第3話 詳しく話を聞きましょう

「それじゃあまた放課後に」


 学校へと到着したところでセレンと別れる。いまは同じクラスではなくなったので仕方ない。まあ、本当のことをいえばスターゲート家は長年この学校に莫大な献金をしているので、わたしとセレンを同じクラスにするというのは可能なのであるが、使用人として帰れば嫌でも顔を合わせることになるうえ、学校にいる間は使用人としての役目は極力忘れ、学校生活に専念してもらったほうがいいと判断し、他と通常通りの扱いをしてもらうことにしてもらったのだ。


「それなんですが、今日は帰りに買い出しにいかないといけないので、お先にお帰りください。色々と回る必要がありますから、遅くなるでしょうし」


「そうなの。大変ならわたしも手伝うわよ、荷物持ちくらいならできるし」


「さすがにそれはお断りさせていただきますお嬢様。お嬢様に荷物持ちなんてさせたら使用人として面目が立ちませんので」


 基本的にわたしを全肯定してくれるセレンが強く否定する。


 別にそれくらい――と思ったが、確かに使用人としての立場で仕えるべき相手を荷物持ちをさせたとなったら色々と角が立つ。使用人である彼女にもそれなりの面子というものがある。面子を潰していいのは自分に対して敵対的な相手だけだ。友好的に接してくれる相手の面子は基本的に潰すものじゃない。


「それもそうね。わかったわ。あまり遅くならないようにしなさいね。わたしはたまに夜遊びするくらい気にしないけれど、他はわからないし。最近は治安も悪いからね」


「別に今日は遊びにいくわけでは……そのつもりならお嬢様もお誘いいたしますし」


「あら、なかなかかわいいこと言ってくれるわね。あなたから誘ってもらうことを待っているわ」


 それじゃあまたねと言ってそれぞれのクラスへと歩を進めていく。


『これが当世の学校か。随分と変わったものだな』


 ――あら、学校の概念なんて知ってたのね、あなた。意外と現代的じゃない。


『俺が前に現れたときも学校くらいあったわ。まあ、いまほど綺麗なものでも、誰もが当たり前に通えるものではなかったが』


 ――前にもこうやってどっかの誰かに脳内寄生してたのね。同じことをするなんてなかなか図太いじゃない。ところでそれは何年前?


『相変わらずいちいち癇に障る言い方をするなお前。俺がこうやって前に出てきたのはお前らの尺度でいうと大体百年前――都市全域を覆う防壁ができる前後だ。そのあとも実体としてはいなかったが、これまでの流れは見てきているからな。本当によくなったものだ』


 ――昔のことはそれほど興味はないけれど、その口ぶりからするとよっぽどだったようね。


 それも当然だろう。呪いに満ち、そこから生じた忌み者が跋扈する世界において人類がここまで発展できたのは、この都市を守る防壁があってこそだ。それがなかったときの世界など、どれほど厳しいものだったのかは想像はつかない。いまの治安が悪くなったとしても、そのときよりも何百倍もマシであることは間違いなかった。


『昔の話はいい。思い出話に花を咲かせている余裕などないからな』


 ――そんなにまずいのかしら。確かに治安は悪くなってきているけれど、それほど危機が迫っているという感じはしないのだけれど。


『お前らが、とてつもなく強力な対抗手段を得てしまったがゆえに、わかりやすいものではなくなってしまったのだ。いま襲い来る脅威はゆっくりと、だが確実にこの社会を蝕んでいる。自覚できるようになったときには手遅れになっているような悪質なもの化した。俺たちはそれを切除しなければならん』


 ――それがあのとき夢で言っていたこと? 忌み者が都市防壁の構造的な脆弱性をついて侵入してきているっていう。


『そうだ。ヤツらは力の大部分と実体化した肉体を捨てることで、この都市に侵入してきている。そして、欲深くて愚かな人間をそそのかし、時間をかけてその身体を奪い取って、その存在意義を果たそうとしているのだ』


 ――確かに、それが本当なら恐ろしいわね。人知れず入り込んできた忌み者が入れ替わっているわけでしょう? 見えない、理解できないものは最も恐ろしい脅威だものね。なにしろ、わたしは忌み者ですって名札をぶら下げているわけではないでしょうし。


『普通の人間なら、肉体を奪われて忌み者と入れ替わっていてもわからんが、お前は違う。俺の力によって、視認しただけでそれを見極めることができる』


 ――ああ、なんか違うように見える人がいたのはそういうことだったのね。


 通学の最中、何人か普通の人間とは違く見えるものがいたのはそういうことだったのか。うん。確かにそれはとてつもない脅威だ。入り込んで身体を奪い取った忌み者が人に擬態している。わからないのであればそれでいいが、見えてしまうとなると非常に不愉快である。


 ――で、なにをすればいいわけ? 忌み者にそそのかされて乗っ取られた人間を片っ端からぶっ殺せばいいのかしら?


『……いや、さすがにそれは思い切りがよすぎるだろう。少しくらい考えろ』


 ――冗談よ。いくら忌み者に成り代わっているからといって問答無用で殺しまわったら面倒じゃない。いまのいい暮らしができなくなるのは嫌だし、そいつらを殺すならそれなりに根回しするべきね。面倒だけれど、わたしとしても破滅なんてしたくないし、仕方ないわね。


 今日の時点で数人見かけた程度であるが、そうであるのなら、人を乗っ取った忌み者は相当都市に侵入し、社会に浸透していると思われる。それだけの敵を相手にするのであれば、ただ馬鹿みたいに暴れまわるだけではうまくいくはずもない。


 ――それじゃあ、あなたとは長い付き合いになりそうね。せいぜいわたしのために力を絞るがいいわ。褒めてあげるわよ。


『お前、それが本気なのかおちょくるためにわざと言ってんのかわからんな』


 ――どっちもじゃない?


『ホントお前、性格が終わっているな』


 ――そっちはそっちで無理矢理戦わせるんだから、それくらいは受忍限度じゃないかしら。長生きしすぎてるせいで煽り耐性とかないのね。


 ――まあでもいいわ。どうせしなきゃならないし、なによりバケモンが知らないところから入り込んで好き勝手やってるってのはすごく気に入らないわ。せっかくできるだけの能力があるわけだし、できる限りのことをやらせていただくわね。


『お前に力を振るわせるのは正直どうなんだと思うところであるが――俺としてもどうにもならん。せいぜい動いてもらおう。で、どういう風に動くか、方針を決めていきたいところであるが、なにか意見はあるか?』


 ――そうね。そこまではっきりとした意見はないけれど、とりあえず近場からじゃない?そこから徐々に広げていって、というのが常套だと思うけれど。


『近場というのはどこだ? お前の家か?』


 ――それもそうね。でもまあ、それはもう少し先になるわ。まずは、仲間を集めましょう。使える手足なんて多ければ多いほどいいんだから。

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