第39話 融合

『ルオン』

 イルマとルオンが笑い合ったのを見計らうように、無機質で人間味の無い声が〈魂〉の空間内に響いた。声の方へと振り向くと、そこには銀髪の青年……魔王ノルタの姿があった。


『ルオンの望みは変わったのですね。【カリヴィエーラ】滅亡のための魔術を停止しました』

『ああ、聞いていた通りだ。ノルタ、お前は? イルマと僕とともに《管理者》になってくれるか?』

『ふむ……』

 ノルタは口元に手を当て考え込むようにして俯いた。

 まるで悩んでいるかのような彼の行動にルオンは内心で驚いた。ノルタは人間ではない。【カリヴィエーラ】の秘宝〝サンポ〟が、ルオンの望みに呼応して人型を取っている姿だ。だからこのような人間染みた所作を見せることも、考え込むという反応も本来はほとんど見せない。何かを問うならはい、か、いいえだけが応えられる筈だった。

 可能性として有り得るのは、イルマだけだ。彼女が魔力のやり取りを通してノルタの〈魂〉に触れ続けたことが、何かしら影響を与えているに違いなかった。


『……自分はルオンの友です。自分は、《管理者》の重荷に苦しむルオンを救うことが、友の務めであると考えました。しかし、イルマの選択は〝ともに背負うこと〟だった。……自分が、もっと早くその結論に至っていれば良かった。数百年にわたる犠牲を生み出してしまった。謝罪します』

 魔王とすら呼ばれるノルタが口にした言葉に、ルオンは愕然とした。

 ノルタはルオンが巻き込んでしまったばかりに封印されている間も魔王呼ばわりされて、憎まれ続けた。何百年も魔力を吸われ続け、人々に利用されるような境遇へと追い込んでしまった。謝罪される必要などない、それなのに……。

『ノ……ノルタ、僕は、その言葉だけで充分だよ。僕の方こそ、本当にすまなかった……』

『泣かないで下さい、ルオン。……自分も人々と魔力を通じたことで、少しは言葉遣いが上手になったでしょうか?』

 思ってもみなかったことで、ルオンは再び涙が止まらなくなってしまった。腰から前へ折れてがっくりと項垂れ、膝に手をつくようにして泣き腫らしてしまう。隣で二人の会話を見守っていたイルマが苦笑いながらにルオンの背中をさすった。魔王ノルタはそんな彼に、やや茶化すような口調で尋ねた。

 ノルタは魔力を利用され続けたが、魔術の使用の際に繋がる〈魂〉を通じ、人々の心に触れたようだ。がらりと人間らしい言動を見せるようになったのは、封印されていたことによる僅かながらの副産物だった。


 

 久しぶりに感情を発露したせいか、ルオンはひどく泣いた。二人に宥められてどうにか落ち着いたころ、魔王ノルタは改めて話を切り出した。

『……自分はルオンが望むなら、《管理者》となることは構いません』

 彼の意思を受け取ってルオンは深く頷いた。今ここに、三つの〈魂〉と身体が用意された。新たな《管理者》《かみ》となる準備が整ったことになる。

 だがその時、イルマはやや慌てて、学生みたいに片手を上げた。


「ごめん! ちょっと待って。わたし、まだやることがあるんだ。ヴァイを止めないといけない」

 するとルオンとノルタは、やや複雑そうな表情を浮かべてから、互いに目線を交差させた。


『イルマ、お前はもう死んでいて……彼と話す手段がない。リンロートやモナンがお前達と通ずることができたのは、同じ〈魂〉の持ち主だからだ。彼は今、お前のために身を削ってる。《管理者》となって、その後に……話してやってくれないか。その時のお前は、イルマという自己を失い、イルマという存在ではなくなってしまうが……」

 実に言いにくそうにしながら伝えてくれるルオン。イルマは言葉を失ったが、一方で頭の中では冷静に納得している自分もいた。

 考えてみれば当然のことだ。それでも今になってやっと、もう死んだんだ、という実感を得たのだった。

 

「わ、わかった! ごめん、変なこと言って……」

『何言ってるんだ。死ぬよりも重い決断を下そうとしているんだから、何でも伝えるべきだ。本当に良いのか、イルマ?』

「う、うん。うん……」

『どうした?』

 イルマはいつもの癖が出て上手く取り繕おうとしたが、ルオンは明らかに気を遣ってくれている。もともとルオンには心の声が筒抜けであることを思い出した。

 〈魂〉同士となった現在の状態では違うようだが、『隠し事をするな』と誓わせた手前、自分が嘘をつくのは卑怯だ。いったん胸の内を整理させてから、イルマは慎重に話し始める。


「わたしじゃなくなっちゃうのなら、一個、約束守れないかも……って。《ラユの地》に来る前、彼女とした約束……」

 イルマは何とか笑顔を保ったが、声は掠れてしまった。ルオンは目線を斜めに泳がせ、イルマが言わんとしている意味について考えているようだった。やがて思い至り、ルオンは寂しそうに笑いながらも、ゆっくりと首を横に振った。

『友人なんだろう? 君たちの間に紡がれた縁故は、〈魂〉の在り方くらいでは変わらない。……彼女なら、きっと大丈夫さ』

 優しく、それでいて確信めいた励ましをかけてくれるルオン。イルマは涙と唾を呑み込んで、大きく首を縦に振った。ノルタも隣へ歩み寄り、労うようにして肩へ手を置いてくれた。


 《管理者》になる……生まれ変わるってどんな感じだろう。漠然とそう考えて、イルマは笑ってしまった。もう何度も転生を経験しているのに今更すぎる。前回死んで【カリヴィエーラ】へと転生した時にはドタバタだったので、実感はなかった。ルオンにあれこれ叱られながら、馬鹿にされながら、でも幸せに暮らせていたと思う。


 ルオンとノルタが何やら力を操って、準備を始めた。心の内に少しずつルオンとノルタが流れ込んでくるのがわかる。

 関わった人達に伝えたいことがぶわりと心に浮かんできた。同時に、視界と意識が遠く離れていく。

 仲良しのお父様とお母様、侍女の皆、ちょっぴり過保護だったけど見守ってくれてありがとう。レンカ、クレー、ミエリ族の皆、守ってくれてありがとう。

 約束守れなかったら、ごめんね。もしも許してあげられなかったら、ごめんね……。

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