第37話 後悔の重荷

三途の川のほとりは、今日も冷たい霧に包まれていたが、その中にはどこかひんやりと重い空気が漂っていた。少女は、今日訪れる魂が深い後悔を抱えていることを感じ取った。過去の選択を悔やみ、その後悔が心に重くのしかかり、魂を縛り付けているのだろう。


「今日やってくる亡者は、深い後悔に囚われた者だ。」


脱衣婆の静かな声が霧の中に響いた。後悔――それは、過去の選択や行動を悔やむ気持ちであり、それが強くなると魂を縛り、前に進む力を奪ってしまうことがある。後悔に囚われた魂は、その過去に対する未練を断ち切れず、無限にその痛みを抱え続けることになる。


霧の中から現れたのは、初老の男性だった。彼の姿は疲れ果て、表情には深い苦悩と後悔が刻まれていた。彼の目はどこか遠くを見つめており、まるでその後悔に取り憑かれているかのようだった。


「彼は、生前に何度も選択を迫られました。しかし、その選択に対する後悔が重なり、心の中に大きな負担として残り続けました。その後悔があまりにも強く、彼はついにこの地にたどり着いたのです。」


脱衣婆の言葉に、少女は彼の表情をじっと見つめた。彼が抱える後悔の重さが、その魂を深く縛りつけ、今もなおその過去に囚われ続けていることが伝わってきた。


「あなたは、どんな後悔を抱えてここに来たのですか?」


少女は静かに問いかけた。彼女の声は優しく、しかしその言葉は深く男性の心に響くように配慮されたものだった。男性はしばらく何も答えず、ただ虚ろな目で霧の中を見つめていたが、やがて重い声で話し始めた。


「私は……家族を傷つけてしまった……もっと彼らを大切にすべきだった……でも、その時の私は、何も気づかず、自分の欲望や怒りのままに行動してしまった……」


彼の言葉には、深い悔恨と自己嫌悪が込められていた。彼は、生前に自分の行動によって家族を傷つけてしまい、そのことを悔やみ続けていたのだ。


「あなたが抱えていたのは、家族への後悔だったのですね。」


少女はさらに問いかけた。彼がその後悔をどのように感じ、どうしてそれが彼を苦しめているのかを理解するために、慎重に言葉を選んだ。


「そうだ……私は、彼らにとって良い夫であり、父でありたかった……でも、結局、自分の感情ばかりを優先してしまった……今さら謝りたくても、もうその機会はない……」


彼の声は震えており、その言葉には深い悲しみと無力感が感じられた。彼は、自分の過去の行動を悔いているが、その後悔を癒す方法が見つからず、ただ苦しみ続けていたのだ。


「後悔は、過去の選択を振り返り、その意味を見つける機会でもあります。しかし、その後悔に囚われすぎると、あなたの魂は前に進めなくなります。重要なのは、後悔を通じて何を学び、どのように未来に生かすかです。」


少女は彼に向かって静かに語りかけた。彼がその後悔を受け入れ、自分を解放することで魂を救う道を見つけられるようにと、優しく言葉を紡いだ。


「でも……どうすればいい?彼らを傷つけた事実は変わらない……私は、その罪を抱えたまま生きるしかないのか……」


彼の声は弱々しく、その言葉には深い無力感が込められていた。彼は、過去の過ちを抱え続けることが自分の運命だと感じていたのだ。


「過去を変えることはできませんが、あなたがその後悔を受け入れ、それを未来に向けて生かすことができます。あなたの学びや悔恨が、誰かの心を救う力になるかもしれません。後悔を昇華させ、新しい道を歩むことが、あなたの魂の救いとなるでしょう。」


少女は彼に向かって優しく微笑んだ。その微笑みには、彼が後悔の重荷から解放され、前に進むための力を見つけられるようにとの祈りが込められていた。


「でも……私はどうすればいいのか分からない……私の後悔が、未来に何をもたらせるのかなんて……」


彼の声には、まだ迷いが残っていたが、その奥にほんのわずかな希望の光が差し始めていた。彼は、自らの過去を手放すことへの恐れと同時に、その先に何かが待っているのではないかという予感を感じ始めていた。


「あなたの後悔を誰かに伝え、同じ過ちを繰り返させないようにすることも、魂を救うひとつの道です。あなたが何を学び、何を伝えたいかを見つけることで、後悔が未来への力に変わります。」


少女は彼に対して力強く語りかけた。彼がその後悔と向き合い、前に進むための道を選べるようにと、心を込めて言葉を紡いだ。


しばらくの間、彼は何も言わずに立ち尽くしていたが、やがて顔を上げた。その目には、わずかに希望の光が宿り始めていた。


「私は……その道を選びたい……後悔を抱えたままでも、未来に何かを残せるのなら、前に進みたい……」


彼の言葉に、少女は微笑んだ。彼が自らの後悔を昇華し、前に進むことを決意したことに、少女は安堵した。


「よろしい。あなたが選んだその道が、あなたの魂を救うことになるでしょう。」


脱衣婆が静かに告げると、霧の中から一筋の光が差し込み、彼の姿を包み込んだ。彼の表情は次第に穏やかになり、後悔を手放したその顔には、ようやく安らぎが訪れた。


「ありがとう……」


彼の最後の言葉が、少女の耳に届いた。やがて、彼の姿は光の中に溶け込んでいった。


「今日の裁きから、何を学びましたか?」


脱衣婆が静かに問いかけた。少女はしばらく考え、静かに答えた。


「後悔は私たちを過去に縛りつけますが、それを通じて学び、未来に生かすことで魂は救われます。後悔を力に変えることで、前に進むことができるのだと学びました。」


脱衣婆は満足そうに頷き、次の亡者がやってくる準備を整えた。少女もまた、その言葉を胸に刻み込み、次なる裁きに向けて心を整えた。


霧が再び立ち込め、次の魂が訪れる予感が漂ってきた。少女はその静かな風を感じながら、今日の裁きがもたらした教訓を胸に、次なる試練に備えて心を引き締めた。

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