第4話 消えゆく魂の行方

朝の冷え込みが三途の川の岸辺を包む中、少女は深い考えに沈んでいた。これまでの裁きで学んだことが、彼女の心に重くのしかかっていた。罪の重さ、記憶の断片、そしてそれぞれの魂が抱える業。そのすべてが、少女にとって新たな発見であり、同時に試練でもあった。


「今日も、新たな亡者がやってくる。」


脱衣婆が静かに告げると、少女は顔を上げた。その目には、少しの決意が宿っていた。彼女はすでに、この役割に対する覚悟を固めつつあった。しかし、その日やってきた亡者は、これまでとは異なる存在だった。


霧の中から現れたのは、年若い女性だった。彼女は青白い顔色で、虚ろな目をしていたが、その目には深い悲しみが宿っていた。彼女の姿は、まるで生前の苦しみをそのまま映し出したかのようだった。


「この者の魂は、危ういところにある。」


脱衣婆が告げると、少女は困惑した表情でその言葉の意味を考えた。魂が危ういとはどういうことなのか。彼女は目の前の女性をじっと見つめ、その答えを探ろうとした。


「彼女は、生前に多くの苦しみを背負っていた。その重さに耐えかねて、彼女の魂は壊れかけているのだ。」


脱衣婆は、女性の着物を静かに剥ぎ取った。天秤にかけられたその衣は、軽く揺れたが、その動きはどこか不安定だった。少女は天秤を見つめるうちに、その異常さに気づいた。魂が完全に安定していないため、天秤の針が定まらず、揺れ続けているのだ。


「この魂は、完全に消え去る危険がある。もしそうなれば、彼女はどこにも行けず、永遠に彷徨うことになるだろう。」


脱衣婆の言葉は重く、少女の心に深く突き刺さった。魂が消え去る――それは、地獄に落ちるよりも恐ろしい運命だ。何も残らず、どこにも存在しないということ。それは、完全なる消滅を意味する。


「彼女を救う方法はあるのでしょうか?」


少女は、祈るような思いで尋ねた。これまでの裁きで、罪を償い、救いの光を見る亡者たちを目の当たりにしてきた。しかし、目の前の女性は、そのどちらにも至らないかもしれないという現実が、少女を苦しめた。


脱衣婆はしばらく黙り込んだが、やがて静かに口を開いた。


「彼女を救う道は一つだけある。それは、自らの罪と過去に正面から向き合い、魂を再び安定させることだ。しかし、それができるかどうかは、彼女自身の心次第だ。」


脱衣婆は、天秤にかけられた衣をしばらく見つめた後、女性に向かって手を差し伸べた。彼女の手は、女性の肩に触れると、まるで導くようにそっと押し進めた。


「あなたが背負っていた苦しみは何ですか?」


少女は、女性に問いかけた。彼女はそれまでの恐れを振り払い、その言葉を紡いだ。彼女自身が答えを知ることが、この魂を救うための第一歩だと感じたからだ。


女性の虚ろな目が、少女に向けられた。その瞳の奥には、かすかに蘇りつつある記憶が映っているように見えた。彼女は口を開き、か細い声で語り始めた。


「私は……家族を……失った……彼らを守ることが……できなかった……。」


その言葉には、深い悲しみと罪悪感が込められていた。彼女は、自分の無力さに絶望し、その苦しみから逃れるために自らの命を絶ったのだ。その行為が、彼女の魂を揺らぎ、今にも消え去ろうとしているのだ。


「あなたの罪は、家族を守れなかったことではありません。自らを消してしまったことが、罪なのです。」


脱衣婆は、女性に向かって厳しい口調で言い放った。その言葉は、彼女の心を深く刺し貫いたようだった。彼女の表情は苦しみで歪み、その魂はさらに揺らいだ。


「でも、あなたにはまだチャンスがあります。自分を許し、家族のために生きようとしたあなたの気持ちを認めることができれば、魂は安定を取り戻し、救いの光を見出すことができるかもしれません。」


少女は、必死に言葉を続けた。彼女の心には、この女性を何とかして救いたいという強い願いが湧き上がっていた。


その瞬間、女性の目に涙が溢れ出した。彼女の心の中で何かが変わり始めたのだろう。魂が揺らぐ中、彼女は自らの罪と向き合う決意をしたように見えた。


天秤が微かに揺れ、安定を取り戻し始めた。それは、彼女が自分自身を許し、過去と向き合った証拠だった。やがて、天秤は静かに傾き、霧の中から一筋の光が差し込んだ。


「彼女は救われた。」


脱衣婆がそう告げると、女性の姿は光に包まれ、徐々に消えていった。その顔には、ようやく安らぎが訪れたような穏やかな表情が浮かんでいた。


少女は、その光景をじっと見つめながら、深い感謝の気持ちを抱いた。彼女は、これまでの裁きで学んだことを思い返し、これからも続く亡者たちの魂と向き合う覚悟を新たにした。


「お前も、少しずつ成長しているようだな。」


脱衣婆が穏やかに微笑んだ。その顔には、少女に対するわずかな期待と信頼が込められていた。


少女は深く頷き、次の亡者が訪れるまでの静寂を味わった。これからも続く試練に向けて、彼女は一歩ずつ進んでいく決意を胸に秘めていた。

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