第2話 罪の重さと救いの光

朝霧が晴れることのない三途の川のほとりで、少女は脱衣婆の傍らに立っていた。昨夜の出来事がまだ鮮明に脳裏に残り、心の奥底で重くのしかかっている。初めての裁きに触れたあの日から、彼女は眠れない夜を過ごしていた。


「今日もやってくるよ、死者たちが。彼らの罪と向き合う覚悟はできているかい?」


脱衣婆が冷ややかな目で少女を見つめる。少女は深く息を吸い、震える手を抑えながら頷いた。自分がここで学ぶべきことは分かっている。だが、まだその重さに完全に慣れることはできなかった。


「よろしい。今日は少し違う裁きを見せよう。」


脱衣婆は静かに天秤を持ち上げ、霧の向こうを見つめた。その視線の先には、ぼんやりと人影が浮かび上がる。やがて、その影は徐々に形を帯び、やせ衰えた老婆が姿を現した。彼女の顔には深い皺が刻まれ、目には長い年月の疲れがにじみ出ている。


「この者は、生前に多くの人を助けてきた。しかし、彼女にも罪がある。人を救うために、自らが背負った重い業があるのだ。」


脱衣婆の言葉に、少女は驚きと共に老婆を見つめた。彼女は、自分の人生を捧げて他者を救ったという。それが罪になるとはどういうことだろうか?


「彼女は、他人を助けるために、何度も嘘をつき、時には罪を犯した。それが彼女の業となり、今ここに立たされている。」


脱衣婆は天秤を老婆に差し出すと、彼女の衣を静かに剥ぎ取り、その天秤にかけた。天秤が微かに揺れ、その重さが慎重に測られる。少女は、再び心の中に流れ込んでくる感情を感じた。老婆の人生、彼女の苦悩、そして彼女が背負った業。


「彼女は、多くの善行を積み上げた。だが、彼女の罪もまた、無視できるものではない。」


脱衣婆は天秤の動きを見つめ、その重さを計算するかのように考え込んだ。そして、少女に向き直り、冷静に言葉を紡ぎ出した。


「覚えておくんだ。どんなに善行を積んでも、罪は消えない。それでも、その罪を抱えて生きた人々には、時に救いの光が差し込むこともある。」


その瞬間、天秤が静かに傾いた。だが、今回は地獄への道が開かれることはなかった。代わりに、薄暗い霧の中から一筋の光が差し込み、老婆を包み込んだ。彼女の目には、ほんの少しの安堵が浮かんだように見えた。


「彼女は、地獄に落ちることはない。しかし、その重い業を背負って、しばらく彷徨うことになる。」


脱衣婆の言葉に、少女は心の中で何かが変わるのを感じた。罪と善、救いと罰。その間にある曖昧な境界線が、彼女の中で少しずつ形を成し始めていた。


「これが、罪の重さと救いの光だ。」


脱衣婆は静かに天秤を降ろし、老婆の姿が光の中に溶け込むのを見守った。少女はその様子をじっと見つめ、彼女の心に新たな決意が芽生え始めた。


「わたしも、もっと学びたいです。この裁きの意味を、もっと深く理解したい。」


少女の言葉に、脱衣婆は微かに頷いた。その目には、初めて小さな期待の色が浮かんでいた。


「いいだろう。これからも共に学び、共に裁きを下していこう。」


少女は脱衣婆の隣に立ち、次の亡者が現れるのを待った。彼女の心には、以前よりも少しだけ強い光が灯っていた。これからも続くであろう試練に向けて、彼女は覚悟を決めたのだった。

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