第12話 償いの選択

三途の川に漂う霧は、いつもより重く感じられた。少女は、今日の裁きがこれまでとは違う重い意味を持つものであると感じていた。これまで数々の魂と向き合い、それぞれが抱える罪や苦しみを目の当たりにしてきたが、今日は特に重要な選択が迫られると、彼女の胸の奥に警鐘が鳴り響いていた。


「今日やってくる亡者は、償いの道を選ばなければならない。」


脱衣婆の言葉が霧の中に静かに響く。少女はその言葉に深い意味を感じた。償い――それは罪を抱える者にとって避けては通れない道であり、時にその選択は魂を救う鍵となる。だが、どのような償いが求められるのかは、その魂自身が決めなければならない。


霧の中から現れたのは、年老いた男性だった。彼の顔には深い皺が刻まれ、その目はかつて何か大きな罪を背負った者の目であった。彼の足取りは重く、まるでその罪が彼の全身を押し潰しているかのようだった。


「この者は、生前に多くの罪を犯してきた。しかし、その罪を償うことなく、ここへたどり着いた。」


脱衣婆の言葉に、少女は男性の姿をじっと見つめた。彼の表情には深い後悔と、自らの過去に対する苦悩が浮かび上がっていた。


「あなたは、その罪を償うためにここに来たのですか?」


少女は静かに問いかけた。彼女の声は優しく、しかし男性の心の奥底に届くように響いていた。男性はしばらくの間黙っていたが、やがてゆっくりと口を開いた。


「私は……多くの人を傷つけてきた。生前に、欲望のままに生きて……他人の幸せを奪ってきた……だが、その代償を払うことなく、この世を去った……」


彼の言葉には、深い後悔が込められていた。彼は自分の罪を理解していたが、その罪を償うことができずにこの地にたどり着いたのだ。


「あなたは、今、その罪を償いたいと思っていますか?」


少女はさらに問いかけた。彼の心にある後悔が、償いへの道を示しているのか、それとも永遠に続く苦しみを選ぶのかを確かめたかった。


「償いたい……だが、どうすればいいのか分からない……私が傷つけた人々はもうこの世にはいない……私の罪を誰に償えばいいのか……」


彼の声は震えていた。彼はその罪を認識していたが、もはやその罪を直接償う相手がいないことに絶望していた。


「あなたの罪を償うためには、まずその重さを受け入れ、自らが選ぶべき道を見つける必要があります。」


脱衣婆の言葉に、男性はさらに苦しげな表情を浮かべた。彼の罪の重さが、その魂を深く縛りつけていることは明らかだった。


「でも……私は……もう手遅れなんだ……私が何をしても、過去を変えることはできない……」


彼の言葉には、諦めが滲んでいた。彼は自らの罪に押し潰され、その償いを見つけることができないでいた。


「あなたが過去を変えることはできません。しかし、未来に向かって歩むことはできます。その未来が、あなた自身の償いの道となるかもしれません。」


少女は優しく、しかし強い意志を込めて語りかけた。彼が過去に縛られるのではなく、未来を見据えて歩むことができるように、彼女はその言葉に希望を託した。


「未来に向かって……私にその道があるのか……?」


彼の目には、わずかながら希望が浮かんだ。しかし、まだその道を歩む覚悟ができていないことが伺えた。


「あなたには選択があります。過去に囚われ続けるか、未来に向かって新たな道を歩むか。それは、あなた自身が決めることです。」


脱衣婆が静かに告げると、男性は再び黙り込んだ。その目には、過去の罪と向き合う苦しみと、未来へ進むための決意の狭間で揺れ動く様子が映し出されていた。


「私が……償う道を選べば……その先に何が待っているのか……」


彼の声は弱々しかったが、その問いには真剣さが込められていた。彼は、自らの罪を償うことがどれほどの重さを伴うのか、その先に何があるのかを知りたかった。


「償いの道は、決して楽なものではありません。しかし、その先には救いが待っているかもしれません。それは、あなたが選ぶべき道によって決まるのです。」


少女は彼に向かって優しく語りかけた。彼が選ぶべき道が何であるのかを、自らの意思で決めることができるように、彼女はその言葉を慎重に紡いだ。


しばらくの間、男性は深い沈黙の中で考え込んだ。彼の表情は、過去の罪の重さに押し潰されそうになっていたが、やがて顔を上げた。その目には、決意の光がかすかに宿っていた。


「私は……未来に向かって歩みたい……私の罪を償うために……」


その言葉に、少女はほっと胸を撫で下ろした。彼が過去に囚われることなく、未来に向かって歩むことを選んだのだ。


「よろしい。あなたが選んだ道は、あなた自身が償いのために歩むべき道です。その道を進むことで、あなたの魂は救いを見つけることができるでしょう。」


脱衣婆が静かに告げると、霧の中から一筋の光が差し込み、男性を包み込んだ。その光は彼の魂を穏やかに包み、彼の表情は次第に和らいでいった。


「ありがとう……」


男性の最後の言葉が、少女の耳に届いた。彼の姿はやがて光の中に消えていき、彼の魂が未来に向かって歩む準備を整えたことが確かめられた。


「今日の裁きから、何を学びましたか?」


脱衣婆が静かに問いかけた。少女はしばらく考え、静かに答えた。


「罪を犯した者にも、償いの道を選ぶ機会が与えられる。そして、その道を選ぶことで、魂は未来に向かって救いを見つけることができるのだと。」


脱衣婆は満足そうに頷き、次の亡者がやってくる準備を整えた。少女もまた、その言葉を胸に刻み込み、次なる裁きに向けて心を整えた。


霧が再び立ち込め、次の魂が訪れるのを告げるかのように、静かな風が吹き始めた。少女はその風の音を聞きながら、今日の裁きがもたらした教訓を胸に、次なる試練に向けて心を引き締めた。

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