第25話 魔王復活

「……うっ、っふぐっ、イルマ、イルマぁぁっ……!!」

 断頭台から吹き飛んだイルマの頭のもとへ、ヴァイが飛び込むように駆け寄った。頭だけになってしまったイルマを抱え込み、無様に鼻水を垂らして泣く。衣服は頭から溢れる血によって赤く塗れたが、気にする余裕はなかった。


『ヴァイ、イルマの役目は終わった。リンロートの封印が完全に解かれれば、〈魂〉の世界に還っていつか次なる転生に導かれるだろう。……お前の愛しいリンロートを今解放してやる』

「っ……」

 ルオンが断頭台の上から平坦に言った。片腕を持ち上げ、何かの塊を掻き回すような動作をしてから、封印された魔王に向けて放つ。すると、魔王を囲っている結晶体が眩く光り出した。

「おお……! 封印が解ける!」

 魔女ヒウルが目を輝かせ、恭しく神への祈りを捧げるような所作を行う。


 男女が向き合っている姿の石膏像にヒビが入りがらがらと崩れていく。石膏像が崩れ落ちた後から、結晶体の放つ光がどんどんと強くなっていき、魔王の姿を隠すほど輝いた。軋む音を立てた後、ばきり、と入った巨大な割れ目を契機に、結晶体は崩壊していった。結晶体の破片がすべて落ちきった後、眠っていた銀髪の青年——魔王がゆっくりと瞼をひらいた。

 髪色と同じ白銀の瞳。自身へ羨望の眼差しを向ける魔族、泣き崩れる王子も、なにひとつ興味を持っていないような気怠い視線が周囲を探った後、ルオンを見て留まった。


『久し振りだな、我が友……ノルタ』

「ああ、久し振りですね、ルオン。我が朋友」

 ルオンの声には万感の思いが込もっていて、泣きそうになりながら笑顔を作った。魔王ノルタはそんなルオンに微笑み、互いに近寄った後に握手し、抱擁を交わした。



 

「いたぞ!」

 魔王ノルタが復活し、王子以外の誰の眼にも見えはしない神と再会の喜びを分かち合っている所へ、雪を被り白む木々を掻い潜って何者かが侵入した。

「……これは、まさか……魔王復活が果されたってのか?」

 処刑場を囲むように鬱蒼と繁る森から現れたのは、レンカだった。後を追うようにクレーものっそりと姿を見せる。レンカは、恐らく魔王を封印していたであろう結晶の残骸と、美しく底冷えするような迫力を放っている魔王を交互に見て、愕然とした。


 そこへ、処刑場側に立っていたハイネがレンカに気付き、驚いたようにぱっと表情を明るくした。

「おや? ミエリ族の二人じゃないか。どうやってここに?」

「魔女の真似をしたんだよ。お嬢様から預かった本に、転移の術法が書いてあった。ミウリ族と騎士たちの魔力を集めてもらって、オレとクレーだけが先に飛んできたってわけ」

 レンカが懐から覗かせた本の表紙を見て、ハイネはあー、と納得したようにつぶやき、ハイネの後ろに立っている魔女ヒウルは顔を顰めた。イルマが王都の地下書庫からくすねてきた封印に関する本を、レンカが持って来ていたのだ。

「兄さん、あれ……」

 ハイネとやり取りしていたレンカに、クレーが震えた声で口を挟んだ。ふだん引っ込み思案で大人しいクレーにしては珍しいことだ。余程のことだろうと、レンカがクレーの指差す先へと視線を向ける。そして驚愕し、目を見開いた。


 首だけになったイルマの悲しげな顔。それを抱えながら全身を鮮血色に染めて、ぐちゃぐちゃに泣き腫らしているヴァイの姿。


「ヴァイモン……っ‼ この外道め‼ イルマがどんな想いでお前を助けようとしていたか、分からねえのか!」

「うっ……! ッ、うう……」

 烈火の如く猛るレンカの叫びに、ヴァイはますます縮こまるように身を丸くした。レンカは怒りのまま、背負っていた弓を素早く構えて矢を放った。しかしヴァイに到達するまでの間にハイネが飛び込んできて、矢は彼の振るった槍に叩き落とされた。

「レンカ、落ち着いて。君は僕の相手をしてほしいな。あの王子は今、使い物にならないし」

「……」

 相変わらず飄々と笑っているハイネを鋭く睨み付け、レンカはすらりと剣を抜く。

 兄の様子を見守っていたクレーが、代わりにヴァイへ近寄ろうとしたが、別の敵に行く手を塞がれる。クレーにたちはだかった黒いツインテールの女は、短剣を両腕に持って握る。腰を低く落とし、まるで獣狩りをするかのように舌なめずりをして、クレーへと襲いかかった。

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