第12話 方向性策定

 あれから二日でセレンは復帰し、使用人の仕事をいつも通りにこなしてもらいながら、鍛錬を開始した。


 結論から言えば、セレンはなかなか筋がいい。これに関してはわたしとアベル双方が一致していた。このまま磨いていけば、実に使い勝手にいい味方になってくれるはずである。


 あとはどのように実戦経験を積ませるかであろう。こればかりは実戦を行う以外に磨く術はない。実戦でどれだけ能力を発揮できるかは未知数であるが、空いた時間には鍛錬をするように言ってある。真面目なあの娘のことなので、しっかりとやるのは間違いないだろう。しっかりやるかどうかよりも、必要以上の無理をしてしまうことのほうが懸念される。そのあたりは、わたしがしっかりと見ておくより他にない。


 今日もわたしは裏庭で鍛錬である。力の操作は、もう完全に意識せずに行うようにできるようになった。なにかをしながらどころか、寝ている間すらも問題なく可能だ。これで寝込みを襲われることになってもなんとかなるだろう。


 セレンが復帰したので、そろそろ本格的に味方を集めるために動き出さなければ。侵入した忌み者による浸透はかなり進んでいる。早く切除できなければ、手遅れになりかねない。焦るのは悪手だが、早ければ早いほどいいというのは間違いなかった。


 なにより、忌み者の手はスターゲート家にまで及んでいる。ヤツらにわたしのことが知られているのかは不明だが、ヤツらの排除に本格的に動き出せば、それを知られてしまうのは時間の問題だ。


 いまのところ、直接的に動いている様子はない。ここに入り込んだ忌み者がどのような役割を持っているのかは不明である。だが、六盟主たるスターゲート家に入り込む個体が取るに足らない雑魚とは考えにくい。この一族は都市においてかなりの財と権力を持つのだ。そこを奪われるというのは、かなり大きい。入り込んでいるのも相当であることは容易に予想される。


 であればこそ、動き出すのであればしっかりと根回しをしておかなければならない。ここに入り込んだ忌み者によって、一族の誰かが利用されていることは確かだ。そういうのを始末するとなると、それなりの大義名分が必要である。


 それだけの根回しをするとなると、ただの力づくでうまくいくはずもない。相応に信頼できる協力者も必要になってくる。


 状況としてはかなり厳しい。もう少し早い状況で動けなかったものなのか。手遅れになってから動き出しては遅いというのに。


 だとしても、いまわたしにできる最善を尽くしていくより他にない。大抵のことは案外なんとかなってしまうのだ。いまのわたしのようにとんでもない力があればなおさらだろう。死にさえしなければ安く済む。そんなものだ、人生なんて。誰のものであっても。


 型を三回ほど繰り返したところで、わたしは近くにある椅子へと腰を下ろした。身体の隅々まで行き届いた力により、燻るような熱を帯びていた。なんというか、思い切り力をぶっ放したい。制御のために力を調整しながら動かすのも飽きてきた。


「精が出ますね」


 もやもやしていたところに、セレンがやってくる。


「そろそろ区切りがつく頃かと思いまして、飲み物を持ってきました」


 そう言って水筒を差し出してくるセレン。本当によくできた娘である。さすがわたしのメイドである。教育が行き届いていてなによりだ。わたしがそうするようにしたのであるが。


「さすが、気が利くわね。いただくわ。ありがとう」


 わたしはセレンから水筒を受け取り、それを注いで一気に飲み干した。少しだけ甘さのある液体によって、燻るような熱を持つ身体の末端まで染み渡っていく。


「で、身体の調子はどう?」


「問題ありません――というか、いままでは考えられなかったくらい力に満ちているくらいです。ありすぎて持て余してしまいそうで」


「元気ならなによりね。ま、なにかあったら言ってちょうだい。わたしでよければ相手になるわ。鍛錬のほうはどう?」


「あの、そのことなんですけど――」


「どうかした?」


「なんと言ったらいいのかわからないのですが、お嬢様に言われた通りに、自分の中にある力の流れを感じつつ、それを制御していたら、不思議な力を使えるようになったんです」


 アレコレ言うより実際にお見せしたほうがわかりやすいかと、とセレンが言うと――


 目の前にいたはずのセレンの姿がとてつもなく薄くなったように見えた。そこにいるはずなのに、蜃気楼でも見ているかのような胡乱さ。


「透明になった――というより、気配とかそういったものが極限まで消されているような感じね。わたしでもここまで捉えられないとなると、普通の人だったら視認することもできなくなってそうね」


「はい。そのようです。わたしが試した限りでは、これを使っている間は、お嬢様以外の方はろくに見ることもできなかったようです」


「さっきの状態はどれくらい維持できるの?」


「いまは大体五分程度です。使っていれば、もっと維持できる時間が長くなるかもしれませんが」


 五分の間、ろくに姿すらも捉えられなくなるというのはかなり大きい。


「使用制限は?」


「一回使うと、ある程度時間を置かないと再使用はできないみたいです。具体的な長さはわかりませんが、一度の使用時間が長ければ長いほど、再使用までの時間が長くなるみたいです」


 明確にできる回数が決められていないとなると、制限としてはそれほど重いものではない。元々ある力を併用すれば、制限がかかっている状況でもなんとかなる範囲だ。


「実にいいわね。本当によくできた娘だわ」


 わたしがそういうと、とてつもなく嬉しそうな笑顔を見せるセレン。


 この能力を活用すれば、かなり多くのところに入り込むこともできる。情報収集をするにあたって、これほど都合のいい能力はない。


 そうなると、この娘は戦わせるよりも調査や工作をさせるほうが向いているだろう。となると、彼女にさせるべきことは――


「あなたが使えるようになったその力を使って、やってほしいことがあるわ。いいかしら」


「当然です。お嬢様の命令を断る理由なんてありえませんから」


「立派で助かるわ。あなたには今後のための仲間集めをするにあたっての調査をやってもらう」


 以前、アベルに告げた条件をそのまま口にする。条件を聞いて少し困惑したようだったが、すぐに「わかりました。やってみます」と力強く答えた。


「あと、その能力だけど、この家の中では必要もなく使うのはやめておきなさい。理由は言わなくてもわかるでしょう?」


「……ここに入り込んでいる忌み者に察知されるかもしれないから、ですね」


「そうよ。まあ、そのうちことが進んでいけば隠し通せなくなるだろうけど、隠せる間は隠しておいて、色々根回ししておく必要があるから」


「わかりました。お嬢様のご命令とあれば」


「それじゃあ、調査を頼むわ。普段のことはおろそかにしちゃ駄目よ。わかってるとは思うけど」


 はい、と力強く頷いて返答するセレン。


 彼女がいい人間を調査してくれることを期待するとしよう。


 ――質問があるのだけど。


 わたしがそうアベルに問いかけると、すぐさま『なんだ』と返してくる。


 ――あなたの力を与えると、特殊な力を使えるようになるのってよくあることなの?


『大元たるお前から力を分けられたものは、その力が小さい代わりに特有の力を使えるようになる。それがどんなものになるかはその個人によるとしか言いようがないが』


 ――別の人間にセレンと同じことをやっても、別の結果になるってことね。


『少なくとも、俺が見てきた事例で同時期に同じ力が使えるようになったことはねえな』


 ――場合によっては、それが使い勝手があまりよくないってこともあるわけか。


『否定はできないな。元に与えられた力があるから、よっぽどのじゃない限り、なんとかなるとは思うが』


 ――それに関しては、いま考えても仕方ないわね。力を与える味方ができてから考えましょう。


 とりあえずいまはセレンの調査の結果を待つことにしよう。どういう風に使っていくか考えるのは、それからでも遅くない。

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