第10話 失われた絆

三途の川のほとりに立つ少女は、今日もまた新たな裁きに備えて心を整えていた。これまでの経験が彼女を成長させ、数々の試練を乗り越えてきたが、彼女の心はまだ未知の裁きに対する緊張感で満ちていた。今日は、これまでとは異なる重い絆が試されることを、彼女は予感していた。


「今日やってくる亡者は、失われた絆を抱えている者だ。」


脱衣婆の言葉に、少女は静かに頷いた。絆――それが失われることがどれほどの苦しみを伴うのか、彼女はこれまでの裁きを通じて少しずつ理解していた。しかし、それがどのような形で現れるのかは、まだ彼女にはわからなかった。


霧の中から、二人の影が現れた。彼らは若い男女で、その表情には深い悲しみと憤りが刻まれていた。彼らは互いに距離を置き、どこか避けるような態度でこちらに近づいてきた。


「この二人は、生前に強い絆で結ばれていた。しかし、その絆が裏切りによって壊され、彼らは互いに憎しみを抱いたままこの世を去った。」


脱衣婆の言葉に、少女は驚きの表情を浮かべた。強い絆が、裏切りによって壊れる――その痛みと苦しみは、彼女には想像もつかないものだった。


「あなたたちは、どうしてここに来たのですか?」


少女は二人に問いかけた。彼女の声は優しく、彼らの心を開かせるためのものだったが、その問いに答えるのは容易ではなかった。


「彼が……私を裏切った。」


女性が先に口を開いた。その言葉には、深い憎しみと悲しみが込められていた。彼女の目には、今でもその痛みが鮮明に残っていることが伺えた。


「私は、ただ……」


男性もまた、苦しげに口を開いたが、その言葉は途切れ途切れで、完全に自分の気持ちを表現することができていなかった。


「彼女を裏切ったつもりはなかった……ただ、どうすればいいのか分からなかっただけなんだ……」


彼の言葉には、後悔と混乱が交じり合っていた。彼もまた、彼女を失ったことを後悔しているようだったが、その行動が引き起こした結果に対して、どう向き合えばよいのかを理解できていなかった。


「二人の絆が壊れた原因は、誤解や行き違いにあったのでしょうか?」


少女はさらに問いかけた。彼女の心には、二人の間にあった絆がどれほど強かったのかを知りたいという思いがあった。


「私たちは……互いに信じていた……でも、最後には何もかもが壊れてしまった……」


女性の声は震えていた。彼女の目には涙が浮かび、彼女が感じた絶望がそのまま表れていた。彼女は、男性を信じていたが、その信頼が裏切られたと感じたことで、深い傷を負っていた。


「私は……彼女を守りたかった……でも、そのために何をすればいいのか分からなくて……結果として、彼女を傷つけてしまった……」


男性の声もまた、悲しみに満ちていた。彼は彼女を守りたかったが、その行動が彼女にとって裏切りと感じられる結果になったことで、二人の絆が壊れてしまったのだ。


「あなたたちは、まだお互いに対して強い感情を持っていますね。その感情が、あなたたちの魂を縛り続けているのです。」


脱衣婆の言葉に、二人は沈黙した。彼らは互いに顔を見合わせ、何も言えずに立ち尽くしていた。彼らの心には、まだ解決されていない思いが残っていることが明らかだった。


「あなたたちの魂は、このまま憎しみと後悔に縛られ続けるのでしょうか?それとも、何か新しい道を選ぶことができるのでしょうか?」


少女は静かに問いかけた。その言葉には、彼らの選択が今後の運命を決めるという重みが込められていた。


「私は……彼を許すことができるだろうか……」


女性が小さな声で呟いた。その言葉には、彼を許したいという気持ちが僅かに見え隠れしていたが、同時にそれが難しいことであることも感じられた。


「許すことは、簡単ではありません。でも、それがあなた自身を救う道でもあります。」


少女は優しく励ました。彼女は、二人が互いに許し合い、新たな道を歩むことができるように願っていた。


「私は……彼女を傷つけてしまった……でも、もう一度彼女を信じてもらいたい……」


男性もまた、深い後悔の中で、彼女との絆を取り戻したいと願っていた。その願いが、彼の魂に希望の光をもたらすかもしれないと、少女は感じた。


「あなたたちが互いを許し合うことができれば、失われた絆を再び結ぶことができるでしょう。」


少女の言葉に、二人は静かに頷いた。その目には、わずかながらも希望が浮かび始めていた。


「私は……彼を許したい……そして、再び彼を信じたい……」


女性が涙を流しながら告げた。その言葉には、深い決意が込められていた。


「私は……もう一度彼女を守りたい……そして、彼女を信じたい……」


男性もまた、心を込めて答えた。その言葉には、かつて失われた絆を取り戻すための強い意志が感じられた。


「よろしい。あなたたちの魂は、再び結ばれることで、新たな道を歩むことができるでしょう。」


脱衣婆が静かに告げると、霧の中から一筋の光が差し込み、二人を包み込んだ。彼らの表情は、次第に穏やかになり、互いに手を取り合いながら光の中に消えていった。


「今日の裁きから、何を学びましたか?」


脱衣婆が少女に問いかけた。少女はしばらく考え、静かに答えた。


「絆が壊れることで、魂は深い苦しみに囚われる。しかし、互いを許し合い、信じ合うことで、その絆を再び結ぶことができるのだと。」


脱衣婆は満足そうに頷き、次の亡者がやってくる準備を整えた。少女もまた、その言葉を胸に刻み込み、次なる裁きに向けて心を整えた。


霧が再び立ち込め、次の魂が訪れるのを告げるかのように、静かな風が吹き始めた。少女はその風の音を聞きながら、今日の裁きがもたらした教訓を胸に、次なる試練に向けて心を引き締めた。

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