第13話 一人目の味方候補

「お嬢様、先日言われた件についてですが、条件に合いそうな者を何名か洗い出して調べてまとめてきました。とりあえず、素行が悪そうな問題児についてです」


 セレンはそう言って写真が添えられた紙束をこちらへと差し出してくる。


「もっとかかるかと思ったけど、早いじゃない。ありがとう」


 そう言って紙束に目を通していく。


 指名に住所といった基本的な情報に、学校での成績や評判、交友関係などこの短期間とは思えないほどよく調べられていた。普段やっている使用人の仕事とは勝手が違うというのに、これだけできていれば上出来であろう。思っていた以上にこういうことに対して適性があったのかもしれない。人というのは思いもよらないものである。


 基本的に金持ちのご子息ご息女が集まっている学校なので、見るからに不良とわかるようなのはいないが、掘ってみれば悪いことをやってそうなのは意外と出てくるものである。問題児なんてどこにでもいるものだ。学生なんて行き場のない活力を持て余しているようなものだし、そんなものだろう。


 とりあえず一人目。


 三年の素行がよくないと学内で有名な生徒だ。生まれはこの学校においてはそれなりというところ。中等部から入学組で、入学してからしばらくして授業についていけなくなったようだ。


 悪くはないが、あまり印象には残らないというのが正直なところである。まずくはないが薄味すぎて好みではない。もうちょっとがっとくるものがないと面白くないな。


 なにより、三年となると来年には卒業してしまう。来年以降も動く可能性もあることを考えると、わたしがいる間に一緒に動ける同級生か、あるいはわたしが卒業したあともある程度任せられる下級生であるほうが望ましい。年上とのつながりがあっても構わないが、それなら上級生である必要はないし、もっと有用な人間は他にいるだろう。


 よっぽど他に候補者がいなければ選んでもいいが、積極的に選ぶ人間ではないというのが正直なところだ。


 二人目。


 わたしたちより一つうえの問題児。未成年ながらに賭博場に出入りしているのが見つかって停学を食らっている生徒だ。家の金を持ち出しているのが判明して、それをきっかけにして賭博場への出入りが発覚したようである。


 問題児ではあるが、求めているのはそういう感じではないし、家の金を持ち出して見つかるなんてヘマをやらかしているようなコスい人間に利用価値があるとも思えない。見つからないように徹底するだけの用心深さがないようなヤツがつくるのは不可能だ。さらにいえば、簡単に敵に買収される可能性もある。無能な味方というのは敵以上に厄介だ。こういう人間をいかに見極めて、除外できるかが大事であるとおじいさまもよく言っていた。たぶん、こいつは味方に引き入れる人材ではないと思う。調べてもらって悪いが、こいつは却下だ。見えている地雷を入れる必要性はまったくない。


 こちらの駄目だなというのを察したのか、残念そうな顔を見せるセレン。犬だったら尻尾をしゅんとさせていることだろう。相変わらず犬属性の強いメイドである。


 とはいっても、いまするべきなのは調べてもらった人間の情報に目を通すことだ。褒めてやるのはちゃんと仕事をやってくれたことがわかってからだろう。褒めるのも叱るのも効果的にやるべきである。褒めればいいわけでも、叱ればいいわけでもない。これもよくおじいさまが言っていたことだ。


 三人目。今回調べてもらった最後の人物である。


 わたしたちと同じ一年生で高等部からの進学組だ。


 この学校は、初等部から高等部まである一貫校であるが、入学試験の難度は初等部よりも中等部、中等部よりも高等部が遥かに高い。特に高等部からの入学難度は極めて高く、相当の学力が求められる。その代わり、高等部からの入学組は私立高校に通わせられる程度には裕福な一般家庭も増えるのだが。


 なので、わたしのように初等部から通っている富裕層と中等部、高等部からの入学組とでは家庭的な環境やらなんやらでわりと隔たりやわだかまりもあったりする。


 高等部からの入学組であれば、学力は申し分ない。学力があるからといって求められることができるとは限らないが、学力があるほうが色々とできる可能性が高いというのはよくあることであるが――


 入学してからの情報を見る限りでは、とても問題児とは思えなかった。成績も優秀なほうだし、目立った問題行動を起こしていることもなさそうだが――


 この三人目、出身がこの地区においては極めて治安が悪いと言われている二十二区の中学であるらしかった。


 興味深いことにこの生徒、いまでこそ優等生であるが、中学では結構なやんちゃをしていたようだ。二十二区では結構有名らしい。


 進学を気にいままでの自分を変えるというのはよくあることであるが、こういう方向性に変化させるというのはなかなか面白いじゃないか。


 調べてきた情報を見る限り、腕っぷしも強そうだ。気合いの入り方が違う。


 それでこの学校の高等部に入学できる学力があり、入学後も授業にもついていけているというのはなかなかの逸材と言えるだろう。


 やんちゃしていた中学の頃の情報では、悪さはしていたが卑怯なことはしていなかった。そういうところも好ましい。


「この三人目に見つけてきたのにするわ。なかなか面白いのを見つけてきたじゃない。いい仕事をしてくれたわねセレン」


 そう言うと嬉しそうな笑みを見せるセレン。犬だったら尻尾を大きく振ってわたしのまわりを歩きまわっていることだろう。あまりにも犬属性が過ぎる。


「でも彼、いまでこそ落ち着いていますが、中学のときはだいぶ悪さしていたようですが、大丈夫ですか?」


「心配してくれているのはありがたいけれど、それわたしに言う?」


「……それもそうですね。いらぬ心配でした」


 セレンはすぐさま訂正する。いまのわたしのことに関しては、この娘が一番理解していることだろう。実際の目の当たりにしたわけだし。


「ま、とにかく調べてくれてありがとう。今日の放課後でもさっそく行ってみるわ」


「え?」


 なぜか驚きの声を発するセレンである。


「どうかしたの? なにか気になることでもあった?」


「あの……お嬢様が行くのですか?」


「そりゃそうでしょ。わたしが求めていることだし、わたしがやるのが筋じゃないかしら。直接やったほうが話つけやすいし、そのほうが相手に失礼じゃないでしょう」


「それはわかるんですが、その……」


「安心しなさい。これでも、日々の特訓でかなり上手に手加減できるようになったから、荒事になったとしても殺さないと思うわ。……たぶんね」


 わたしの力を実際に見ているだけに、不安なのだろう。安心しなさい。わたしを誰だと思っているの?


「不安なら見つからないように覗いているといいわ。別に見られて困ることをするわけじゃないし」


「わかりました。危ないことしそうになったら止めに入るので」


「任せておきなさい。わたしを誰だと思っているかしら」


 というわけで、セレンが見つけてきた一人目――ジャック・マスターズに放課後、会いに行ってみるとしよう。面白いことになればいいな。


 そんな風に思っていると、セレンは「悪いことはしないでくださいね」と言いたげな顔をしていた。


 失礼な。悪いことなんてそれほどするつもりなんてないのに。任せておきなさい、わたしの交渉術が火を噴くぜ。

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