第40話 友との別れ
三途の川のほとりは、今日も冷たい霧に包まれていたが、その霧の中にはいつもとは異なる感情が漂っていた。少女は、今日訪れる魂が「別れ」という深い悲しみを抱えていることを感じ取っていた。それは、かつて深い絆で結ばれていた友との別れ――その未練が、魂に大きな影を落としていた。
「今日やってくる亡者は、友との別れに囚われた者だ。」
脱衣婆の静かな声が霧の中に響いた。別れ――それは、時に美しく、そして耐え難いほど苦しいものでもある。特に大切な友との別れは、心に深い傷を残し、未練となって魂を縛り付けることがある。友への想いが強いほど、別れはその人の魂に重くのしかかる。
霧の中から現れたのは、若い女性だった。彼女の顔には深い悲しみが浮かんでおり、まるで霧の中で自分の居場所を探し続けているかのような、不安定で切ない表情をしていた。彼女は、生前にかけがえのない友を失い、その未練に縛られてここに辿り着いたのだろう。
「彼女は、生前に大切な友人を失い、その喪失感に囚われ続けていました。その友との別れを受け入れることができず、ついにはこの地にたどり着いたのです。」
脱衣婆が静かに語ると、少女は彼女の表情をじっと見つめた。彼女が抱える未練の重さが、その魂を深く縛り付け、今もなおその友への想いに囚われていることが伝わってきた。
「あなたは、どんな別れを抱えてここに来たのですか?」
少女は静かに問いかけた。彼女の声は優しく、しかしその言葉はまっすぐに女性の心に届くように響いていた。女性はしばらく何も答えず、ただ地面を見つめていたが、やがて重々しい声で話し始めた。
「私は……友を失ったんだ……彼女は私にとって、ただの友人ではなかった……まるで自分の一部のように感じていた存在だった……でも、ある日突然彼女はいなくなった……私は、彼女がいない世界を受け入れることができなかった……」
彼女の言葉には、深い悲しみと虚無感が込められていた。彼女は、生前に大切な友人を失い、その痛みを抱え続けることしかできなかったのだ。
「あなたにとって、その友人はかけがえのない存在だったのですね。」
少女はさらに問いかけた。彼女がその友との別れにどのように向き合い、どれほどの未練を抱えているのかを理解するために、慎重に言葉を選んだ。
「そう……彼女と過ごした日々は、私の人生そのものだった……彼女がいなくなってから、何も感じなくなった……私はずっと、彼女のことばかりを考えていた……もし、もっと早く気づいていたら、彼女を救えたかもしれないのに……」
彼女の声は震えており、その言葉には深い後悔と悲しみが感じられた。彼女は、大切な友人との別れが突然訪れたことに対して、受け入れられないまま時が経ち、その別れに囚われ続けていたのだ。
「別れは時に辛く、未練を残すものです。しかし、その別れがあなたに何を教え、どのような思いを残したのかを見つめることが、魂を救う道かもしれません。大切な友人を想うことは、彼女の思いをあなたの中に生かすことでもあります。」
少女は彼女に向かって静かに語りかけた。彼女がその別れを受け入れ、友人の存在を心の中に抱きながら前に進むことができるようにと、優しく言葉を紡いだ。
「でも……私は彼女を忘れることができない……彼女のいない世界に意味が見出せない……」
彼女の声は弱々しく、その言葉には深い無力感と執着が込められていた。彼女は、友を失った後の世界を受け入れることができず、その喪失感に囚われ続けていたのだ。
「彼女を忘れる必要はありません。彼女との思い出や時間をあなたの中に刻み込みながら、その絆を胸に抱いて前に進むことができれば、彼女もあなたの中で生き続けるでしょう。別れを受け入れることは、彼女を失うことではなく、あなたの一部として共に歩むことなのです。」
少女は彼女に向かって優しく微笑んだ。その微笑みには、彼女が友人への未練を昇華し、別れを乗り越えながらもその絆を大切にできるようにとの祈りが込められていた。
「でも……私は本当に彼女を心の中だけに閉じ込めてしまっていいの……彼女を手放してしまったら、私は彼女と一緒にいられない気がする……」
彼女の声には、まだ迷いが残っていたが、その中にわずかながらも未来へ向かう勇気が宿り始めていた。彼女は、友を失う恐れと共に、友を心に抱いて新たな道を歩みたいという思いも抱き始めていたのだ。
「彼女との別れを受け入れることで、あなたが彼女を失うことはありません。あなたの中にその絆が生き続ける限り、彼女はあなたの心の中で共に在り続けます。彼女を大切に想いながらも、あなた自身の人生を歩んでいくことが、彼女への真の敬意かもしれません。」
少女は彼女に対して力強く語りかけた。彼女がその別れを受け入れ、友の存在を胸に抱きながら前に進む決意を持てるようにと、心を込めて言葉を紡いだ。
しばらくの間、彼女は何も言わずに立ち尽くしていたが、やがて顔を上げた。その目には、わずかに希望の光が宿り始めていた。
「私は……その道を選びたい……彼女を忘れるのではなく、私の中に彼女を抱きながら前に進みたい……」
彼女の言葉に、少女は微笑んだ。彼女が友との別れを受け入れ、前に進むことを決意したことに、少女は安堵した。
「よろしい。あなたが選んだその道が、あなたの魂を救うことになるでしょう。」
脱衣婆が静かに告げると、霧の中から一筋の光が差し込み、彼女の姿を包み込んだ。彼女の表情は次第に穏やかになり、友への別れを受け入れたその顔には、ようやく安らぎが訪れた。
「ありがとう……」
彼女の最後の言葉が、少女の耳に届いた。やがて、彼女の姿は光の中に溶け込んでいった。
「今日の裁きから、何を学びましたか?」
脱衣婆が静かに問いかけた。少女はしばらく考え、静かに答えた。
「別れは悲しいものですが、相手の存在を心に抱いて生きることで、その人は私たちの中で生き続けます。別れを受け入れることで、私たちは彼らと共に未来に進むことができるのだと学びました。」
脱衣婆は満足そうに頷き、次の亡者がやってくる準備を整えた。少女もまた、その言葉を胸に刻み込み、次なる裁きに向けて心を整えた。
霧が再び立ち込め、次の魂が訪れる予感が漂ってきた。少女はその静かな風を感じながら、今日の裁きがもたらした教訓を胸に、次なる試練に備えて心を引き締めた。
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