第14話 魔族の恐ろしさ
「それにしても、殿下との恋にどうしてそこまで遠慮されていらっしゃるの?」
「遠慮……かあ」
ティエラが本当に不思議という口調で尋ねてくる。
確かにその通りだ。レンカが教えてくれた情報のことや、彼から受け続けている大きすぎる感情のこともあり、きっと自分はまだ惑っているのだ。
「……遠慮……というか、気になる噂がある……というか……」
「噂ですの? ヒース殿下はともかく、ヴァイモン殿下はあまり人前に出られませんけれど、今時珍しいくらいに生真面目な方、という評判ですが……」
「うん、そっちは問題ないんだよね。むしろ、魔王が……」
「魔王!?」
「あっ!」
つい口を滑らせてしまった。イルマは慌てて口を手で覆う。この場にルオンが居なくて助かった。
「魔王って……」
「あ、ええと、その……」
ティエラが、話してくれますよね? という顔でこっちを見ている。
一度言ってしまえば、彼女の前で無かったことにはできないだろう。イルマは苦々しく顔を渋めつつ、事情を話すことにした。
「ふうむ……蝶々さんが精霊様の遣いだったなんて……」
ティエラは険しい顔で俯き、唸り続けている。
イルマは二〇歳までの魔王封印をルオンから課せられていることを、少しマイルドにして伝えた。
つまり、ルオン(蝶)は山の精霊様からの遣いで、もうすぐ封印が解けるのだという魔王の復活を危惧し、話が出来るイルマのもとにやってきた。
封印のためにイルマは色々な所から情報を集めており、先日の地下書庫の件もそのため。そしてヴァイは、イルマとは違う所で魔王を封印しようとしている組織と繋がっているらしい……というような内容だ。
「なるほど……イルマさんは明るい顔の下に、とてつもない重荷を背負っていらっしゃったのですね。殿下も同じように戦っていらっしゃったと……。確かにそれは恋愛どころではありませんわよね……切ない……愛し合っている二人が戦いに引き裂かれてしまうなんて……ウッ!」
「あ〜あ〜」
イルマは新しいハンカチを取り出してティエラに手渡す。あんなに泣いているのに化粧が崩れていないのが不思議だ。
ひとしきり泣いたティエラは、ふと険しい面差しになりイルマを真っ直ぐと見つめてくる。イルマは驚いて息を呑んだ。今まで関わった中でのティエラは底抜けに明るくて、それでいて気品も備えた女性だった。しかしこの瞬間だけは、彼女の表情にはっきりと
「イルマさん、彼らは……魔族は恐ろしいですわ。我が男爵家の領地、バーバリー領は魔族の領域である
そこまで話して、ティエラは目線を落とした。
ティエラの家、バーバリー領はアルテンブルグ王国の北東に位置している。ハミルトン領からはアレクス領を挟んで二つ隣だ。ティエラが話す通り、王国の北端は《ラユの地》と呼ばれる魔族の住む地。その南側にアレクス領とバーバリー領が横並びになっている。
「……何代か前、まだ幼かった家の者が《ラユの地》へと迷い込んでしまって、ヒウルの山を支配する大魔女に会ったそうです。その者は大魔女の助けで家まで戻ったのですが、無事にとはいかなかった。彼の者の〈魂〉は魔女に掌握され、消費されていき、若くして亡くなったとか……」
ティエラは話し終えてぶるり、と震えた。
イルマも正直恐ろしくなった。魔女や魔族、と呼ばれてはいても実際会ったこともないし魔王さえ封印できればいいのだから、と甘く見ていたことを思い知らされた。
「……どうしてもやらなければならないのですね? イルマさん」
「……うん」
イルマは頷いた。ティエラに伝えた理由こそ違うが、魔王封印をしなければならないことに変わりない。
恐くても何でも、うまく出来なければ死ぬのだ。
「……分かりましたわ、イルマさん! わたくし、貴方を全力で応援します! 魔王封印に出向く際には是非お知らせください、装備や資金の援助はもちろん、バーバリーの騎士達も付けますわ!!」
ティエラは向かいの席から突然立ち上がって、イルマの目の前まで駆けつけると、両手をがしりと掴んだ。
「こんなっ、こんな若い身空で自ら危険へ進み出でるなんて……わたくし、感動しましたわ! しがない貴族令嬢ではありますが、貴方の親友として、いいえ、大親友としていつでもお助けしますわ!」
「お、おわわ……ティエラ! う、うう嬉しいよ、本当にありがとう……!」
相変わらず押しの強さはとてつもないが、本気で言ってくれていることはひしひしと伝わる。
魔王の件を話せる相手がレンカ以外に一人増え、イルマの胸の内も心なしか軽く感じた。
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