第7話 幕間 ふたりの刑事
「こいつは……とんでもねえな」
凄惨という言葉すらも生ぬるく思えるほどの四つの死体が並んだ殺人現場を目にしたダリル・ガーランドはため息をついた。
警察に入って三十年、刑事としては二十年以上になるが、これほどの死体が現場に転がっていたのは久々だ。いや、下手したらいままで見てきたどの現場よりもひどいかもしれない。なにしろ、まともな人間だったらその場に居合わせただけで吐き散らすような死体が四つも転がっているのである。しかも、大通りから一本入っただけの場所でだ。これが、異常でなかったらなんというのか。
圧搾機にでもかけられたかのような、本当にそれが人間だったとは思えない肉塊と下半身だけが残っているもの、それに頭部が完全に吹き飛んだ死体が二つ。これだけの死体が起こるような事件が起こっていたにも関わらず、目撃者どころか、周囲で異常を感じたものすら皆無。なにからなにまで異常な事件というより他にない。
「うっへえ、こりゃすごいっすね。ひでえとは聞いてましたけど、想定の百倍くらいの状況っすね」
先ほど、もう一度周囲の状況を洗い出してこいと命じていた部下のカーリア・エアグラムが戻ってきた。
「やっぱし、この辺に住んでたり、店やっていたりするところをいくつか回ってみましたけど、おかしなくらいなんもないです。そういうことってあるもんなんすか?」
「普通はあり得ねえ――が、この現場から自体そもそも異常だ。というか、なにもかも異常な状況と言ってもいい。なにか意図が隠されてるんじゃねえかって気もするんだが――」
あまりにも異常なことが重なりすぎているせいで、あらゆるものがそれに覆い隠されてしまっている。異常で派手な殺人には、なにかしらの意図が隠されていることも珍しくないのだが――
「これ、本当に人間がやったんですかね? 特にあの、圧搾機にでもかけられたみたいになってる死体なんて、人間の手でやったというには無理があるというか。そのまま報告書を書いたら上のひとに怒られそうですけど。そのまま書いて、信じてもらえますかねコレ」
「現実問題として実際にそうなんだから、そう書くしかねえだろ。事情のわからんのに信じさせるように書くのだって重要だ。今回は案件が案件だから、俺も多少は見てやる」
カーリアは都市防衛省から警察へ出向で来ている官僚だ。アヴァロンの最高学府を卒業したあと、優秀な成績で都市防衛省に入省しただけあって能力はかなり高い。いままで若いヤツの面倒は何人も見てきたが、過去類を見ない優秀さだ。単純な事務処理だけでなく、っこうした現場での聞き込みもそつなくこなし、こんな凄惨な死体を見ても一切物怖じもしない。こっちとして非常にありがたい人材ではあるのだが――
色々と妙なところもある人物でもあった。まだ入省して三年目だというのに、警察――しかも殺人や反社会的勢力を相手にする刑事課に出向してくるというのは、異例どころか本来ではありえない。こいつも、なにかしらある人物であることは間違いないのだが――
「あ、いいんすか。いっつも書類仕事は俺に任せっきりなのに」
「お前を信頼してるんだよ。こっちは外動き回ってるほうが性に合ってんだ。適材適所ってのは大事だからな」
「そうですけど、ダリルさんの場合はただ面倒なだけじゃないっすか」
「うるせぇ。ごちゃごちゃ言ってないで、手を動かせ」
この現場に物怖じしないだけあって、自分以外にもずけずけと物を言える図太さもある。優秀な官僚だからそうというわけではなく、そもそもこいつの気質がそういうものなのだろう。生意気だが、面倒な社内政治をするときには便利ではあるのだが。
「わかりましたよ。つーか本当にコレ人間がやったんですかね? オーガやサイクロプスがやったっていうほうがまだ信じられるんですけど」
「……いや、さすがにそれはねえだろ。防壁の中でそんなの出てきたら、それこそとんでもない騒ぎになってるだろうしな。オーガやサイクロプスが出てきて、人間を四人殺してはいサヨナラとはならんはずだ」
百年前に建造された都市全域を覆う防壁によって、忌み者が街中で暴れるなどあり得ないことになっている。それこそ大事件であろう。なにしろ、いまの安全が根底から否定されることになるのだ。
「なにより、力自慢のオーガやサイクロプスがやったのなら、あの死体は綺麗に破壊されすぎている。怪物が力任せにやったとは思えない壊し方なんだよな、あの死体。だが、死体の感じからどう考えても、人間がやったとは思えねえってのも事実だ。だから異常なんだが」
「じゃあ、オーガやサイクロプスみたいな力持ちの人間がやったとか?」
「……さすがにそれこそふざけていると言われるだろう。確かに、そうであったのなら納得できる部分があるってのもわかるがな。思ってても書くなよそんなこと」
「わかってますって。さすがそれを書くほど俺だって不真面目じゃありませんよ。でもまあ、色々気になりますよね。最近は特に治安がクソ悪くなってることもありますし」
「……そうだな。だが、俺たちにできることをやっていくしかねえ。所詮は使われる側だからな」
なにからなにまで異常な時間に、治安の悪化。自分の知らないところで、この平和だった都市になにか起こりつつあるのかもしれない。
しかし、それをどうにかするなど一介の刑事に過ぎない自分にできるはずもなかった。もうそれは刑事の領分をはるかに超えていると言えるだろう。自分は、かつて魔王と倒したという英雄でもなんでもないのだから。
「よし。ここはもう鑑識に任せて俺たちも動くぞ。改めてやったところで、情報が出てくる可能性は低いが、サボってるわけにもいかんからな」
「あ、そうだ。あんまり関係なさそうだったんで言う必要もないかなって思ったんですけど、さっき聞き込みをしてたら変な話を聞きましてね」
「なんだ? とりあえず言ってみろ」
「この辺でよく酒を飲んだくれてるっていうやたら目のいい酒飲みのジジイからさっき話を聞いたんですが、昨日の夜、この辺でいつも通りこの辺で酒飲んで歩いていたら、人間が空を飛んでるのを見たとか抜かしまして」
「なんだそりゃ。飲みすぎて酔っぱらって、変なもん見たか、なにかと見間違えただけなんじゃねえのか?」
「俺もそうだとしか思えないんですけど、そのジジイの話を聞いてると、適当な出まかせ言ってる感じもしなかったんですよね。だからちょっと気になりまして」
「だからと言って、さすがに酔っ払いの言ってることをそのまま信じるのもな」
まさかその空を飛んでいた誰かがやったというわけでもあるまい。というか、人間が生身のまま空を飛ぶなんてそもそもあり得ないが。
「ま、そっすよね。この件なんですけど、手が空いてるときに調べてもいいですか? 他の仕事に支障を出す真似はしないんで」
「それなら構わんが――今日の状況からしてなんもならんと思うぞ。なにか気になることでもあるのか?」
「ええ、ちょっと。なにか進展があったら。ダリルさんにも共有するんで」
返答を濁すカーリア。この調子だと、口のうまいヤツからそれを聞き出すことは不可能だろう。
相変わらず、つかみどころのないヤツであるが、こちらとしてはやることをやってくれればそれでいい。もしかしたら、それによってなにか動く可能性もある。やらせるだけやらせてみるとしよう。
「とりあえず、署に戻って情報をまとめるぞ」
そう言ってダリルとカーリアは近場に停めていた車へと戻った。
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