第16話 イルマの決意

「……魔女と魔族は、過去の封印を解いて魔王を復活させようとしてる。でもどうやって復活させようとしているかまでは、オレ達も知らない」

「あ、それなら」 

 イルマは不意にレンカの話を遮ると、ドレスの中から史書らしき書物を取り出した。レンカが目を見開く。

「あの騒動に紛れて、何冊か拝借してきたの。『魔王封印の術法』、これだと思うわ」

 史書を床に広げて、イルマはその中の一箇所を指差す。そこには確かに魔王封印に関する魔術の説明が記されていた。

「読んでもよく意味はわからないけど……合ってる?」

「うん、間違いないよ。すでにある封印の上書きみたいなことが書いてある」

 レンカは顎に手をやって、ぶつぶつと何か呟いている。イルマは史書の内容を読み進めていく。すると、気になる記述が目に入った。


「あれ? こっちのって……〈魂〉を捧げ、人柱とする禁術。その身をもって魔王を封じよ。……」

 イルマが読み上げると、場に薄い緊張が走った。レンカからは表情が落ち、ルオンが頭の中で震えた息を吐いた。誰かの命を犠牲にする術法。二人は言葉を失っていたが、やがてレンカが小さく頷いた。


「確かにオレの一族には、最初の封印で賢者がその身を犠牲にした、とは伝わってる。……じゃあ、魔女は逆をやろうとしているのか? 〈魂〉を用いた魔術で封印されているなら、同じように何者かの〈魂〉を使えば封印は解けるはず。でもその術を知っているのなら既にやってるはずだな。……限定的な誰かの〈魂〉じゃないと解けないのか?」


 イルマははっと息を呑んだ。誰かの〈魂〉。そうだとしたらヴァイは……王族で、勇者の子孫である彼の命を使えば、封印を解くことができるのではないか。だからヴァイは魔族を欺いている? その考えを口にしようとすると、分かっている、と言いたげにレンカがこちらをじっと見ていた。

「アンタの考え通りかもしれない。ただオレは、あの王子を信頼できないんだ。話したこともないし……まあアンタがそこまで肩入れするのだから、いいヤツなんだろうな」

 レンカは柔らかく、労わるような顔つきで微笑んでくれている。レンカはイルマに対して本当に優しい。協力者という名分はあるとしても、嘘を付いていたにも関わらず一切イルマを責めなかった。


「一旦王子のことは置いておこう。封印を解かせないためには、再封印するのが手っ取り早い。お嬢様は魔術って使えたっけ?」

「魔術は使えないわ。レンカは?」

「オレは戦士の一族だから。魔術もそうだし、武器はたいてい扱えるよ」

 そう言うと、レンカは指先に炎を灯してみせた。イルマが驚くと、にやりと笑ってから炎を消し去る。


「じゃあお嬢様自身が封印するのは難しいね。魔王のもとへ向かって再封印するのはオレだな。最悪、一族の誰かを生贄にするか」

「え……」

「あ、気にしないで。オレってそういう部族なんだ。魔族と魔王を止めるためならいつ死んでもいいよな、っていう感じだよ」

 レンカは普段と変わらぬ笑みでさらりと言ってのけた。イルマはかけるべき言葉が見つからず、悔しげに下唇を噛む。レンカもクレーも、部族の人々も、犠牲になどなってほしくない。キュリの件も同じで、彼女だってただ貴族社会で生き残ろうとしただけなのに、不条理だ。

 

「魔王が封印されている所は危ないから、お嬢様はここで待っているといい」

「……」

 改めて言われて、イルマはどうすべきか迷った。待っていれば確かに安全だろう。けれど、ヴァイはどうなる? 魔王封印が叶えばいいが、もしもヴァイ自身が本当に、魔王に〈魂〉を捧げられてしまったら……大事な友を失うかもしれないと思うと、イルマは居ても立っても居られなかった。


「わたしも魔王封印の地に行くわ」

「え、アンタも? 魔王がいるのは《ラユの地》っていって、雪深い山奥だよ。お嬢様じゃ……」

「山でしょ? むしろ、かかって来いって感じよ!」

 イルマは胸をどん、と叩いて自信満々に宣言した。レンカは目を丸くしたが、数秒おいた後に小さく吹き出した。


「分かったよ。まあ、後はどうやって《ラユの地》に入るかだな。あそこは外部の侵入を固く閉ざされているから……」

「ラユって北の山脈地域よね? わたしに考えがあるわ。心強い協力者がいるのよ。……ただ、代わりにってわけじゃないけど、頼みがあるの」

「ん?」

 レンカが眉根を寄せる。イルマが内緒話をするようにして続けた内容はレンカを大いに驚かせ、遂には可笑しそうに笑い声をあげた。

「アンタってやっぱり凄いな! いいよ、お安い御用だ。交渉成立だね」

 レンカはイルマに向かって右腕を差し出す。腕相撲をする時のように肘から先はゆるく持ち上げられ、握られた拳がレンカの顔側を向いている。意図を理解したイルマも、レンカと同じ格好で右腕を上げ、前腕部分をぶつける。対等を表す意の握手のやり方だ。二人は最後に固く手を握り合って、信頼の強さを示した。


 

 ──二〇歳になるまで、あと一年。

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