第14話 偽りの仮面

三途の川の岸辺は、いつも通り霧に包まれ、静かな風が吹いていた。少女は、今日もまた新たな亡者を裁くために心を整えていた。これまでに様々な魂と向き合い、それぞれの悩みや葛藤を理解し、少しずつ成長してきた。だが、今日の裁きは一筋縄ではいかないものになると感じていた。


「今日やってくる亡者は、生前に多くの嘘をついていた者だ。」


脱衣婆が静かに語りかけた。その言葉に、少女は少し戸惑いを覚えた。嘘――それは他者を欺くための行為であり、時に深い傷を残すものだ。だが、嘘をつく理由もまた千差万別であり、その背後にあるものを理解しなければ、真実にたどり着くことはできないだろう。


霧の中から現れたのは、身なりの整った若い女性だった。彼女の姿は美しく、どこか自信に満ち溢れているように見えた。しかし、その目には不安と孤独が宿っていることに、少女はすぐに気が付いた。彼女は虚勢を張りながらも、何かを隠しているようだった。


「彼女は生前、自分を偽り続け、他人に嘘をついていた。そして、真実の自分を見せることなく、ここへたどり着いた。」


脱衣婆の言葉に、少女は彼女の表情をじっと見つめた。彼女が生前、何を隠し、何を偽ってきたのか。その答えを知るために、少女は慎重に言葉を選び、彼女に問いかけた。


「あなたは、なぜ自分を偽り、嘘をついていたのですか?」


少女の問いに、女性は一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに笑顔を作り直した。その笑顔はどこか冷たく、感情を隠すための仮面のようだった。


「私は嘘なんてついていないわ。ただ、周りに合わせていただけ。皆が期待する通りの自分を演じていただけよ。」


彼女の声は淡々としていたが、その言葉には深い虚無感が漂っていた。彼女はまるで、自分の本当の感情を遠ざけるかのように、冷静に話していた。


「それでも、あなたは本当の自分を隠してきたのではないですか?その仮面の裏には、何があるのですか?」


少女は彼女の目をじっと見つめた。その問いには、彼女自身が答えなければならない真実が含まれていることを、少女は確信していた。


女性は再び笑みを浮かべたが、その笑顔は次第に崩れていった。やがて、彼女は肩を落とし、かすかな声で呟いた。


「私は……誰にも自分を見せることができなかったの……本当の自分なんて、誰も求めていなかったから……」


彼女の言葉には、深い孤独と悲しみが込められていた。彼女は自分を偽り、周りの期待に応えるために嘘をつき続けたが、その結果、誰も彼女の本当の姿を知ることができなかったのだ。


「あなたが自分を偽っていたのは、他人の期待に応えるためだったのですね。でも、それではあなた自身が苦しむことになったのではありませんか?」


少女の言葉に、女性はゆっくりと頷いた。彼女の目には、涙が浮かび始めていた。


「そうよ……私は……誰からも愛されるために、完璧な自分を演じ続けた……でも、結局誰も私の本当の姿なんて見てくれなかった……」


彼女の声は震えていた。自分を偽り続けることで、誰からも本当の愛情を得られなかったことに気づき、その孤独が彼女の心を蝕んでいたのだ。


「あなたは、誰かに愛されるために自分を偽り続けたのですね。でも、それは本当の愛ではありません。あなた自身を見せなければ、誰もあなたの本当の姿を愛することができないのです。」


少女は優しく語りかけた。彼女がその仮面を外し、本当の自分と向き合うことができるようにと願いながら、言葉を紡いだ。


「でも、もう遅いわ……私はずっと嘘をついてきた……本当の自分なんて、誰も興味を持ってくれない……」


彼女の声は絶望に満ちていた。彼女は、すでに自分の人生を偽りの姿で生きてしまったことに気づき、今さら本当の自分を見せることができないと感じていた。


「遅くはありません。あなたが本当の自分を受け入れ、それを他人に見せる勇気を持てば、きっとあなたを愛してくれる人が現れるでしょう。それが今ではなくても、あなたが選ぶ未来には必ず。」


少女の言葉に、女性の目には一筋の希望が浮かんだ。しかし、その希望の光はまだかすかで、彼女の心の中で大きな葛藤が続いていることが感じられた。


「私は……本当に……その道を選べるの……?」


彼女の声は弱々しかったが、その問いには真剣さが込められていた。彼女は、これまでの偽りの人生から解放される道を選びたいと願っているが、同時にその道がどれほど恐ろしいものであるかを感じていた。


「あなたには、その選択ができます。偽りの仮面を外し、本当の自分を受け入れることで、あなたの魂は救われるかもしれません。」


少女は彼女に向かって、優しく微笑んだ。その微笑みには、彼女が本当の自分と向き合うための勇気を持てるようにとの祈りが込められていた。


しばらくの間、女性は黙り込んでいたが、やがて顔を上げた。その目には、決意の光が宿っていた。


「私は……本当の自分を受け入れるわ……もう、誰かの期待に応えるために生きるのはやめる……」


彼女の言葉に、少女はほっと胸を撫で下ろした。彼女が自らの偽りを手放し、真実の自分を受け入れる道を選んだことに、少女は安堵した。


「よろしい。あなたが選んだその道が、あなたの魂を救うことになるでしょう。」


脱衣婆が静かに告げると、霧の中から一筋の光が差し込み、女性を包み込んだ。彼女の表情は穏やかになり、仮面を外したその顔には、ようやく安らぎが訪れたようだった。


「ありがとう……」


彼女の最後の言葉が、少女の耳に届いた。やがて、彼女の姿は光の中に溶け込んでいった。


「今日の裁きから、何を学びましたか?」


脱衣婆が静かに問いかけた。少女はしばらく考え、静かに答えた。


「自分を偽り続けることは、魂を深く傷つける。しかし、仮面を外し、真実の自分を受け入れることで、救いが訪れるのだと。」


脱衣婆は満足そうに頷き、次の亡者がやってくる準備を整えた。少女もまた、その言葉を胸に刻み込み、次なる裁きに向けて心を整えた。


霧が再び立ち込め、次の魂が訪れるのを告げるかのように、静かな風が吹き始めた。少女はその風の音を聞きながら、今日の裁きがもたらした教


訓を胸に、次なる試練に向けて心を引き締めた。

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