第9話 あなたの決意に喝采を

『お前さあ、武器とか使わないわけ?』


 学校から帰宅して鍛錬をしている最中にアベルが唐突にそんなことを問いかけてくる。


 はじめて二日目であるが、力の流れを制御しつつ身体を動かしながら話すことにも慣れてきた。このまま続けていけば、いずれ一切意識を割くこともなく、力の流れを制御できるだろう。


「まったくないけど。なんで? 必要ある?」


 適当に力を込めてぶん殴ればそれで済むのに、なぜわざわざかさばるものを使わなければならないのだろう? 武器なんてものは力の弱い人間がそれを補うためのものである。必要ないものをわざわざ持ってどうするのか。


『あるかないかで言った必要ねえんだけどさ。なんかこうあるじゃん』


「なんかってなによ。必要ないんならなにもないじゃない。なに言ってるの? 頭大丈夫?」


 触りたくない相手とか触らないほうがいい相手もいるかもしれないが、だからと言って武器を使う必要性はない。力を使って武器を作ってそれで殴るより、それを放り投げてぶつければ事足りる。遠距離攻撃にもなるし、それができることはセレンを助けた時に確かめているし。


『なんでそんなこと言われなきゃならねえんだよ。お前本当になんなの?』


「決まってるじゃない。わたしよ」


『でしょうね!』


 拗ねたようなことを言い出すアベル。武器になにか感じるような変態の類だったのだろうか。それなら悪いことをしてしまったな。同居人? として相手の性癖を否定するというのはあまり好ましいことではない。


『お前また失礼なことを考えてんじゃねえだろうな?』


「そんな。ひどいことを言うわね。あなたに対しては失礼なことしか考えてないわ」


 先んじられた時点で口喧嘩は勝てないのよ。口喧嘩に勝つコツはいかに怒らずに相手を煽って怒らせるかどうかである。おじいさまに散々仕込まれたのだから、勝てるとは思わないことね。


『……まあいいや。別にお前がやりやすいようにやればいいしな。お前の動きを見ている感じだと、武術の類に心得があるようだし、自分に馴染むやり方でやったほうがいいってのは間違いない』


「それをわかっているのならなぜ訊いたのですか?」


『急に丁寧な言い方になったあたりにそこはかとなく悪意を感じる』


「そういうことを言うから口喧嘩に弱いのよあなた。もうちょっと戦い方を学ぶべきね。この先、生き残れないわよ」


『生き残れない口喧嘩ってなんだよ……』


 呪言でも使った戦闘かもしれないわね。言葉というのは呪いの基本的なものだし、言葉で人は簡単に殺せるもの。


『それにしても二日目とは思えないくらい慣れているな。そういうあたりもお前本当になんなんだ? 性格も終わってるし、異世界転生とかしてたりしない?』


「そんなわけないじゃない。虚構と現実の区別くらいつけたほうがいいわよ。そういうの恥ずかしいから」


 それで煽ってるつもりだったのなら煮込んだ砂糖くらい甘すぎる。ま、そんなもんよね。わたしが悪かったわ。


 ひと通りの型をやって動きを締める。激しい動きは一切していないのに、心地よい疲労感があった。思っている以上に、力の流れを感じつつ、それを制御しながら身体を動かすのは負荷がかかっているのだろう。最近、サボっていたのでちょうどいい運動だ。


「ところで、全力で突きをやったらどうなるのかしら」


『やめとけ。そんなんこんなところでやったら大変なことになるぞ』


 かなり真剣かつ即座に否定してきたので、誇張ではないのだろう。それも当然だ。あり得ない距離を跳躍して、人間を圧搾機にかけたかのようにすりつぶせるようなのが全力で拳を振ったらどうなるかなど言うまでもない。


 わたしとしても関係ない人間をおふざけで巻き込むことは避けたいし、ここは素直に聞いておくことにしよう。適切に話を聞けるってのは非常に大事なことだからね。


「あと、素性を隠したりするのってできないのかしら。この間はあの娘だったからよかったけど、バレると都合が悪いときもあるだろうし。なんかないの?」


『できるぞ。こんな感じでやってみろ』


 即座に返しつつ、それを伝えてくるアベル。よくわからないが、なんとなくは理解できた。


 アベルから伝えられたとおりにやってみる。


「……なにこれ」


 わたしの手にあったのは、ねじれた角がいくつも生えた半笑いお面である。


『それをつければ、大抵の相手にはお前の姿が正しく認識できなくなる』


「それはいいんだけど、なんでこんなアレな感じなの?」


『お前の心の醜さが現れたんじゃねえの?』


 それなら仕方ない。性格の悪さの自覚くらいあるし、まあそんなもんかと思う。それになより、必要なのは自分の素性を隠すことである。どんな見た目をしていようがたいして関係ないのだ。見た目を気にして必要な機能をおろそかにしてしまってはなにも意味がない。まあ、これくらいのほうが敵を威圧できていいだろう。敵に恐怖心を抱かせるのは色々と大きな意味がある。


 素直に認めるとは思っていなかったのか、なんか変な感じになるアベル。だからこそお前は甘いのだ。そんなんじゃ白帯すら与えられないぞ。


「あの……大丈夫ですか?」


 クソほどどうでもいい話をしていたところにやってきたのはセレンである。言うまでもなく、この間わたしが保留させた答えを言いに来たのだ。


「大丈夫よ。あなたの話よりも優先するものなんてどこにもないわ。答えを言いに来たのでしょう。それとも別の話?」


「はい。この間の返答をするために」


 セレンがこちらの向ける目と、その口ぶりから強い決意がはっきりと感じられた。


「お嬢様がなにをしようとしているのか、聞かせてください。私にできることがあるのなら、それをやらせていただけませんか? お嬢様に命を助けていただいたからそう言っているのではありません。私は、いままで私がお嬢様からいただいたものを少しでもお返ししたいのです」


 その言葉にはなによりも真摯で力強い。それを否定できるほど、わたしも鬼でも無慈悲でもない。


「わたしについていくというのであれば、当然危険な目に遭うことにもなるわよ。もしかしたら死ぬことになるかもしれない。それでも来るというのね?」


「はい」


 一切目を反らすことなく答えるセレン。本当に強い娘ね。わたしにはないものを持っている。


「わかったわ。こちらに来てちょうだい。話を聞くより、その身で感じたほうがいいと思うから」


 わたしの言葉を聞いたセレンはゆっくりとこちらに近づいてくる。触れられる距離まで近づいてきたセレンに手を伸ばして――


 指先を彼女の額に当て、わたしの中にある一部を注ぎ込んだ。


 その瞬間、セレンの身体がびくんと震えたのち、大きくよろめく。


「たぶん、いまはつらいだろうから、少し休むといいわ。落ち着いたらまた話をしましょう。それがいまのわたしが知った真実とやるべきことよ」


 わたしの言葉は、苦しむ彼女に聞こえていたかはわからない。しばらく耐えていたが、やがて身体を支えきれなくなって――


 倒れこむセレンの身体を受け止めて抱き留めたのち、部屋まで運んで行ったのだった

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