第29話 ルオン

『お前がやたらめったら前向きな性格なのは知っていたが、ここまで諦めが悪いとは思わなかった』

 魔王ノルタの〈魂〉の中、イルマとルオンは正面から対峙していた。ルオンは苦笑してかくりと俯き、明後日の方向へ視線を投げた。


『もう死んでいるんだから、〈魂〉の世界に還れるはずだろ。大人しく出ていってくれないか。そうでなければ、無理矢理にここを出ていってもらうしかない。〈魂〉に直接干渉するのは相当な苦しみが伴うだろうから、僕もやりたくはないんだ……』

 目を背けたまま、ぼそぼそとルオンが呟く。イルマは魔王ノルタの魔力を引っ張ることはやめずに、ルオンに尋ねた。

「なんで? どうして世界を滅ぼしたいの?」

『……』

「理由を聞かないことには協力もできないよ。魔王だって邪魔され続けたら困るでしょ?」

 ほら、と言いながら魔力の奔流を引っ張ってみせるイルマ。ルオンは嫌がる顔をしてから、はあ、と軽い溜め息を付いた。


『僕が世界を滅ぼしたいのは、《管理者》《かみ》を辞めるためだ』

「!」

 そう聞いて、イルマの脳裏にルオンと交わした会話が思い起こされる。


 ——————

 

『僕が前にいた世界が滅びた時、最後の一人になった。その結果、新たな世界の《管理者》になったんだ』

「じゃあ、ルオンも転生者みたいなものってことか。それからはずっと一人?」

『そうだが』

 

 ——————

 


「《管理者》を辞めるって……そのために世界の全てを滅ぼすってこと?」

『そうだ。別に僕にとっては初めてのことじゃない……必要ならそうするさ』

「待ってよ! 今まで一緒に過ごしてきて、それを消し去るなんて辛すぎるよ。そこまでしないでも……」

『僕はもう、この世界も《管理者》もうんざりなんだ!』

 平生、冷静な態度を崩さないルオンが声を荒げたので、イルマは眼を丸くした。ルオンはやや息を荒げていたが、すぐに調子を整えると、小さく頷く。


『いいだろう……僕が見てきたものを、お前にも見せてやるよ。それから判断するといい。僕とお前のどちらが正しいのか』


 ルオンがそう言った途端、周囲の様子が一変した。魔王の中で暗い鈍色の混ざり合う空間が、明るく照らされる。魔力の奔流を掴んでいたはずのイルマの身体がふわりと浮き上がった。ルオンも同様に浮遊しており、彼が指差した方向から映像が津波のようになって押し寄せた。イルマは思わず目を瞑る。恐る恐る目を開くと、驚くべきことに、映像はまるで自らが体験しているかのようにして目と頭に流れこんできた。小さな村落の風景に見えたが、暮らしている人々は一様に暗い顔をしている。


『これは僕が生まれた世界……【カリヴィエーラ】のの世界だ。僕の時代には、世界はすでに滅びに瀕していて……生き残り皆で滅びることを選択した。僕はたまたま最期の一人になった』

 寂れた集落の狭い部屋の中。目の前で人々が亡くなって行くなか、ルオン——映像内での自分自身——は、ナイフを手に自分の心臓を貫こうとしていた。しかし手が震えて、なかなか決断に至らない。そうしている間に、自分以外の人々が皆、息を引き取っていた。自決を諦めたルオンはナイフを捨て、火薬に火を付ける。紅い炎が周囲を包んでいくのを見て、奇妙な安心感に包まれた。


『僕は意識が薄れていって、息を引き取ったはずだった。しかし唐突に理解したんだ。この世界が滅びたことで消滅し、次の世界が生まれる。そこで《管理者》とならなければならないと……』

「理解したって……?」

『正直な所、僕自身にも分からないことばかりなんだ。ただ、この世界……というか、すべての世界のルールとして決まっているらしい、としか言えない。誰かに教えてもらうわけではなく、超常的な何かの力で理解するんだ。前世界の最期の一人が、次の《管理者》となることもな』


 イルマとルオンが話している間に映像が切り替わって、次に映し出されたのは見覚えのある光景だった。地形的に違う部分はあるが、見慣れた【カリヴィエーラ】の風景に近いものだ。今よりずっと旧文明的な装いをした人びとが、畑を耕したり建築を行ったりしている牧歌的な暮らしを送っている。


『動物や人間が生まれるまでは暇だったが、それからは楽しみもあったよ。《管理者》は過干渉を禁じられているが、多少の会話くらいは許されている。だから時々交流してみたりしてね』

 確かに、映像内の自分自身、つまりルオンは人々と会話している。相手からはルオンの姿は見えないので、福音か何かだと思われているらしく、地にひれ伏して感謝されていた。


『とはいえ、触れ合えるといっても限界もあり……僕は次第に疲れて、世界に干渉しなくなっていった。潮目が変わったのは、今から六百年ほど前に、【カリヴィエーラ】で知らぬ間に信仰されていた秘宝〝サンポ〟の存在を知った時だ』

「秘宝……。存在を知ったって、《管理者》でも知らないことがあったの?」

『新世界は、《管理者》の望む方向の世界となる。だが、すべての運命を左右することはできない。最後にはその世界に生きている者の意思によって変遷していくものなんだ。だから僕も知らぬ間に、秘宝〝サンポ〟は生まれていた。しかも、相当なイレギュラーの存在として』


 ふたたび映像が切り替わると、現実世界でつい先刻まで見ていた、《ラユの地》の雪深い山々が映し出された。記憶の時代がかなり現代に近づいている。映像内では、黄金に彩られた筒状の棒のようなものが地中から掘り起こされていた。

『これが秘宝〝サンポ〟だ』

「へえ……」

 イルマはその姿形を見て意外に思った。確かに特徴的な色と形状はしているが、何の変哲も無い蒲鉾形の筒だ。

 記憶の中のルオンが手を伸ばすと、〝サンポ〟は突如、眩い光を放った。突然の閃光に目がくらみ、ルオンは何度かぱちぱちと瞬きをする。先ほどの黄金の棒へ再度視線を向けると、驚くべき事態が起きていた。


 

「自分を……造ったのは、あなたですか? 名を教えて下さい」

 黄金の棒が消え失せ、代わりにが立っていた。銀の髪、銀の瞳、中性的な容姿をした人物。


「え⁉ これ、いやこの人って……」

『そう。彼こそがノルタ。秘宝〝サンポ〟が人の形を取った姿。後の……だ』

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