以上、しっかりやるのは当然であると言えた。
「合間を縫ってちょっと様子を見るようにしてちょうだい。基本的に大丈夫だと思うから様子を見るのは片手間でいいわ。それよりも、三人目の調査をお願いね」
「それなんですが、どういうのがいいんですか? なにか希望があればある程度あたりをつけられるんですけど……」
「そうね……表向きはしっかりとやっているし、まわりからもそう認知されているけれど、裏であくどいことをやってるのがいいわね」
「裏でやってるってなると、簡単には見つけられなさそうですね。ですが、やってみます。あ、あのこれがちゃんと希望に添えることができたらなんですけど――」
もじもじした様子でそんなことを言い出すセレンである。なに? とわたしが問い返すと――
「もっと、褒めてほしいです」
「いいわよ。別に減るもんじゃないし」
「本当ですか? 頭撫でてもらうとかそういうのも?」
「それでいいならやってあげるけど。そんなんでいいの?」
「それ以上に望むことってあるんですか?」
さも当然のように問い返してくるセレン。なんだろう、こいつもこいつでなんかおかしくなってきた気がするな。
「それじゃあ、お嬢様に褒めてもらうために頑張ってきます! ちゃんと夕飯の準備もしますんでご心配なく」
セレンはそう言ってこちらが言葉を返す前にどこかへと駆け出していく。まあ、ちゃんとやってくれるならそれでいいか。このへんのことも彼女には適性があるみたいだし。
さて、わたしも家に帰ったら日課の鍛錬をしなくては。日々の積み重ねというのは想像以上に大きなものである。運に恵まれるのも、機会を引き寄せるのも、日々の積み重ねがものを言う。
わたしは歩きながら、渦巻く力の操作をしながら歩き出した。
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