第17話 封印の方法
同日深夜、王都アルテンブルグ地下の牢獄内。
冬が間近に迫る地下牢は冷え切り、キュリは白い息を吐いて震えていた。身に纏っていた豪華絢爛なドレスは剥がされ、簡素な囚人服を着ている自身を、キュリは滑稽で哀れだと感じていた。
第一王子のヒースは、キュリが捕まったと知るやいなや、早々に切り捨てた。愛人関係を無かったことにし、自身は無関係だというスタンスを貫いた。生家のジェニファー家もまた、娘が勝手にやったこととして関与せず。一気に味方を失っただけでなく、愛するヒースが暗殺されたという話を、地下牢の見張り兵から盗み聞きし、絶望した。縋る場所も無くして、一体自分は今まで何をやってきたのだろう、と笑った。あと数回夜を数えれば処刑されるのだろう。キュリはただその時を待つのみだった。
「む? 何者だ!」
いつも地下牢の入り口に立っている見張りの兵が、そう言って足早にどこかへ向かっていった。牢からは何も聞こえなかったが、侵入者だろうか。どちらにせよ自身には無関係だと、キュリは座ったまま膝を抱え直した。
そのときキュリの牢の前へ、突如ぬるりと黒い影が立った。地下牢の弱い照明を背に受けて、巨大な壁のようになっている。キュリはそれが誰なのか、すぐに分かって目を丸くした。
「あ、あんた……」
「お嬢様に頼まれて、きました。安全なところへ、お連れ、するようにと」
「……」
あの日、地下書庫での戦いで自分を簡単に往なした男は、牢に掛けられていた鍵を手の中に握り込み、果物でも潰すようにして壊してしまった。今なら逃げられる。キュリはそう分かっても、立ち上がる気力を持てなかった。ぼそり、と誰へともなく囁く。
「なんで助けるのよ……自分の命を狙った相手よ? アナタだって、ワタクシに首が飛ばされたかもしれないっていうのに……」
クレーはキュリに構わず、牢の扉をぎい、と開いて傍に寄る。巨体のせいで牢の天井に頭が擦りそうになっていた。
「おれは、お嬢様の意思にしたがう。あの人は、あんたを憎んでない。誰のことも、嫌いじゃない。おれみたいな、化け物でも」
頭上から降ってきた言葉に、キュリはハッと顔を上げた。あの小娘、イルマ。誰でも信じようとするから騙すのは容易かったが、命を危険に晒された今でも、自分を憎んでいないというのか。暗殺に失敗して見捨てられ、家族や愛する人から蔑まれた。それとは比べ物にならない度量の大きさ。キュリはしばし視線を彷徨わせてから、ゆっくりと立ち上がってクレーを見上げた。
「行くわ。連れていって」
「はい。厳しい旅路に、なりますが、あなたなら、大丈夫、でしょう。こちらへ」
クレーの差し出した、巨大で
子爵令嬢の命を狙って暗殺未遂を起こしたキュリ・ジェニファーは、王子達の後を追うようにして、地下牢から忽然と消えた。
◆ ◆ ◆
レンカとの密会から数日。準備が必要とのことでイルマはレンカからの連絡を待っていた。その晩イルマは、私室の窓から上半身だけ身を乗り出し、満点の夜空を鑑賞していた。レンカから聞いた王都の異変、姿を消したヴァイの話。魔族との繋がり。封印のための犠牲。二〇歳まで時間も限られていて、考えていても仕方がない。でもやっぱり、頭の中で整理が付けられそうにはなかった。
『いよいよ魔王封印に近づいたな。《ラユの地》へはお前も行くんだな?』
「うん。山登りは前世から得意だから任せといて。まあ、最期は滑落しちゃったみたいだけど……」
『……』
ほんの自虐ネタで言ったことだが、ルオンは予想外に深刻そうに黙って、蝶の姿でひらひらとイルマの周辺を舞った。ルオンなりの励ましと捉えて、クスリと笑った。
「あのさ、ルオンはどうやって神様になったの? 元からそうで、ず〜っと生きてるの?」
イルマは窓枠に肘をつきながら、ふと気になって尋ねた。あの史書に書かれていた、封印のために〈魂〉を犠牲にする、という術の話を聞いたせいだろうか。
『……言えることは限られているが、僕が前にいた世界が滅びた時、最後の一人になった。その結果、新たな世界の《管理者》になったんだ』
「最後の一人!」
イルマが聞き返すと、ルオンは頷きの代わりに羽を一度だけ羽ばたかせた。
「じゃあ、ルオンも転生者みたいなものってことか。それからはずっと一人?」
『そうだが』
「いや、寂しいよねそれは。う〜ん、他にも神様がいたら良いんだろうけどなあ〜」
『……ふん』
自分のことを考えて頭を悩ましているイルマに、ルオンは少しだけ嬉しそうにして鼻を鳴らした。
『神になれる者は一人だけだ。ああ、まあ一応イレギュラーもあるが……』
「イレギュラー?」
『お前、三位一体って知ってるか? ……いや、いい。詳しくは省くが、神とは三つの独立した位格があって互いに本質を共有している、ということだ。つまり、三つの〈魂〉かそれに近しい意思を内包した存在になれば、神となる資格を得ることができるらしい』
「ほ、ほおぉ〜」
『まあ、ほとんど不可能だろうな。そんな存在は僕も見たことがない』
ルオンは再びひらひらと飛び、イルマの肩に留まった。現世で活動するようになってから、イルマの右肩はルオンの定位置となっている。
「そっかあ。ルオンはきちんと神様の仕事をしていて偉いなあ。魔王の再封印をすることで、【カリヴィエーラ】の人たちも、ルオンも良い方向に向いたら良いね」
『……そうだな』
ふたりがそう言って、夜空へと視線を戻した、その時。
イルマの私室からすぐ近くで、砲弾が打ち込まれたかのような轟音が鳴り響いた。
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