わたしは見習い脱衣婆

第43話 嫉妬の炎

三途の川のほとりは、いつも以上に冷たい霧に包まれていたが、そこには熱を帯びた気配が漂っていた。それは、強い嫉妬の感情が引き起こす、心を焼き尽くすような熱。少女は、今日訪れる魂が、嫉妬という感情に深く囚われていることを感じ取っていた。嫉妬の炎は時に愛と憎しみを絡ませ、魂を永遠に燃やし続ける。

「今日やってくる亡者は、嫉妬に囚われた者だ。」

脱衣婆の静かな声が霧の中に響いた。嫉妬――それは、人の心に火を灯し、他人の幸せや成功が自分を苦しめるように感じさせる感情だ。嫉妬に囚われた魂は、相手を憎み、そして何より自分自身を苦しめ続けることになる。

霧の中から現れたのは、若い女性だった。彼女の顔には苦悩が浮かんでおり、その目には羨望と怒りが入り交じっていた。彼女は、生前に誰かを強く羨んだがゆえに、心を嫉妬の炎に焼かれていたのだ。

「彼女は、生前に他者の幸せや成功を妬み、やがて自分の人生に満足できなくなってしまいました。その嫉妬が深く心を蝕み、ここに導かれたのです。」

脱衣婆の説明に、少女は彼女の表情をじっと見つめた。彼女が抱える嫉妬の重さが、その魂を深く縛りつけ、今もなおその炎から解放されていないことが伝わってきた。

「あなたは、誰に対して、どんな嫉妬を抱いてここに来たのですか？」

少女は静かに問いかけた。彼女の声は優しく、しかしその言葉はまっすぐに女性の心に響くように配慮されていた。女性はしばらく何も答えず、ただ虚ろな目で霧の中を見つめていたが、やがてかすれた声で話し始めた。

「私は……友人に嫉妬していた……彼女は、私が欲しいものすべてを持っていた……容姿も、才能も、人からの愛情も……私がどれだけ努力しても、彼女にはかなわなかった……彼女を見るたびに、自分が惨めに思えて、胸が痛んだ……」

彼女の言葉には、深い憎悪と自己嫌悪が込められていた。彼女は、友人の持つ輝きを羨むあまり、自分の人生を真っ暗に感じるようになってしまったのだ。

「あなたが抱えていたのは、友人への強い嫉妬だったのですね。」

少女はさらに問いかけた。彼女がその嫉妬にどのように囚われ、何を感じてきたのかを理解するために、慎重に言葉を選んだ。

「そう……私は彼女に負けたくなかった……でも、彼女を見れば見るほど、私は自分を嫌いになった……彼女が笑っているのを見るだけで、心がズキズキと痛んだ……私がどれだけ努力しても、結局何も変わらなかった……」

彼女の声は震えており、その言葉には深い悲しみと虚しさが感じられた。彼女は、嫉妬が自分の心を蝕み、人生を灰色に染めてしまったことに気づいていた。

「嫉妬は、他者と自分を比べることで生まれる感情ですが、過剰に囚われると魂を傷つけ、自分自身を見失います。あなたがその嫉妬の炎から解放され、自分の価値を見出すことで、魂は救われるかもしれません。」

少女は彼女に向かって静かに語りかけた。彼女がその嫉妬の鎖から解放され、自分の本当の価値を見つけ出すことができるようにと、優しく言葉を紡いだ。

「でも……私はずっと、他人の目を気にして生きてきた……他者と比べることなしに、自分をどう見ればいいのか分からない……」

彼女の声は弱々しく、その言葉には深い無力感が込められていた。彼女は、他人と自分を比べ続けることで自分を見出してきたため、自分自身を見つめる方法がわからなくなっていたのだ。

「あなたの価値は、他者と比較して決まるものではありません。あなた自身が持つ個性や強み、そして自分の目で見つけた自分の美しさが、あなたの本当の価値を示すのです。他者と比較せず、自分を愛することで、魂は解放されるでしょう。」

少女は彼女に向かって優しく微笑んだ。その微笑みには、彼女が嫉妬の炎から解き放たれ、自分自身の価値を見つけられるようにとの祈りが込められていた。

「でも……私は自分が嫌いだった……何もかもが足りないと感じて……彼女のようにはなれない自分が、どうしても受け入れられなかった……」

彼女の声には、まだ迷いが残っていたが、その奥にはほんのわずかに、自分の中に何かを見つけたいという思いが芽生えていた。彼女は、他人との比較から解放されたいと感じながらも、その恐れが自分の中に根付いていることを認めつつあった。

「あなたが自分を愛し、他者と比較せずに自分の内面に目を向けることで、新たな一歩を踏み出すことができます。あなたの心に宿る優しさや強さ、そこにこそ真の価値があります。他者と比較せず、あなたがあなた自身を愛することができたとき、魂は救われるのです。」

少女は彼女に対して力強く語りかけた。彼女がその嫉妬の炎を手放し、自分自身の美しさを見つける力を持つことができるようにと、心を込めて言葉を紡いだ。

しばらくの間、彼女は何も言わずに立ち尽くしていたが、やがて顔を上げた。その目には、わずかに希望の光が宿り始めていた。

「私は……その道を選びたい……他者との比較をやめて、自分を見つめたい……」

彼女の言葉に、少女は微笑んだ。彼女が嫉妬の炎を手放し、前に進むことを決意したことに、少女は安堵した。

「よろしい。あなたが選んだその道が、あなたの魂を救うことになるでしょう。」

脱衣婆が静かに告げると、霧の中から一筋の光が差し込み、彼女の姿を包み込んだ。彼女の表情は次第に穏やかになり、嫉妬の鎖から解き放たれたその顔には、ようやく安らぎが訪れた。

「ありがとう……」

彼女の最後の言葉が、少女の耳に届いた。やがて、彼女の姿は光の中に溶け込んでいった。

「今日の裁きから、何を学びましたか？」

脱衣婆が静かに問いかけた。少女はしばらく考え、静かに答えた。

「嫉妬は他者との比較から生まれますが、その感情に囚われると自分自身を見失います。自分の価値を他人と比較せずに見つけ出すことが、魂を救うのだと学びました。」

脱衣婆は満足そうに頷き、次の亡者がやってくる準備を整えた。少女もまた、その言葉を胸に刻み込み、次なる裁きに向けて心を整えた。

霧が再び立ち込め、次の魂が訪れる予感が漂ってきた。少女はその静かな風を感じながら、今日の裁きがもたらした教訓を胸に、次なる試練に備えて心を引き締めた。