第31話 後悔

 処刑場内で続く激しい争いの音を聞きながら、ヴァイは葛藤していた。前方で先ほどまで膝をついていた魔王は再び立ち上がり、片腕を天に向けて掲げている。時間が経てば経つほど、吹き荒れる風は冷えていく。厚い布類を着込んできているヴァイですら、身体がカタカタと震え始めていた。


 ヴァイはみたび、抱え込むイルマの首を見つめた。魔王は持ち直してしまったようだが、彼の中にはリンロートとイルマの〈魂〉が残っている可能性がある。今ならまだ、イルマを助け出すことができるかもしれない。しかしヴァイは、魔王のもとへ向かいたい、向かうべきだと考えながら、立ち上がることは出来ずにいた。

 イルマを裏切った自分が今さら何をすると言うんだ。助けようとしたとて、彼女に許されるはずがない。怖い──そう、許されないであろうことが怖いのだ。

 

 かつて自分はモナンであって、リンロートとともに魔術を行使して死んだ。リンロートは満足げだったが、モナンは最後の一瞬までひどく無力感に苛まれた。騎士としての使命が全うできず、あまつさえ魔王封印のために〈魂〉を縛り付けてしまった。だからルオンの巧言に乗ってしまった、彼女リンロートを救うためなら何でもすると。

 だがヴァイが生んだものは救うどころか血塗れの惨状ばかりだった。ノグ湖のキージ島で魔族と手を組み、居合わせた騎士達が犠牲になった。王城では兄上ヒースがヴァイと魔族の繋がりを偶然知ってしまい、殺さざるを得なくなった。そうして最後には、またもや愛する人を傷つけ命すら奪った始末だ。

 リンロートのために手を汚すヴァイにとって、イルマは僅かに与えられた安らぎだった。いずれ殺さなければならない相手と分かっていても、無垢で天真爛漫で、害意の無い優しさに何度も心を救われた。だというのに手酷く裏切って、このざまだ。イルマの首はもう血を流しきって温度を失っており、無機物のような感覚になってしまっている。ヴァイは縋るようにして、首をかき抱いた。


「まぁまぁ、なんと無様なお姿! これでは王家が聞いて呆れるわね。イルマさんの首は、アナタのような方には相応しくないと思いますけれど?」

 途端、勘高い声が響き、ヴァイは驚いてびくりと肩を跳ね、声のした方へ顔を上げた。それを待ち構えていたようにして、ヴァイの前に仁王立ちしている人物が剣を差し向ける。突き出した剣先はヴァイの首元を向いていた。


「なっ……! 貴様、何故ここに?」

 到底信じがたい事態に驚愕し、剣を向けてきた者へと尋ねる。ヴァイと見合った金髪金瞳の女がにやりと笑った。この状況を予見していたように、きっちりと分厚いコートを着込んでいる。

「アナタは行方をくらましていたからご存知ないでしょうけれど、ワタクシ、イルマさんと彼らに救われたの。……ヒース様はお救いできなかったけれど」

 〝彼ら〟と言及した際に首元の剣は戻され、代わりに剣先は翻って、彼方に戦っている姿が見えるレンカとクレーを順に差して示した。

「そうやって腰を抜かしていれば宜しいわ。ワタクシは諦めないし、戦いますけれど。剣とはその為に持つものだから。アナタのようなには……まあ、分かりはしないでしょうけれども!」

 金髪金瞳の女はヴァイへと勝ち誇って高く笑ってから、興味を失ったようにくるりと背を向けて去って行く。彼女が雪をはねのけて向かう先は、魔族とミエリ族の二人が戦っているその中心だ。


「くっ……」

 ヴァイは好き勝手罵られて悔しげに呻いたが、結局のところ言われたことは何も間違っていなかった。剣を心得た者でありながら、もはや一体何のために剣を持っているのか。何を護るために生きようとしたのか。弱い心は何一つ定まらないまま、激しくなる荒雪に降られて苛まれていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る