第22話 嘘の代償
三途の川の岸辺は、いつも以上に静寂に包まれていた。霧が深く立ち込め、少女の心には一抹の不安が広がっていた。これまで多くの魂と向き合い、様々な感情に囚われた者たちを見てきたが、今日の裁きが持つ意味は特別なものに感じられた。
「今日やってくる亡者は、嘘に取り憑かれた者だ。」
脱衣婆の静かな声が響いた。嘘――それは一時の安心や欲望を満たすために、真実を隠す行為であり、時にその代償は非常に重いものとなる。嘘をついた者は自分自身をも欺き、やがてその嘘の重さに押し潰されることがある。
霧の中から現れたのは、まだ若い男性だった。彼の目には恐怖と不安が漂い、その姿はまるで真実から逃れようとするかのようだった。彼の全身にはどこか疲れた様子があり、彼が長い間自分を偽り続けてきたことがうかがえた。
「彼は、生前に数々の嘘をつき、その嘘がもたらす結果から目を背けてきました。そして、その嘘が彼の人生を崩壊させ、ついにはその重みから逃れることができなくなったのです。」
脱衣婆が説明すると、少女は彼の表情をじっと見つめた。彼が抱える嘘の重さが、彼の魂をどれほど苦しめているのかが伝わってきた。
「あなたは、なぜ嘘をついてここに来たのですか?」
少女は静かに問いかけた。彼女の声は優しく、彼の心に届くように響いていた。男性はしばらく何も答えず、ただ足元を見つめていたが、やがて苦しそうに口を開いた。
「私は……ただ、自分を守りたかったんだ……真実を言えば、すべてが壊れてしまうと思った……だから、嘘をつき続けた……でも、その嘘が……すべてを壊してしまったんだ……」
彼の言葉には、深い後悔が込められていた。彼は、嘘をつくことで自分を守ろうとしたが、その嘘が積み重なり、最終的には自分自身も含めたすべてを失ってしまったのだ。
「その嘘は、あなたに何をもたらしましたか?」
少女はさらに問いかけた。彼が嘘によって得たものと、失ったものの大きさを理解し、それが彼の魂に与えた影響を確かめようとした。
「最初は、小さな嘘だった……でも、その嘘を守るために、次々と嘘を重ねてしまったんだ……そして、気づいた時には、自分が誰なのかすら分からなくなっていた……」
彼の声には、深い虚無感と混乱が感じられた。彼は、自分がついた嘘によって自分自身を見失い、何が真実で何が偽りなのかを理解できなくなっていたのだ。
「嘘は他者を傷つけるだけでなく、自分自身をも傷つけるものです。あなたがその嘘を手放し、真実と向き合うことで、あなたの魂は救われるかもしれません。」
少女は彼に向かって静かに語りかけた。彼が嘘の重さから解放され、真実と向き合うことで魂を救う道を見つけることができるようにと、慎重に言葉を選んだ。
「でも……私は、どうすればいい?あまりにも多くの嘘をついてしまった……真実を話しても、誰も信じてくれないだろう……」
彼の声は震えており、その言葉には深い絶望が込められていた。彼は、自分が犯した過ちがあまりにも大きく、もう取り返しがつかないと感じていたのだ。
「真実を伝えることが、すぐに他者の信頼を取り戻すわけではありません。しかし、まずは自分自身に対して正直になることが大切です。自分に嘘をつき続けることが、あなたを苦しめ続ける原因なのです。」
少女は彼に向かって優しく微笑んだ。その微笑みには、彼が自らの嘘と向き合い、真実の道を選べるようにとの祈りが込められていた。
「自分に対して……正直に……」
彼の言葉には、わずかながらも希望が含まれていたが、同時にその道の先に何が待っているのかを恐れている様子も見て取れた。
「あなたには、真実と向き合う選択が残されています。嘘によって得たものは一時のものであり、嘘が積み重なるほど、その代償は大きくなります。しかし、真実を受け入れることで、あなたの魂は救われるかもしれません。」
少女は彼に対して力強く語りかけた。彼が自らの嘘と向き合い、真実を選ぶことで、魂を救う道が開かれることを願っていた。
しばらくの間、彼は何も言わずに立ち尽くしていたが、やがて顔を上げた。その目には、わずかに希望の光が宿り始めていた。
「私は……その道を選びたい……もう、嘘をつくのはやめたい……自分に対しても、他人に対しても……」
彼の言葉に、少女は微笑んだ。彼が自らの嘘と向き合い、真実を選ぶことを決意したことに、少女は安堵した。
「よろしい。あなたが選んだその道が、あなたの魂を救うことになるでしょう。」
脱衣婆が静かに告げると、霧の中から一筋の光が差し込み、彼の姿を包み込んだ。彼の表情は次第に穏やかになり、嘘を手放したその顔には、ようやく安らぎが訪れた。
「ありがとう……」
彼の最後の言葉が、少女の耳に届いた。やがて、彼の姿は光の中に溶け込んでいった。
「今日の裁きから、何を学びましたか?」
脱衣婆が静かに問いかけた。少女はしばらく考え、静かに答えた。
「嘘は一時の安心を与えるものかもしれませんが、最終的には自分を傷つけ、魂を縛り続けるのだと。真実と向き合い、自分自身に正直になることが、魂の救いにつながるのだと学びました。」
脱衣婆は満足そうに頷き、次の亡者がやってくる準備を整えた。少女もまた、その言葉を胸に刻み込み、次なる裁きに向けて心を整えた。
霧が再び立ち込め、次の魂が訪れる予感が漂ってきた。少女はその静かな風を感じながら、今日の裁きがもたらした教訓を胸に、次なる試練に備えて心を引き締めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます