第7話 二つの道

薄明かりが三途の川を照らし、静寂が漂う中、少女は再び新たな裁きに向けて心を整えていた。これまでの裁きで、彼女は罪と罰、光と闇、そして魂の救済について多くを学んできた。だが、今日の裁きは、さらに彼女を試すことになるだろうと感じていた。


「今日は、二人の亡者がやってくる。」


脱衣婆の声が静かに響く。少女はその言葉に驚きの表情を浮かべた。これまでは一人ずつ亡者がやってきたが、今日は二人同時に裁くというのだ。


「二人同時に……」


少女は戸惑いながらも、心の準備を整えた。一度に二人の亡者を裁くという経験は初めてだったが、彼女は脱衣婆の指示を信じ、集中力を高めた。


やがて、霧の中から二人の亡者が現れた。二人は年老いた夫婦のようで、互いに寄り添うようにしてこちらに歩み寄ってきた。彼らの表情には深い安らぎが漂っており、長い年月を共に過ごしてきたことが伺えた。


「この二人は、長い間共に生きてきた。だが、彼らにはそれぞれ異なる罪がある。」


脱衣婆の言葉に、少女は二人の表情をじっと見つめた。彼らが互いにどのような罪を抱えているのかを知るために、彼女はその目を凝らした。


「あなたたちには、それぞれ異なる道が用意されています。」


少女は二人に向かって静かに語りかけた。その言葉に、二人は不安げな表情を浮かべたが、やがて静かに頷いた。


「私たちは、これからどうなるのでしょうか?」


妻が穏やかな声で問いかけた。その声には、長年の経験とともに、死後の世界への不安が滲んでいた。


「あなたたちには、それぞれの罪に応じた道が用意されています。しかし、それは必ずしも同じ道ではありません。」


少女は少し間を置いてから、天秤を掲げた。脱衣婆が二人の衣を慎重に剥ぎ取り、それぞれの天秤にかけると、その針が静かに揺れ始めた。


「この者たちの罪は、互いに異なるものであり、それぞれが異なる結果を招くでしょう。」


脱衣婆の言葉に、少女はその天秤の動きをじっと見つめた。夫の天秤は重く傾き、地獄への道が開かれようとしていた。一方、妻の天秤は軽く揺れ、光の道がかすかに現れていた。


「どうか、私たちを一緒にさせてください。」


夫が静かに訴えた。その言葉には、長年共に過ごしてきた妻への深い愛情が込められていた。しかし、その愛情だけで罪が消えるわけではないことを、彼は理解していた。


「あなたの罪は、あなた自身が背負うべきものです。しかし、愛情と善行が全く無意味ではないということも、また事実です。」


脱衣婆は夫に静かに語りかけた。その言葉には、彼の愛情に対する尊重と、同時にその罪の重さを伝える厳しさが混じっていた。


「では、私たちは別々の道を行かなければならないのですか?」


妻が不安げに尋ねた。彼女の目には、夫と別れることへの深い悲しみが映っていた。


「その選択は、あなたたち自身が決めることです。」


少女は優しく答えた。彼女の心にも、二人の魂が引き裂かれることへの痛みが伝わってきた。しかし、彼らの運命を決めるのは彼ら自身であることを理解していた。


「私は、彼と一緒に行きます。」


妻が静かに言った。その言葉には、強い意志と決意が込められていた。彼女は、自らの光の道を捨て、夫と共に地獄の道を選ぶ覚悟を決めたのだ。


「それが、あなたの選択ですか?」


脱衣婆が確認するように問いかけた。妻は深く頷き、その目には確固たる信念が浮かんでいた。


「私たちは、一緒に行きます。」


夫もまた、妻の言葉に同意し、彼女の手をしっかりと握りしめた。二人の魂は、一つの道を選び取ったのだ。


「よろしい。あなたたちが選んだ道が、これからの運命となるでしょう。」


脱衣婆は静かに天秤を下ろし、霧の中から地獄の門が開かれるのを見守った。夫と妻は、互いに手を取り合い、その門へと進んでいった。彼らの歩みには、恐れよりも共にあることへの喜びが感じられた。


少女はその光景をじっと見つめ、心の中に深い感動と共に、一つの疑問が浮かんだ。愛は、罪を越えて何かを変えることができるのか。彼女は、その答えを探しながら、二人の姿が霧の中に消えていくのを見送った。


「今日の裁きから、何を学びましたか?」


脱衣婆が少女に問いかけた。少女はしばらく黙って考え、やがて静かに答えた。


「愛情と選択の力が、魂に与える影響について。そして、それが罪とどう向き合うべきかを。」


脱衣婆は満足そうに頷き、次の亡者がやってくる準備を整えた。少女もまた、その言葉を胸に刻み込み、次なる裁きに向けて心を準備した。


霧が再び立ち込め、次の魂が訪れるのを告げるかのように、風が静かに吹き始めた。少女はその風の音を聞きながら、今日の裁きがもたらした教訓を胸に、静かに待ち続けた。

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