第15話 おかしな放課後
「大丈夫だったでしょう?」
ジャック・マスターズとの交渉を終えてしばらく歩いたところで、近くで見ていたはずのセレンへと呼びかける。
「さすが私のお嬢様です。つかみかかられそうになったときは少しひやひやしましたが。というか、いつの間にあんなもの用意していたんですか?」
満面の笑みを見せながら姿を現したセレンが言う。
「外の人間を使うってなったら、近いところに住処が必要になるかと思ってね。おじいさまに話をつけておいたの。ジャックの経歴的にそういうのが使えそうだったから、そうしたまでよ。誰かに管理をさせるなら最大限利用したほうが効率いいし」
調べた情報を見る限り、彼と彼の家族が変なことをする可能性は低いだろう。子供を私立校に通わせるために無理をするような人間である。善良であることは間違いない。
「その代わり、彼には頑張ってもらうわ。喧嘩慣れしているようだし、その辺のヤツよりは使えるでしょう。とりあえず、あなたと同じように力の使い方を教えるわ。あとのことはそいらからね。背もあるし強面だから、まわりに対する威嚇にはちょうどいいわ」
「威嚇……ですか?」
「人間というのはね、想像以上に他人のことはわかってないし、明らかなもの以外理解できないという残念なのも多いものなのよ。ああいう見るからに怖そうなのを近くに置いておけば、虫よけにはなるわ」
彼の能力によっては違うことをさせたほうがいいかもしれないが、現時点ではわからないのでそういう方向性で進めていこう。
「ま、いまのところ学校内で侍らせるつもりはないけれど。そういうことをするのはひと通り人員がそろって動き出せる体制が整ってからね。いらんところで目立っても面倒なだけだし」
やること終わったし、そろそろ帰るわよ。そう言ったところで――
「どうかした? なにか言いたそうな顔をしているけれど」
「へっ! あの……そのぅ」
急におかしな様子になるセレンである。珍しい。腹でも壊したか?
「いや、その……別に変なことを、考えているわけでは」
「それ、変なこと考えてるヤツのセリフよ。言いたいことはちゃんと言うほうがいいわ。変に黙っているのは健全ではないわよ」
「い、言っても怒らないですか?」
「なんで? 怒る必要なんてないし」
「あ、あのですね。先ほどつかみかかろうとしたジャックさんを転ばせて背中に座っているお嬢様を見まして、そのなんというか、すごい胸が高鳴るものがありまして……」
恥ずかしそうにそんなことを言い出すセレン。そんなことを羨ましがるとはなかなか変な娘である。
「わかったわ。じゃ、そこに座りなさい」
わたしはそう言って近場にある椅子を指さした。セレンは言われるがままにそこに腰かける。そのままわたしは腰かけたセレンの膝の上に腰を下ろした。
「こんなところで寝転がるのはお行儀が悪いから、これで我慢しておきなさい」
そう言ってセレンの顔を見上げると、彼女の目がぐるぐる回っている――ように見えた。
「あ、あの! お嬢様、いきなりこういうことをされるのは、ちょっと刺激が、強いというか……」
「なに言ってるの? あなたがしてほしいって言ったんじゃない。変な娘ね」
「いや! だって、その、こんな近い距離に、こられましたら、変な気を……いや、そんなのまったく起こさないですけど私がお嬢様の体温とか匂いとか感触とかこんな近くで感じられてしまうのは失礼というかなんというか」
どもっていたかと思ったら、今度は異様な早口になる。なんとも様子がおかしい。
「なんか様子がおかしいけれど――別に嫌そうにしているわけじゃないしいいか。それにしてもあなた、少し前までわたしとそれほど変わらなかったのに、大きくなったわね」
「ごめんなさい図体ばっかりでかくなって」
「別にそんなこと思ってないけど、本当に様子がおかしいわね。変なものでも食べた?」
「なんというか! その、すみません。最高過ぎて」
やはり様子がおかしい。だが、嫌ならこんなことをしたいなんて言わないだろう。まあ別にいいか。減るもんじゃないし。
「お嬢様……もうひとついいですか?」
「なに?」
「このままお嬢様のこと、ぎゅっとしていいですか?」
「いいけど」
「いいんですか!」
自分でそう聞いておいてなぜか驚くセレン。さっきからどうした。
じゃ、お言葉に甘えて――と言ってわたしの身体をぎゅっと抱きしめる。
そういえばこの娘と最近こういう触れ合いをしてなかったなーとセレンの体温を感じながら思っていると――
『お前、罪なヤツだな』
――罪ってなにが?
『お前のことだからわざとやってんのかと思ったが――マジで自覚ねえのかよ。すまなかった。いまのは忘れてくれ。そのなんだ、頑張れよ』
アベルもアベルで妙なことを言い出した。なんなんだこいつら。文句を言っているわけでもなく、いまいちおかしな感じ。まあ別に、こちらとしても不快というわけではないからいいか。そういうことは気にしても仕方ない。
「ありがとうございました。あの、もう大丈夫です。お嬢様分を接種できたので。ご迷惑おかけいたしました」
そう言ってわたしを抱きしめていた腕を話すセレン。いまだかつてないほど、とてつもなくいい顔をしている――ように見えた。
「それじゃあ帰るわよ。帰ったらちゃんとするように」
「わかりました!」
軍人めいたでかい声で返答するセレン。そんなんだったっけお前。
元気になったのならそれでいい。士気の維持は大事だからね。これで済むのなら安いものである。
そんなことを考えながら、わたしとセレンは帰路についた。
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