第11話 次に取るべきは

 というわけで、今日も学校である。学生という身分である以上、しっかりとそのお勤めをしなければならないのだ。勉強というのは社会生活をするにあたってできて損をするものではない。まあ、できて損をすることなんてそれほど多くもないのだが。


 とりあえずの問題は協力してくれる見方を集めることだ。協力してくれる存在は、無能な働き者でなければ、いくらでもいてもいい。数というのは偉大だ。ただ一人の万能よりも、幾万の凡愚の集まりのほうが圧倒的にできることが多い。


 まず味方を集めるのであれば、近いところからだ。身近な人間すらも味方につけられなければ、他人を従わせることなどできるはずもない。よくおじいさまも言っていたことである。


 さすがに、セレン一人だけでは色々と厳しいだろう。無論、彼女が駄目というわけではない。まだどれほどのものか測れていないし、あの娘ならどういう形であれ使いようはある。大事な忠犬だからね。与えた力をある程度使えるようにすれば、全力で頑張ってくれるに違いない。


 この学内であと三人ほど集めたいところである。力を使えるようにするのは、現時点では絞るべきだろう。なにより、学生というのは色々と未熟だ。未熟なまま力だけ得ると、ろくなことにならない。広めるのであれば、適切な場面にするべきだ。いまはそのときではない。


 とはいっても、ちんたらしている場合でもないのも事実だ。忌み者の浸透はかなり進んでいる。もうすでにこの学園内にもそいつらが入り込んでいるのだから。


 どこの誰が忌み者にそそのかされているのはひと目見ればわかるのだが、即行動というわけにはいかなかった。


 この学校というのはかつての貴族階級や資産家のご子息ご息女がほとんどだ。貴族というのは現代においてはもうすでに名誉称号でしかなく、かつてのような特権を持っているわけではないが、多額の学費がかかるこの私立校に通えるのは経済的にも成功した資産家でもある場合がほとんどだ。


 資本がものを言う社会において、資本を多く持っているというのは、強い権力を持っていることに他ならない。表向きは平等であることを謳っていても、その社会において価値のあるものを持っているか否かで権力の勾配というのは絶対に生じてしまうのだ。


 なので、そういう人間をぶち殺すとなったら、相当の理由と根回しが必要になる。誰が忌み者にそそのかされた愚か者かわかっているからといって、短絡的に動けばこちらの状況が悪くなる一方だ。このように社会を蝕んでくるような奴らである。力に任せてもまずうまくいかないだろう。そうならないためにも、できる限りのことをやっておく必要がある。


 さて、どうしたものか。簡単にぶちのめす力があるがゆえにもどかしい。贅沢な悩みである。大抵の人間は、己の力のなさに嘆いているというのに。


 自分で動いてもいいのだが、あまり目立たないようにしたいところだ。少なくとも、いまの時点では。目立つときは、それが効果的になるときにやるべきである。必要もなく目立っても、動きづらくなるだけだ。物事というのは基本的に効率的にやるべきである。特に、自分が楽しいとは思えないよりそうだ。


 このあたりの調査に関してはセレンが復帰してから任せてみることにしようか。なにに適性があるのかも確認しておきたいし。


『ところで、お前はどんなのを集めるつもりなんだ?』


 不意にそんなことを問いかけてくるアベル。別に断る理由も特にないし、答えてやるとしよう。


 ――狙いどころとしては、優秀だけといじめられてるのとか、裏で人に言えないようなあくどいことやってるヤツとか、乱暴者の問題児とかね。


『……なんで?』


 ――決まってるじゃない。そういうほうが扱いやすいからよ。味方につける人材というのは、優秀であることも大事だけど、それ以上に扱いやすいかどうかも大事なの。特に、自分の近くに置く人材はね。あなただって手元に置いておく道具は使いやすいもののほうがいいでしょう?


『それはわかるが――そういうのだと、引き込むときに面倒なことになるんじゃないのか?』


 ――わかってないわね。面倒ごとがあるからこそ付け入りやすいのよ。自分からなにかやってて後ろ暗い理由があればそれを盾にできるし、逆に被害者になってるのなら助けてあげれば簡単に付け込める。乱暴者の問題児は、わからせれば従えられるし、単純なのが多いもの。あと単純に、面白くないのを近くにおいても仕方ないじゃない。


『……やっぱりお前、性格最悪だよ』


 どうやったこんなバケモンが出来上がるんだよと言いたげな声を響かせるアベル。まったくひどい言われようだ。せっかく効率よく進めてやろうとしているのに。お前が始めた物語だろ。


 ――ひとつ訊きたいのだけれど、セレンはどのような感じ?


『お前を裏切りそうにないから信頼はできるだろ。重いし湿度高すぎるけどな。動きを仕込んでやれば、ある程度のものにはなるはずだ。あとは、頑張り次第だろ。まあ、お前のためだと必要以上の無理をやりそうな危うさがあるが』


 ――同感ね。そこはわたしからも気をつけておくわ。場合によってはあなたからも言ってちょうだい。


『それはいいんだが――馬車馬みたいに滅茶苦茶させたりしないんだな』


 ――させるわけないじゃない。そんなことさせても効率悪いし。人間というのは効率よく動かしてナンボなのよ。適切な休息、適切な配置。鍛錬なら多少追い込む必要はあるけれど、しっかりとした成果を出すのならそうではないわ。わたしはね、必然性のない無駄と無能な働き者をなによりも憎んでいるわ。このふたつは人類悪といってもいい存在よ。


 できることなら消し去りたい存在であるが、人間が人間である以上、どうにもならないというのが厄介なところだ。であれば、少なくとも自分の手が届く範囲ではそれが近寄らないようにすべきである。


 ――まあ、正直なところ、救いようのない無能じゃなければ、どうとでもなるわ。なにしろまだ高校生だし、修正は利くでしょう。そのために学校の人間を集めようとしているのよ。即戦力になりそうなのは別で集めるわ。


『あのさ……お前も同じ高校生だよね?』


 ――そうよ。どこに目をつけているのかしら。


『……まあいいや。いまなら修正が利くってのはお前の言う通りだし。実体のない俺としては、お前に任せるしかできんからな。なにより、納得できるだけの理由もある。性格は最悪だが』


 ――失礼ね。ソラネお嬢様最高って言いなさい。


『お前のメイドに頼め。あいつならいくらでも言ってくれるだろ』


 ――普段から崇拝してくれる相手に言われても仕方ないじゃない。さっさと言わないとちぎるわよ。


『なにをするつもりだテメエ』


 ――人には言えないことね。


『お前が言うと洒落にならないから本当にやめてくれない?』


 ――なに言ってるの。冗談よ。あなたに最高とか言われても正直気持ち悪いし。


『なんだろう、泣きたくなってきたな』


 ――無様ね。泣くならわたしに聞こえないところでやってね。煩わしいから。


『なに食って育ってきたら、そんな人の心がないことが言えるようになるんだ?』


 ――さあ。使用人に訊いたら? 買い出しと食事の用意は基本的に彼ら彼女らの担当だし。


 そういうことじゃねえんだよなあと言いたげな空気をにじませるアベル。それじゃあ立派な木偶人形にはなれないわよ。


『俺さ。お前を使い手に選んでから尊厳破壊ばっかりされてるような気がするけど、気のせい?』


 ――そうね。わたしが他人に尊厳を破壊なんてひどいことするわけないじゃない。


 そういうこと言うからおもちゃにされるのだ。わかってないようなので、ひたすら擦らせてもらおう。暇つぶしにはちょうどいい。

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