第18話 襲撃

 「っわ! なに⁉」

 建物全体を揺らすような衝撃を受け、イルマはしゃがんで頭を守るように抱えた。私室内に置かれていた本棚や衣装ケースなどが倒れ、中身が飛び出して散乱する。鏡や花瓶は割れてしまった。幸い、それらは私室の反対側に集中していたので、イルマ自身は怪我を負わなかった。

「何だろ、様子を見に行こう!」

『敵かもしれないから気をつけろ』

 ルオンの注意に頷きを返す。揺れが収まったのを見計らって、イルマは立ち上がって私室の手前側のドアを押し開いた。衝撃の根源は、恐らく東棟から正面ホールに続く渡り廊下の何処かだ。イルマが廊下へ出て走っていくと、後方の部屋からお父様が出てきて何事だ! と叫んでいる声が聞こえてきた。ご無事で良かった。


 両面が窓硝子に挟まれている廊下を駆けて行く途中、ホールへ続く廊下内のちょうど半分くらいの位置で、見慣れぬ集団が立っているのが見えた。一人は黒髪赤眼で長身の男、もう一人も黒髪赤眼でツインテールに結んだ若い女。そして最後の一人は、赤いローブを纏った白髪の老女。怪しい三人は一斉にこちらを見て、イルマのことを認識した。


「あーっ! いたいた、イルマお嬢様! 探したんだからあ」

 赤眼の男がイルマを歓迎するかのように両手を上げながら、にこにこと微笑んだ。男は肩ほどまでの長さの髪に、垂れ目で体つきも細く見るからに優男という風貌だが、なぜかイルマは背筋がぞわりと震えた。この人、何だか分かんないけどやばい。赤眼男の側に立っている若い女は、優男とは対照的に憎悪を丸出しにしてこちらを睨み付けている。もう一人の老婆は余裕のある表情で薄く笑っていた。


 そして次の瞬間、イルマは我が目を疑った。まだ一部屋分を跨ぐ距離はあろうか、という両者の間の距離を、優男が一瞬で詰め寄ってきたからである。突然眼前に現れた優男が、先ほどと全く同じ笑みを浮かべてこちらを見下ろしたのと視線が合って、イルマの喉からひゅっという音が鳴った。


 しかしその時、渡り廊下の窓がけたたましい音ともに割れ、砕け散った。イルマの肩がビクリ、と上がった瞬間に、すぐ側を黒い人影が通り過ぎる。気づかぬ間に自分へと伸ばされかけていた優男の長い腕が、黒い人影の振るったナイフを避けてしゅるりと引き下がっていく。黒い影は、優男とイルマの間へと立ち塞がる。


「イルマ!」

 こちらへと振り向いた人影は、見慣れた褐色肌と紫の瞳をしていた。

「れっレンカ!」

 名を呼ばれたレンカは僅かにニヤリ、と笑うと、すぐに正面に向いてナイフを構え直した。今の一瞬だけだったが、いつでも飄々とした態度を崩さないレンカが、鋭い瞳で優男を睨み付けていた。


「イルマ、あいつらは魔族だ。アンタがオレ達を支援しているのを嗅ぎつけて、襲ってきたんだろう」

「魔族……!」

「そう。魔王復活を掲げて活動している一族だよ」

 レンカはこちらに背を向けたまま説明してくれた。魔族が自分を狙っている。確かに魔王復活を邪魔すると知られたならば、あり得ない話ではない。すると、正面に立つ優男が困ったように肩をすくめて、口を開いた。

「ミエリ族のレンカ! 君はいつだって僕らの最大の敵だけれど、まさかここでも会うなんてね!」

「ああ、オレもこんな所でハイネに会うとは思ってなかったよ」

 互いに全く隙を見せようとしないまま、二人は軽口を叩きあう。

 赤眼の優男はハイネという名らしいが、レンカとは既知の間柄なのだろうか。


「イルマ、中庭を通って逃げるんだ。侍女達も反対側に逃がしたほうが良いと思う」

「あ、うん。分かったわ! レンカは?」

「コイツの相手をするよ、大丈夫。心配しないで」

 レンカはほんの少しこちらを振り向きがてら、ウインクをしてみせる。金のピアスが揺れて光った。イルマは無言で頷くと、中庭の扉に向かって駆け出した。当然、ハイネが止めにかかってくるが、レンカが遮って受け止める。

「はッ、兄さんだけ止めても無駄よ!」

 後方で様子を見守っていたツインテールの若い女がイルマを追った。先程の優男ほどではないが、この女も人間離れした跳躍力で向かってくる。イルマは必死に走り、逃げようとした。

 しかし敵方の若い女が行く先、今度は渡り廊下が突然に破壊された。まるで巨人の手に抉り取られたかのような壊れ方だった。飛んできた瓦礫やガラス片を避けようと若い女が飛び退く。中庭とは逆方向、渡り廊下の外側から姿を現したのは、褐色肌で金髪を刈り上げた巨人だった。


「お嬢様、今のうちに」

「クレー!」

 イルマはクレーに促されるまま、渡り廊下から扉を開いて中庭へ逃れた。

「邪魔しないでよ、デカブツ。お前も同類でしょ」

「アイノ……」

 若い女がクレーを睨み上げる。クレーは一瞬悲しそうに女の名を呼んだが、すぐに冷たい目線を差し向けた。魔族の女・アイノは短剣を二本抜いて片手ずつ持ち、クレーに向かって飛びかかった。

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