季節の始まりは終わりの過程

千世 護民(ちよ こみん)

続きは…

 4月。目を閉じる。たくさんの動物が春を鳴く。暖かな陽気に包まれ…ああ、蝶が踊っている。鳥たちのあの歌の名前はなんだろう。花ってこんな良い匂いがしたのか。いっそ食べてしまいたいなあ。

「よい、ひとの子よ」

 最近まともに眠れていなかったからなあ。羽毛布団が話しかけてくる。

「よいよい、聞いておるのか?」

今度はバサバサと顔に羽が当たる。

「ああ。大変夢見心地でございます」

「なら良い。舌だけしまっておれ」

そう言われたので口は閉じた。花の香りを肺に循環させていると、ぷにぷにと柔らかい何かでころころ転がされた。そのまま布の上に身体が入ると宙に浮いた。

「では行こうぞ。」

よく顔は見えなかったが背中は完全に鳥だ。走るふわふわがもっふもっふしている。

「「にゃー」」

ずいぶん低いネコの声。怒っているようにも聞こえた。


 しばらく走って「もうよいであろう」と鳥。こちらの顔をのぞく。

「そなた、もう歩けるであろう?」

顔は完全に鳥。

「ありがとう鳥さん。じゃあかえるねー」

「…そち、何を言っておる?お主の家はここぞ?」

羽を差されるまま顔を見上げると……ツリーハウスのハウス抜き…?見たことのないほどの大樹。どのくらい前からここにいるんだろう。

「お召し物を」

「お預かりいたしますにゃ」

四つん這い…かと思いきや身体を起こすと二本足で立つ二匹のねこ。ねこにしてはずいぶんしっかりしている。大きい…のは置いておいて、言われるがまま鞄と上着を渡した。

「ついてまいれ」

鳥さんはてちてちと大樹の方へ。なんだろう?フクロウ?インコ?…にしてはずいぶん優しい顔をしている。

「帰ったぞ、準備はいいかの?」

大樹の前で鳥さんがひと声。…鶴でもないのにどうして人語を話しているのだろう。やっぱりどこかでもうひと眠り…

「いざっ!主さまのおなーぁりぃー」

子どもの声が聞こえたかと思うと、大樹が淡く光る。だんだんそれが強くなっていき視界がぼやける。つい目を閉じる。


__大樹


 暖かい。夏のじっとする暑さではなく、冬の暖炉のような暖かさ。今は春だったような気がするけれど。

「おお!よいではないか!」

「…いやあ、練習した甲斐がありましたあ」

「主さまは?」

「主さま…どうぞこちらへ」

鳥さんも喜んでいるようだ。表情は変わらないが。なんだか嬉しくなるな…と、とりあえず進められるままに座る。


「ようこそ我が主人よ。少しの間ここでゆっくりとお過ごしください」







 5月。きれいになった。始めは何事かと思ったけど、ここでの暮らしも案外悪くない。初めに会った鳥さんはここの案内人で隅から隅まで知っている。ネコさんたちはお世話好きなので掃除や洗濯などしてくれる。でも力仕事は苦手らしい。大樹からお出迎えしてくれたネズミさん。小さいけれど力だってあるし頑張り屋さん。そしてイルカさん。彼は調理場担当でなんでも美味しい。得意料理はスープ系。姿を見たことはないが。

「ねえ鳥さん?」

「なんぞ?」

「どうしてここに案内してくれたの?」

「…まあ、まだ皐月。案ずるでない。」

「そうなんだ…じゃあもう少しゆっくりしていようかな」

「よいよい。今日は餅でもいただこうぞ」

「ん?」

「さあ…どうぞ。本日は端午の節句でございますゆえ。」

「わあ、柏餅だ!」

「ゆっくりお食べ…ひとの子よ」

「みんなで食べよ!ね?」

「おお…そうかそうか。」


「「いただきます」」


 ネズミさんがついてくれたお餅につぶつぶのあんこ。さすがイルカさん。ほかほか美味しい…







 6月。ちょっと肌寒い。長袖を着よう。雨が多くてきらいだったな。でもここ、雨は降らないらしいし…。

「起きておるか」

「鳥さん!」

「少し散歩にでも行かぬか」

「行く!」

 夜の雰囲気はずっと昔から好きだったな。風の音とか虫の声とかが聞こえてきて、歩いているだけで心が洗われるような気がして…。

「ひとの子よ」

「どおしたの?」

「…その…寂しくはないか」

「ううん?だって鳥さんがいるんだもん」

「ならよい」

 てちてちと前を歩く鳥さん。きっと自分が一番道を知っているから先を歩いてくれているんだ。


(はーあ。つれていってくれてもいいのに)

……今のは?


 大樹に帰るとイルカさんがスープを一杯用意してくれていた。野菜の優しい味がよく伝わる。おいしい…!






 7月。祭囃子のように鳴り止まぬ雨。いよいよ梅雨。じめじめしてて頭も痛くなるけど森を歩くといいにおいがする時期…だった。雨が降らないからもう関係ないと思う。

「主さま…」

「あの…」とネコさん達。

「どうしたの?」

何やらニ匹とももじもじとしている。

「い…一緒にきて?いただいても」

「お願い…」

「うん、行こうかな」

二匹の顔がぱああと明るくな……ったような気がした。

 導かれるまま大樹の外へ。雨が降っていたので二匹の間を一緒に歩き、大きなから傘を差した。

「すてきな音がしますね」

「カラカラ楽しい音がきこえます」

「2人といるからなおさら楽しいね!」

二匹の目元が柔らかくなった気がした。


「主さま」

「ここです」

甘くていいにおい。このにおいは…?

「この木をご覧ください」

「えっと…あっここに」

「この花の感じ…これブドウの木?」

どっと甘すぎないにおい、ふんわり優しい緑色の花が房になって咲いている。誰もがぱっと見ただけでブドウと分かる。

「縁起がいいから…と」

「種を植えてくれたの」

「そっか。だからこんなに立派な木になっているんだね。」

朝露に日光が当たり気持ちよさそうに光合成する花。ねこさんといっしょに日向ぼっこはとても気持ちがいい。






 8月。ジリジリと焼ける熱さ。いよいよ太陽が本気を出し始める頃。外ではセミが鳴き、大樹の中では動物たちが溶けている。

「あつい…」

「なんでこんなに…」

「この暑さには慣れぬのおー」

 最近のメニューも夏バテ防止に野菜たっぷりの食材が採用されている。ごく稀に


“調理場は もっと 地獄”


と書かれた紙がセットで入ってくる。鳥さん曰く、

「あれは暑さに強い種類だから大丈夫」

と言うが人間の僕ですらこんなに暑いのに調理場は…


 そういえば、イルカさんにメモで依頼を受けた。

“畑 好きな野菜 植えてよし”

と。

今からだとニンジンやキャベツかあ…。ニンジン嫌いだからニンジンで。


 大樹の裏には畑があり、僕たちが食べている野菜はここで育った物らしい。…お肉は?

「そんなもの、イルカが身を削っているのだろうぞ。」

鳥さんはたまに冗談を言うけども顔が真面目なのでウソがホントか分からないときがある。…それはさておき、ニンジンはお水がいっぱい必要らしい。大きなジョウロ2、3回、畑を往復しながら土をこれでもかと湿らせた。種を蒔き、さらに水やり。夏は特に土が早く乾いてしまうから洪水レベルで水を撒くことを教えてもらった。

「元気に育つとよいな」

「うん、そうだね!大きく育ったらいっしょに食べようね」

「少々食い意地が過ぎるな」

あおい畑で2人の笑い声が響いた。






 9月。植物も火がついて煙が上がりそうなほど元気がない。残暑。

「夜は〜よいもの〜長いもの〜」

呑気に鳥さんが歌うくらい夜は涼しい。昼は外に植えたつた植物のおかげで多少快適に過ごせた。確かグリーンカーテンってのが流行っていたなあ。

「のおひとの子よ。」

「うん?どおしたの」

「そちはもといた場所に戻りたいとは思わんのか…」

「えーっと。戻った方がいい気もするし戻らないほうがいい気もするの」

「では主はもどりたいのか」

「ううん。それはない…と思う。多分今のほうがよっぽど楽しいし。」

「…なにも思い出せぬか」

「そう、だね。きっと大事な人とかいるんだろうけどね」

「…かぜ〜に、ふかーれーてーやなぎ枝垂れ〜」

なんの歌かは分からないけれど、鳥さんの……し、渋い声が夜風と一緒に吹かれる。……今はまだ、これでいい気がする。

「よいよい。まだ長月でなはいか。」

鳥さんもそう言っていることだし。

月光は太陽ほど明るくなくても眠るには優しくてちょうどいい。屋根の上で鳥さんの尾羽を枕に少し仮眠をとろう。まだまだやりたいことが山積みだ。星も観察したいし、この辺に野生の動物がいるらしいし

…それから、あとは…えっとー……すー

「お任せにゃ」

彼らが夜行性で助かった。尾羽を枕にされて動けなかったからのお。

「なあ、まだ思い出さぬのか…もう時は満ちる頃であるぞ」






 10月。あき。ジリジリ暑かった夏を乗り越えしんと静まる。色づいた葉っぱが目の前でうらおもてしながら落ちる。それをぼーっとただ眺めているとネコさんたちが両隣に座った。


「秋はさびしい季節」

「秋は哀れにゃ」

「どうしたの?急に」

「少々手助けをと」

「そろそろにゃ」

「いったいなんの…」

「主さま。こちらを」

いつの間にかネコさんの肉球には紙が数枚。何かがプリントされているようだけれど裏表紙の真っ白しか見えない。

「どうぞ。ゆっくりご覧ください」

僕の心はイルカさんのニンジンスープでしか癒されない。






 11月。かき集めて閉じ込める。壁にあの紙…もとい写真を貼ってようやく気がついた。最初は悪趣味だなとしか思わなかった。…でも、これは僕のもので前もこんな感じで家に飾っていた…はず。写真の隅には撮った日付と物の詳細、出会った経緯などが小さくコメントしてある。


『コムラサキ』

〇〇年6月。

多分コムラサキ。片はねしか見当たらなかった。

近所の無人野菜販売してるところ。

木陰が多いところだし川が近いからこの辺で生まれたのかも。


『カラスアゲハ』

〇〇年8月。

すでにぼろぼろになってた。

近所の公園。

散歩してたらなんか上から落ちてきた。体が半分ない。


『イタチ?』

〇〇年12月3日。

イタチの仲間なんだろうけどよくわからない。

顔見れない。すでに乾いてた。

家の前。

犯人は身内。



 ここまで覚えているのになんで動物の死体を写真に撮っているのかまでは思い出せない。でも…問題点はそこじゃないような……。ネコさんたちにも多分裏で色々頑張ってくれてる鳥さんにも申し訳ないなあ。



 きっとあの子はもう分かってるのだろうよ。ここがどんな場所でなぜ1年間も一緒にいるのか…をのお。


 いくらキミがそう言ったってここの決まりなんだから仕方がないでしょう…?私もできればその子には安らかにお眠りいただきたいんだけどね。


 本当に主は気弱じゃ…代わってやろうか?


 失礼な。キミだって筆も持てないくせに。


 冗談よ。では…そろそろ全てを明かそうかの。


 ぐぬぬ…悔しいけど頼んだよ。


 分かっておる。その後のことは頼んだぞ


大きな影はあっという間に消え、鳥さんはてちてち彼の方へ歩き出す。その足取りは大変重い。






 12月。冷たい。狭い。

「ぼくらはそろそろ」

「次の準備と行きますか」

「ゆっくり頼む」

「「にゃー」」



 ネコさんたちは旅に出てしばらく戻らないという。大丈夫、大丈夫…寂しくない。ネズミさんもいてくれるようになった。イルカさんも姿は見えないけれど温かいご飯はいつも美味しい。鳥さんは…なにも変わらない。

…あれからたくさん考えたけれどやっぱり答えにたどりつかない。なんで?どうして?が積もる度にちょっとストレスも感じるようになった。

……こわい。なにがこわいのか、どうこわいのか。思い出すのがこわいのか?無知なままがこわいのか。さっぱりわからない。でもこのままが一番嫌だ。知りたい。方法はわからないけれど、もう少し自分を知りたい…。


「よいよい。」

「っ!鳥さん…」

「主…自分を傷つけるでない。そんなことしたって思い出すものも吹き飛んでしまうであろう。ゆっくりでいい。まだ師走。あともう少しだけ時間があるぞ。今はそれでいいではないかい。」

「…じゃあ少しだけお話ししてもいい?」

「よいぞ。なんなりと」

 そこからは文脈なんて考えず、伝わるかどうかじゃない、伝えたいから。今まで思い出したこと、自分のことは全部思い出したいこと、大まかにぶつけるように話した。


「よいよい。無理もない。これはお主がまだ幼子のときのものじゃ。」

「おさなご…?」

「おお。カメラはもらい物ぞ。撮っては貼ってを部屋じゅうにな。」

ああ。なんだかじんわりとその光景が目に浮かぶ。1人で散歩中、よく目に入ったのが“生物の死体”

すでに生き絶えハエが湧くイタチや羽をむしり取られ抉られたカラス。飛べないように両はねをもがれた蝶などなど写真に写すことで自分の命の証明をすることができた。


「今この蝶よりも高くジャンプできるしカラスみたいにおいしくないから」


そうやって自分より弱いものを下に見て自分を高くして。


…この生き地獄から自分の生きていることの証明がしたかった。






 1月。備えもなく雪にさらされて見えなくなる自分の証。自分の名前も、そもそもそこに“それ”があることすら分からなくなった。

「もうすでに死んでいて、ここはそういう世界。」

「…やはり。理解しておったな、おぬし。」

「だって最後はさびしくて悲しかったんだもん。そのことだけは忘れられなかった。…一番忘れたかった記憶なのにね…!」

「ではお主、この大樹はどういう場所かわかるかのお」

「亡者が必ず通る場所なんでしょ。」

「そう。もっと詳しく言うとなあ。ここは天国と地獄の境目。閻魔様のひと匙でそれが決まるんだが…」

「判断がつかなかったと。」

「そう。やっと思い出してくれたか」

「まあ、だいたいね。ねえ、なんで鳥さんはここに連れてきたの?」

「分からなかったんじゃ」

「分からない?なにが?」

「そなたをどちらに送ればよいか分からなかったんじゃ」

「だからって生きてる間に現れなくても良かったんじゃない?」

「ぬっ…それは…」

「否定しないんだね」

「…。おお。確かにそんなこともしたのお。」

「やっぱりわざとなんだ、アレ」





 2月。肌に落ちては水になるしんしんと降るそれ。寒くて苦しい。


『セキセイインコ』

〇〇年2月。

空色と黄色の鮮やかなインコ

どこかから家の前に飛んできた。

しばらくエサをあげて家に置いといたけど自分で窓を開けて落ちてきた雪に埋葬された


『ネコたち』

〇〇年2月。

なんのネコかわからない。双子のこねこ

家の前に捨てられてた

気がついたときにはカチカチに凍ってた


 確かに僕は死体を写真に撮ってそれを壁に飾って大変悪趣味だと思う。

否定させて欲しい。

今生きている証拠が欲しかった。



 ある日父親が死んだ。そのショックで母親がおかしくなった。父親の死んだところを見たんだとかなんとか。その飛び火が今度は僕に。毎日痛かった。苦しかった。認めてほしくて学校のテストも頑張ったし運動も頑張っていろんな賞を取ったりした。


でも、無視されるようになった


 ある日僕のご飯が用意されなくなった。自分だけ白米を頬張る母親を背に僕は勉強した。

またある日はわざと遅く帰った。門限を3時間も無視して真っ暗闇の家に帰ったら母親は部屋の真ん中で眠っていた。


「もう、いいかな」

当時中1。スーパーの惣菜を切ったのだろうギトギトの包丁を持った。切れ味を確かめるために自分の利き腕を4回浅く傷つけた。問題なさそうなのでそのままひと突き。声もなくまだ眠っているようだった。

そこからしばらく。普通に過ごした…かった。

異変を感じた学校の先生が家に入ってきた。すぐにいろんな人が僕の家に入ってきて僕は引っ越した。

 しばらく僕と同じような人がいっぱいいる施設で暮らした。

 なるべく失礼のないようにしていた。毎日学校に行ったし部屋の片付けも完璧にした。みんな大変なんだなと迷惑をかけないように。勉強もスポーツも学年トップ。成人になると施設を出てすぐに働いた。一人暮らしをして動物も飼った。ロボロフスキーハムスターのむぶちゃん。


 2、3年して仕事がいわゆるブラックになった。むぶちゃんが死んだ。母親のお墓がある寺が無くなるそうで整理しに行かなければならない。

 …こんな歳になっても、まだ母親に縛られなければならないのか。そう思うと悔しくなった。やるせなくて情けなくて。でもどうしようもなくて。久しぶりに母親の墓を見た。母の名前が彫られている。

…幼少期の記憶が一気に蘇ってきた。父親が死んでおかしくならなければちょっとはおいしいご飯を作ってあげられたのに。もっと面倒を見てくれれば僕ももう少しマシな性格だったのに。

「くうん」

ほとんど無法地帯の寺の裏で人懐っこそうな野良犬が鳴く。

「どうしたの?」

「わうん!」

そいつは話しかけられたのが嬉しそうに尻尾をふりふりしている。

「本当に野良か?」

すたすた近づいてきた。

「わふんわふん!」

ペロペロと手やら顔周りやらヨダレまみれ。

「わうん!」

………

「わんわん!」

…。

「くぅん?っキャウン…ワンワンっグヴヴゥ…」

あーまた“やっちゃった”

そいつはキャンキャン言いながら奥に駆けていった。



 あの子は優しくて正義感のある子に育つ予定であった。しかし、家庭の影響力…特に母親の効果は偉大でな。よく育ちが悪く見える子、食べ方が汚い子とかいるじゃろ。アレはほとんど母親の教えじゃ(例外はあるがな)。クセと一緒で直そうにもなかなか難しいのじゃ。

同様、彼が母親から学んだこと。それは不都合、思い通りにならないものは殴る蹴る…暴力であった。でも彼は母親を愛すことをやめなかった。現に、自炊ができるのも家事を頑張ったのも全部鬱で動けない母親の代わり。施設に引っ越す前、母親の一部を掴んで話さなかった。

…もうすでにウジが体中湧いて腐って服ごと溶けて原型なんてなかったのに。

 生きている間に彼への匙を決めようとしたこと後悔しているよ。彼はきっと……さて、大王様に報告だ。








 3月。チリも積もってきた。もう忘れられたかな。

出入り口にてネズミさんと最後の言葉を交わす。鳥さんはこのまま案内してくれるらしい。

「さて、こころは決まったかの」

「うん。どちらでも行く準備は出来てるよ。」

「君と過ごした時間はあっという間だった。なんだかんだ楽しかった。ニンジンもね」

「あ!そういえば。イルカさんがニンジンスープにしてくれてたんだっけ?」

「そうそう。…まあ、それどころではなかったと思うけどのお」

「イルカさんなりに応援してくれてたんだよ、きっと」

「そうだといいなあ…結局最後まで姿を見ることはなかったけどね」

「…そろそろいいかのお。」

「あ、ごめんなさい。…でも楽しかったよ。たった一年だったけどね。」

「僕も楽しかったよ!ネズミさんと一緒に色々出来たこと、それから最期にここでみんなと暮らせたことも。もちろんネコさん鳥さんもね」

「そおかそおか。それは歩きながら聞くとするかの。」

「では、おいらはそろそろ……ね。」

「頼んだよい」

「必ず。」

「ん?」

僕はなんのことかわからなかった。きっと僕には関係のないことだろう。もしかしたら、次の亡者のための準備のこととか?僕みたいにややこしい人生のひと…いっぱいいそうだもんな。

「そろそろ向かうとするかな。」

「そっか…。じゃあね」

「ネズミさん。1年間お世話になりましたあ。元気でね!」

大樹から出るとき、にこっとお互い笑って見せた。ネズミさんはやっぱり無表情だったけど笑っているように僕は見えた。


「さて、この後のことを少しお話ししようじゃないか。」


 鳥さんは相変わらず。きっと何人も同じような人間を見て来ているから慣れっこなんだなあ。


「この1年。お主の行動、言動をずっと監視しておった。お主を裁けるわけでは無いが、判断材料くらいにはなるであろう。」

「そっか。本当にもう、終わりなんだね。」

「そう。良くも悪くもお主はこの1年の記憶を無くす。そして生まれ変わるのじゃ。」

「そう、だね。そうだよね。記憶…なくなっちゃうよね。」

「そお。向こうについてしまえばわしはそばにいることしかできない。閻魔様の言うとおり。」

「自分で選んだ運命だけど…やっぱりさびしいな。もう終わっちゃうんだって、終わりが見えちゃって。」

「お主のそれは本心かのお。この1年、お主はどう生きたのか。後悔したのか、それとも次に向けて気持ちを改めたのか…」

鳥さんが必死に僕から何かの言葉を引き出そうとしているように思える。きっとああ言えば、あの言葉がほしいんだろうと察しはつく。…でも


「鳥さん。もう、やめてよ。僕は僕なりに頑張ったと思うんだけどなあ。…他人から見たらそうでも無い人生だったかもしれないけど、僕はあれでも充分頑張ったんだよ?誰かのために生きなきゃいけない人生…人間なんてもう嫌だよ」

「そう。それでいいんじゃ…」

「え?」


「…君は今まで『本音』を口に出したことがなかった。だからわからなかったんだ」


瞬く間に大きな影。逆光で姿はわからないけれど…大きい

「どなた?」

「あれえ?鳥さん説明してくれー」

「はい、こちら閻魔様じゃ。」

「え?」

ええ?あ、開いた口が塞がらないとはまさにこの事。

「君はもっと表現をしたほうがいいと思うよ。生前から張り付いてるのにこんなにわかりづらい人間初めてなんだから」

少し落ち着いて来た。生前から見られてるの恥ずかしいし…

「本当に。聞き出すのもここでようやくじゃぞ。大王様?給料アップでお願いしたいの。」

「はいはい。昇給ね。他の子も視野に入れておこうねー」

「うむ。では話しを戻すとしよう。」

「はい。」

「まず、お主はこのまま裁かれると…」

「……じごく?」

「そうじゃ。確実にな」

「確かに今までの掟だと君は地獄行きになってしまう。…でもね、生前から見ていると違和感しかないんだ。」

「お主、弔いか…理由はわからんが写真に撮ったものたちを必ず埋めておったろ。そして、母親に対しての感情。決して怒りからくる殺意ではなかった。この2点をふまえて1年間とあることに注目しておった。」

「そうそう。その結果を今報告してもらおうかな」


「当人とても慈悲深く」

「やさしくしてくれたにゃ」

「え?…ネコさん?」

「「にゃー」」


「当人まるで……うう、すいません。思い出して…」

「ネズミさん?」


どこからか紙飛行機が鳥さんめがけて真っ直ぐ飛んでくる。

「おーきたきた。」

「あれは、イルカさんだね」

「よっと。…えー、当人決まり事はしっかり守り思いやれるこころあり…とな」

「しっかりしてるね…彼は。」

「お主、あの暑い日に食べ終わったお盆に貼ると涼しくなる植物やら扇ぐ物を手作りしてわたしてたそうな」

「うん。植物で作ったから不格好だしあんまり丈夫には作れなかったけど。」

「おや、続きが。PS畑の水やりありがとう…だそうだ。」

「あー僕のところだけおみずをあげるのは変だから。土も乾いてたしね!」


「なるほどな。…もう話せそうかい?ゆっくりでいいから伝えたいことはしっかり伝えておくれ。」

「はい…大王様。えと、当人他人優先で自分のことは二の次。…自己犠牲も厭わず最善策をとる性格です。」


 どうせ地獄行き。親殺しなど人間の恥。それを未成年で行なってしまった僕はもう人間ではないのかもしれない。のうのうと成人した挙句自殺で終わるなんて人智はないな。犬だって少しイラついたからって手をあげてしまったし。


「最後に、キミから何かあるかい。」

「っ大王様、お話しが違う…」

「キミはこの中で一番長い間一緒にいた。このままだと地獄行きになってしまう。一番キミが気に留めていたこの子が。…どうだい?理由を聞くには一番適任ではないか?」

「し、承知しました…。ゴホンっ、当人深い愛情を持っておる。かつ…覚えていないだろうが救済心がとても強い。」


「んふふ〜。やっと話題に出たねえ。説明しよう!」


 僕が子どもの頃、道で倒れていたのを連れ帰って来たカナリアがいたそう。その子は上手に声が出せなかった。最初はスズメだと思って自然に返そうとしたが、鳴き声がスズメらしくない。調べると子どものカナリアだとわかった。両親はどこかでカナリアの赤ちゃんを探している人を。僕は家で一緒に歌の練習をした。自分で親を探せるようになればと願って。

 チラシを作りあちこちの電柱に貼り付けていたとき、前方不注意の車に父親が轢かれそのまま帰ってこなくなった。その頃には立派に歌えるようになったカナリアと両親の帰りを待っていたもののしびれを切らし外に出た。ドアを閉めようとするとカナリアが隙間から飛んでいってしまい、そのまま帰ってこなくなった。

しばらく家の前に座って待っていると母親が帰って来て事の詳細を聞いた。あまり理解はできなかったけど、父親がもう帰ってこないことだけはその後のお葬式でようやく理解できた。その後母親がだんだんおかしくなっていった。

 大王様曰く、そのときのカナリアが今目の前にいる鳥さんで今は生まれ変わり“カカポ”という種類になっているらしい。

「…こぶ?」

「その名も懐かしいのお。あと、そのネーミングセンスのなさも。」

「そっか、そうなんだ…なんか安心したなあ」

「…責めないのか?」

「へ?なんで?」

「勝手に外に出て帰らなかった事」

「怒らないよ。あのまま家にいても殺されちゃうだけだったし。多分だけどあの後家に帰れなくなっちゃったんじゃない?敏感だって図鑑にも書いてあったし」

「ああ本当に…。ねえ大王様、もういいでしょう?」

「おう。君、ここは地獄だ。どんな結果でも恨みっこなしだ!今からお前の采配をいたす!」

鳥さんがうつむきながらそっと僕の肩に翼を置く。



「お前は地獄で過ごすといい!」


「……はい」





―――


 判決が出てから数刻後。やっとどういう意味かわかった。自殺して川を渡って大樹で過ごして。この世界は『地獄』という場所と『天国』という場所があると知った。一年間みんなと過ごした、大樹のあるここは『地獄』。いずれ天国にも案内してくれると言う。

「これからよろしくのお」

歓迎されている。

「人間のままか鬼の妖気を纏いたいか。選択権は君にあるよ。特にどっちだからと仕事に影響があるわけじゃないけど、この仕事はね…呪いの力あってこそだよ?」

「人間は嫌なので鬼になりたいです。」

「あいよっ!ではこれを授けよう」

「…まがたま?」

白と紫の入り混じる色をした手のひらサイズの勾玉が3つついたネックレス。

「首からかけるだけで鬼になっちゃうよ。逆に、外せば今の状態に戻ってしまうよ。」

「わかりましたあ」

迷いなくそれを首に通す。

瞬きの間にツノが一本。額ににょきっと生えた…それだけだった

「まだ呪いのレベルが低いから、いわゆるRPGの一番道路へ向かおう!くらいのテンションだよ。」

「あ、そんな感じなんですね。」

鬼と言っても、ただおでこからツノが生えた人間。これから『ここ』で仕事をしていくうちに力が強まっていくらしい。どんな仕事か今から楽しみだ。

「鳥さん、指導係よろしくね」

「よろしくねー先輩!」

「…やめておくれ、その呼び方。」



これは獄卒の鬼神の始まりの物語。

勾玉の鬼に要注意。

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