第27話 友達
『イルマ……よく考えて。あなたはここへ、何をしに来たの? 危険を覚悟してでも、やり遂げたかったこと……』
「何をしに……? それは、魔王の再封印のために……そうしなければ、死んでしまうって言われて……」
『そうね。でもそれは、本当の望みかしら? 心からあなたが願ったことは、何?』
「望み……」
リンロートに訊かれたことを自問するうちに、自然と目線が下がっていく。ゆっくりと記憶をたどる。ルオンからは魔王封印を命令されてハミルトン家に転生し、喧嘩しながら育った。初めは口が悪くて悪魔じゃないのかと思ったけれど、一緒に過ごす内、かけがえの無い存在になっていった。ずっと独りで『神』の仕事をしてきたと聞いて、望みを叶えてあげたい。力になりたいと思えた。
ヴァイと出会って、心を許せるほどに親しくなった。魔族と通じていると知った時、どうして、という想いに埋め尽くされた。魔王復活をさせてしまえば世界が滅びる、悲しい。止めてほしい。レンカやクレー、ティエラ、皆が生きている世界を消し去らないでと……そう願った。
「っ、わたし……ヴァイに、世界を滅ぼすなんて悲しいこと、止めてほしかった。ルオンの、願いごと……叶えてあげたかった。友達だから……大事、だから……」
自身の奥底にあった願いを口にするたび、涙が溢れて止まらなかった。気づかなかった。わたしにとってのヴァイとルオンは、こんなに大事な存在だったんだ。
「でも、どうしろって言うの⁉ わたし、ヴァイとルオンに利用された! 裏切られて殺された‼ 友達だと思っていたのは、わたしだけよ‼」
絶望のままにイルマは慟哭した。裏切られた痛みは心を深く抉り、命すら失った今となっては、あまりにも無力だ。しかしリンロートは、それを聞き届けても表情を変えずに、イルマに言い迫った。
『裏切られた……たしかに悲しいことよ。だけど、あなたが友達だと信じたことは、違いないわ。消えたり、変わったりしない』
リンロートは瞬きひとつせずに、イルマの瞳を見つめている。
『あなたが友達に対してどうしたいかは、裏切られたからって変わらない。だって今のあなたは、彼らを許せないのではなくて、助けたい。止めたい。そう願っているはずよ』
「っ……!」
イルマは息を呑み、澄ました顔のリンロートへ、何か言い返したい衝動に駆られた。屁理屈だ。裏切った相手を許せない、そう思うのが普通じゃないか。叶うなら剣でも持って殺してやりたいくらいに。なのに何故、ヴァイとルオンをこんなに愛しいと感じるんだろう。もう一度そばに居てくれるなら心地よいだろうな、と想像してしまうんだろう。
『友情は、人を信じる親愛の心。あなたは……信頼し、愛しているの。たとえ間違いを犯したとしても理由があるはずだと。彼らを大事に思えばこそ、止めなければならないと』
「……」
リンロートの言葉はすとんと胸の内に落ちた。ヴァイが自分を利用したのもリンロートを救うため。ヴァイがイルマと接する中で時折見せた、感情の爆発を抑えているかのような辛い表情。あれはきっと、リンロートを救うためにイルマを殺さなければいけない──その葛藤だったんだ。だとしたら、ルオンも? いつもは蝶の姿をしていたし、何を考えているのか分からない時ばかりだったけれど、やむを得ない理由があるのかもしれない。世界を滅ぼさなければ叶わない望みを、秘めているのかもしれない。
「リンロート……わたし、まだ終われないよ。ヴァイとルオンを止めなきゃ。それから、世界を滅ぼしたい理由を確認してから、バシッと叱ってあげなきゃだよ」
イルマの声は咽び泣く少女のものではなくなっていた。前を向いて一心不乱に立ち向かう、彼女らしい強さと、決意を滾らせている。その顔を見下ろしてリンロートの表情は和らぎ、ゆっくりと頷いた。
『魔王が封印を完全に解くにはもう少し時間があるわ。その間に私の〈魂〉は、あなたの〈魂〉と融合して一つに戻る。そうすれば私の覚えていた魔術が使えるはずよ。もともと魔術とは、
「リンロート……でもそれって、せっかくあなたが自由になったのに……」
何百年も封印されてきたリンロートは、ようやく解放されたばかりのはず。イルマが引き止めようとするのに対し、リンロートは首を横に振った。
『私はあなたで、あなたは私。最初から同じ存在なのよ。だから私、あなたに託すわ』
そう言うと、リンロートは笑いながら両腕を開いた。イルマは一瞬驚いたが、すぐに同じように腕を広げると、輪郭がぼんやりとしているリンロートの身体を抱き締める。物理的な感触はなかったが、そこに彼女が居る温かさを感じた。
『モナンのこと……頼むわね』
耳元で祈るような声が聴こえ、イルマは頷いた。リンロートの温かさが消えていく代わりに、自らの身体のより深いところへ何かが移る。得体の知れない未知の力と、血が漲るような力、そして強い願いが流れ込んできた。イルマはそれらを呑み込むようにゆっくりと深呼吸をし、長い息を吐いた。
「さっ、行くわよ!」
イルマは眩く青い双眼をきっと振り向かせて、この暗闇のような空間を制するべく、走り出した。
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