第4話 放課後になって

 というわけで放課後。普段の授業をだらだらと流したところで仕方ないのですべて割愛します。軽快な物語には不要だからね。


 普段通り授業を聞きつつ、アベルからの話も適当に聞いて、帰宅したころには状況の大体を把握。


 結論から言えば、あまりうかうかしていられる状況ではなさそうだ。とはいっても、ここで無計画に暴れても非常に効率が悪い。無計画に暴れまわるのは万策尽きてそれ以外できなくなってからでもいいだろう。そうならないように動くのが最適ではあるのだが。


 まず仲間が必要ね、と言ったわたしにアベルは――


『それは重要だな。お前のことだから、集めたり勧誘したりするの面倒だし、自分ひとりでいくない? とか言うかと思ったが』


 ――見くびらないでほしいわね。いくらわたしが最強無敵の唯一神であったとしても、ひとりじゃどうにもならないことはあるもの。無能な働き者じゃなければ使える手足はいくらあってもいいですからね。というか、あなたこそ仲間など不要! 人間強度が下がるとか言うと思っていたけど。


『アホか。俺も以前現れたときにそれが重要であることを学んだからな。なにより、今回は忌み者どもの異変を考えても、有用な味方の存在はより重要であるのは間違いない』


 ――わたしには以前がどんなものなのかはまったくわからないけれど――そんなに違うの?


『ああ。この都市を覆う防壁を潜り抜けるために、危険を冒し、力の大部分と肉体を捨てるなど、以前であれば、そんな判断をできるのはごく限られた高位の個体だけだったからな。状況を考えるに、百年前であったら、そんな知恵などかけらもなかったような下位個体も入り込んできている。忌み者という種そのものになにかしらの急進的な変異が起こったと考えるべきだ。その原因は――』


 ――この都市を覆っている、呪いと忌み者を弾く防壁がそれをさせた、ってわけね。


『なにか原因があるとしたら、それ以外考えられん。力の大部分を失ったとしても、その代わり人間に近い知能を持っている個体がほとんどであることを考えると、かなり厄介だ。なにとり、力の大部分を失ったとしても、そこらの人間なんて簡単に蹂躙できるだけの力があることに変わりないからな』


 面倒な時代になったものだと苦々しい声を響かせる。


 ――そうなると、今回は前例にはないことづくめってわけね。参考としてあなたが前にやったことを聞いておこうかと思ったけれど、どうなのかしら。


『あまりアテにはならんだろうな。それでも、前例を知っておくのは悪いことばかりではあるまい。必要があったら遠慮なく聞け。それくらいならいくらでも話してやる』


 ――そうね。必要なときが来たらそうさせていただくわ。


 ――で、ひとつ訊きたいのだけど、どうして呪いも忌み者も弾くはずの防壁を忌み者たちはすり抜けてきているのかしら。構造的な脆弱性と言っていたけれど。


『それか。都市を覆う防壁といまの都市機能の基盤を作っているのは、外の世界にある呪いだ。呪いを燃料にして、あらゆる機能を維持している。忌み者は、その身体を捨てることで、燃料として取り込んでいる呪いに交じることで入り込んでいるのだ』


 ――ということは、いまは燃料として取り込んでいる呪いに身体を捨てた忌み者が混じっていても、不純物であるそれだけを取り除くことができないってわけね。


『理解が早くて助かるな。忌み者はそもそも、大いなる呪いから生じた存在だ。実体化した肉体さえ捨ててしまえば、周囲にある呪いとまったくかわらなくなってしまう。根本的に同じである以上、それを選別して取り除くというのはできないというわけだ』


 ――肉体を捨てて燃料と一緒に入り込むってなると、そのまま燃料にされてしまいそうな気がするけれど。


『恐らく、かなりの試行錯誤を重ねたのだ。何十年にわたって幾度となく。そうすることで、それができるやり方を確立したのだと思われる。その過程になにがあったのかは俺にはわからんが』


 ――ほんと、執念ってのは嫌なものね。なにがそこまでそうさせるのかしら。


『さあな。人間の討滅はヤツらの存在意義だからな。そういう存在などだとしかいいようがない』


 ――人間が寝たりご飯を食べたりところ構わず発情したりするのと同じってことね。


『それはそうだが――もう少し言い方ってのがあるだろ。人の心とかないんか?』


 ――なにを言っているのかしら。ひどい言いぐさね。心外だわ。わたしほど人の心に熟知した存在はいないというのに。


 ぐだぐだと話しつつ、今日の宿題を適当にこなしたところで時間を見る。そろそろ夕飯の時間であるが――


 そういえば、まだセレンが帰ってきていなかった。帰ってきたら真っ先にわたしのところに顔を出すかわいい忠犬のあの娘である。顔を見ていないということは、まだ帰ってきていないのだろう。


 今日の朝、買い出しで色々と回るから帰るのが遅くなると言っていたが――真面目なあの娘が使用人の仕事をさぼって買い出しの後に遊びに出かけているとも思えない。


 携帯端末を取り出して、セレンにどうしたの? と送る。普段なら、わたしに対しては秒で既読になるはずだが――


 いつまで経っても既読にすらならない。いくらなんでも、ただの買い出しに携帯端末が受信できないようなところに行く可能性は高くないはずだ。


 今度は、通話をかけてみる。


 返ってきたのは、相手が通信できない状況にいるときに返ってくる空虚な音声。


『どうかしたか?』


「また質問だけれど、忌み者に狙われたりすると、携帯端末の通信ができなくなるっていうことはあるのかしら」


『なに?』


 こちらの問いかけに対し、アベルはどこか鬼気迫る声でそう返してきた。


「セレンと連絡がつかないのよ。通話もつながらないし、既読にもならない。だから、なにかあるんじゃないかと思ったけれど」

『結論から言うと、あり得る。いや、その状況ならもうすでに巻き込まれているだろう。百年前は、それを使える個体はそれなりに等級でなければ無理だったが、いまはそうではなくなっていてもおかしくはない。端末がつながらないとなれば、間違いないだろう。あの女のお前に対する態度を考えれば、そんな無視をするとは思えんからな』


「どのあたり? さっさと教えなさい。場所はわかるんでしょう?」


『ああ。案内してやる。さっさと行くぞ。助けようとするのなら、一秒でも早いほうがいい』


 その言葉を聞いたわたしは、窓を開けてそこから暗くなった街へと飛び出した。

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