第24話 処刑の日

 イルマは牢屋の中で独り絶望を味わった。《ラユの地》を覆っている身を切るような酷寒の中で、薄着を数枚しか着られていない状況。湯を飲んだせいで機能を取り戻してしまったのか、全身の震えが始まった。歯ががちがちと擦れて鳴っている。

 しかしイルマにとっては、厳しい環境より心に突き刺さった真実のほうが何倍にも恐ろしく、遙かに鋭い痛みをもたらした。友であると信じ、傍で生きてきた筈の者達に背を向けられた、深い孤独。かつてイルマの目指した筈の道は暗く閉ざされていた。




 翌早朝。吹雪がごうごうと吹き荒れる只中にイルマは立たされていた。目の前に野ざらしの処刑場があり、階段を登ってすぐ正面に断頭台が備えられている。高所から刃を落とすギロチン式だ。イルマは手首に枷が嵌められ、足首も緩く拘束されていて、傍に控えている魔族と思しき処刑人がその鎖を持っていた。断頭台へ続く道を守るようにして、魔女ヒウルとハイネ、アイノの兄妹が脇を固めている。イルマは牢屋を出てからは貫頭衣と靴しか着ることを許されず、全身の震えで身体がまともに言うことを効かなかった。

 イルマは魔族の処刑人によって肩をつかまれると、くるり、と断頭台と逆側を向かされた。

 そこには断頭台と向き合うようにして、誰かが眠っていた。透明な結晶体の中に、長い銀髪の中性的な容姿の人物が封印されている。結晶体の下部では結晶全体を覆うようにして、男女が向き合って手を繋いでいる姿の石膏像があった。奇妙なのは、石膏像は結晶体とぴったりくっ付いて彫像されており後から建築されたようにしか見えないのに、結晶と石膏像の間には一寸の隙間もないのだ。結晶体を柔らかい布で包み込み、そのまま石像になったかのようだ。結晶に眠る人物の門番みたいだった。


「見るがいい。あれこそが魔王様……そして二〇〇年前に施された、忌々しいリンロートによる封印さ」

 魔女ヒウルが発した声は、まるで胴鳴りするように響き渡って、風の音を遮り耳に届いた。


──『私は彼女を追って身を投げ、死の直前に彼女とともに〈魂〉を使って魔王封印を行ったんだ。再封印は果されたが、結果として……私とリンロートの〈魂〉の半分は人柱となり、縛り付けられることとなった』——

 ヴァイが言っていた話のとおりだ。

 目の前で眠る銀髪の美しい人が、魔王。そしてリンロートとモナンの〈魂〉半分を使った封印の証が、この石膏像だ。


「魔術が遣えない身体にされて、たいそう億劫だろう? この世カリヴィエーラの魔術というものは、眠られている魔王様から魔力をお借りして、〈魂〉に引き出して行使する技術だ。お主とヴァイは〈魂〉が半分のみであるから、遣えないのも道理さね」

 ヒウルは可笑しそうにくつくつと嗤う。初めて知る話だった。以前魔術についてルオンに尋ねた時、『お前には魔術を使う素養が無い』と言われたが、本当の理由は〈魂〉が半分しかないからだったのだ。この眠っている人、魔王から魔力を引き出して、魔術は使われているのだという。

 だとすれば、魔王は無理やり封印されてなお、安らかに眠ることすら許されていないんだ。……イルマは得も知れぬ同情を覚えた。


「……魔王を復活させて、どうしたいの?」

 寒さと疲労によってイルマの口からはか細い声しか出なかったが、それを聞き取ったらしい魔族の少女・アイノが高らかに笑った。

「決まってるじゃない。この腐った【カリヴィエーラ】を滅ぼすのよ!」

 イルマが凍えながらどうにかアイノの方へと顔を向けると、彼女は誇らしそうに胸を張っていた。憎しみではなく希望に溢れた瞳を向けてきて、イルマは驚き、恐怖した。世界を滅ぼすことに憂いの欠片も感じていない、これが魔族なのだろうか。

 

 何故そんなことを、とアイノへ問おうとしたところで処刑人に腕を引っ張られ、断頭台へ向かうように指示される。もはや逃げる気力もないイルマは、促されるまま大人しく断頭台へと足を進めた。大魔女ヒウルやハイネ達も処刑場の外からゆったりと追従してくる。断頭台への階段を登っていくと、斬首される場の側でヴァイと、ルオンが立って待っていた。裏切り者とわかっていても、自分の最期を看取りに来てくれたかのような安心感を覚えてしまう。しかしイルマはすぐに処刑人に背を小突かれ、断頭台に倒れ伏した。もう感覚がほとんど無い。涙が溢れるそばから凍り付いていく。


「イルマ・ハミルトン。この者の命を聖なる《ラユの地》に捧げん……」

 暴風雪が狂ったように吹き荒れる中、処刑人が抑揚のない声で宣言をする。


「ヴァイ、どうして。どうしてなの──」

 首が処刑人によって固定され、顔を上げることも難しい。イルマは泣きながら呻いたが、ヴァイからの返事はなかった。《ラユの地》で吹き荒れる暴風に紛れ、首を目掛けてまっすぐと刃の堕ちる音が響き渡った。

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