第15話 闇の萌動
舞踏会で出会った令嬢・ティエラの、ハミルトン邸宅への突然の訪問。
相変わらずのハイテンションながらも、イルマにとって有用な情報を共有してもらいつつ信頼を築くこともできた。
有意義な時間を得られて大満足、イルマの気分も良い。
『客だぞ』
ルオンが前触れもなくそう言ったのは、翌日のことだった。
彼の話しぶりには相変わらず優しさのかけらもない。先日の地下書庫ではわりと真面目に心配をしてくれていた気がしたのだが、思い違いだったかもしれない。
突然来客だと言うものだから、イルマは思わず首を傾げてしまった。訪問があるとは聞いていないし、もし誰か来たとしてもティエラの時のように、正面ホールで侍女達が対応に当たってくれているはずだ。
「お邪魔するよ、愛するお嬢様。今日こそオレと褥を共にしようか?」
男の声は背後からした。天気が良いので、と開け放っていた窓から現れた褐色の色男は、許可ももらっていないのに、すたりと私室内に降り立った。いつ見ても顔がいいが、何故か片頬が平手の形で腫れている。
「ぎゃあ! 変態!」
「ひっどいな。お嬢様の夜の恋人、レンカだよ」
「恋人って、なんか殴られた痕あるじゃない。誰よその女ァ!」
「昨晩アレクス領の子猫ちゃんに……ちょっと引っ掻かれちゃってね!」
イルマの悪ふざけ気味な追求にレンカは苦々しく弁明する。この男、いつも手紙の最後に書いている殺し文句は遊び用だったらしい。
「それにしても、先日はどうも散々だったみたいだね?」
レンカは含みのある笑みを浮かべる。これは王都の舞踏会について言っているのだろう。
「大変だった……でもお陰様で助かったわ。そっちに送る支援金も色を付けておくけど、クレーにも改めて御礼を伝えておいてほしいわ」
「ありがと、伝えとく。あいつ、口下手だけど気はいいやつなんだ」
「分かるわ、少ししか話せなかったけど。結構似てるわよね、レンカと」
義弟のことを分かって貰えたからか、レンカはからりと嬉しそうに笑った。これまで彼が見せた中では最も無垢な笑顔だったので、イルマは不覚にもどきりとする。顔がいい男の笑顔はずるい。
「ま、それはいいんだ。ここ数日で王都に相当動きがあった。情報共有のために来たんだよ」
レンカは私室の床に直接、
「まず、第一王子のヒースが死んだ。地下で暗殺だ」
「えっ!?」
イルマは驚愕してしまった。王都と邸宅の間で離れているせいか、アルテンブルグ王国の重要な事柄にも関わらず、情報が入ってきていなかった。まだ王都内も混乱しているのかもしれない。手段を選ばずにヒースの愛人という居場所を守ろうとしていたキュリは、どうしているだろうか……。彼女の苦しそうな姿を思い返し、イルマは複雑な心境になる。
「そして時期を見計らったようにして、第二王子ヴァイモンも消息不明だ。ヴァイモンは魔女や魔族と連絡をとっていたのが分かっているけど、もしや自分の兄を……」
「……ヴァイが? 魔女と?」
続いてレンカが口にした内容は、さらに衝撃的だった。ヴァイが王都から姿を消していて、しかも魔族と関わりを持っている? イルマにとっては信じ難い話だった。レンカの言い分では、まるでヴァイは魔王側に付いているかのようではないか。
するとレンカは、イルマの表情を数秒間じっと見つめてから、納得したように頷いた。
「お嬢様、やっぱりオレ達を魔族側だと思ってたんだね。逆なんだ。オレ達ミエリの一族は代々、魔女ヒウルや魔族と戦って封印を守ってきた」
「……あっ、えっ? あ! レンカ、まさか最初から……!」
やっぱり、という言葉を向けられ、イルマは動転した声をあげた。イルマはヴァイを守るため、彼の命を狙っているとレンカには偽ってきたが、とうに見透かされていたのだ。レンカの方は申し訳なさそうにごめんね、と呟いた。
「理由は分からないけど、アンタはヴァイモンを守ろうとしていたでしょ。一歩間違えれば自分が死ぬかもしれないのに、だよ。よっぽどの覚悟があるんだなと思って。あの予知能力も含めて、オレ達も損ばかりな話でもないと考えたから暗殺を止めたんだが、予想より敵の動きが早かった」
レンカの説明を聞いている間も、イルマの頭はヴァイのことで一杯だった。信じたくないが、ヴァイが魔族と繋がっていたとすれば、あのとき暗殺を防いだ自体が間違いだったということになってしまう。そうでなくても今、ヴァイが姿を消しているのは何故なのか。ぐるぐると思考が行き交って纏まらなかった。
『おい、ちゃんと話を聞けよ、バカ女。決め付けるには早いだろ!』
そんな時、ルオンの強い叱責が脳内に響く。蝶の姿をしているルオン本体も、イルマの視線を遮るように飛んでいってから肩に留まる。
お陰でイルマはすっと冷えていくように落ち着きを取り戻した。
滅茶苦茶になっていた考えをひとまず置き去って、レンカの次の言葉を待つ態勢ができた。レンカはイルマの中で起きた変化に目敏く気付いたようで、驚いたように目を見開いた。
「本当、アンタは……不思議だな。気になって仕方ないよ」
胡座から床を這うようにして上体を伸ばし、イルマの懐に入ったレンカは、上目遣いで観察するようにしてから言った。澄んだ紫の瞳が心の奥底を覗き込むようだ。レンカは僅かに片方の口角を上げて笑うと、姿勢を戻してイルマの懐から離れた。この至近距離のスキンシップが彼流のやり方なのかもしれない。イルマはおとなしく静止したまま、レンカの話の続きを待った。
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