第22話 魔族の領域
バーバリー領に面する、年中吹雪が止まない極寒の世界・《ラユの地》は、険しいヒウル山脈で囲まれている。とても動植物が生きていける環境とは思えないが、魔女の生き残りや魔族達がひっそりと暮らしている。《ラユの地》の西最奥には、魔王の眠る封印があると言われているのだ。
《ラユの地》に入った途端、猛烈な吹雪に襲われ、一行の体力はどんどんと奪われていた。雪山に慣れていない騎士達は少しずつ足取りが重くなっていく。一方のイルマは、前世の経験が根強く残っているのか、未だに十分な余裕を残していた。その姿に騎士はもちろん、ミエリ族の者達まで驚愕を隠せずにいる。
「あのお嬢さん、マジか……」
「面白いだろ? 魔術なんかよりよっぽど魔法だよな」
レンカが冗談っぽく言うと、ミエリ族の仲間は納得したように何度か頷いた。すると同じタイミングでイルマが振り返り、レンカに尋ねた。
「レンカ、そろそろ休憩挟んだほうが良いよね? あの辺りはどう? みんなちょっと疲れてきてるし」
「そうだな、いったん休もうか」
前を進むイルマが遠方にある洞窟を指差す。吹雪の暴風から身体を休めることも出来そうだ。
すでに疲れが見え始めていた騎士達が先に洞窟へと入っていき、安堵の息をつく。その後に入ってきたミエリ族が騎士達へ、今の休憩で身支度や装備を整えて置くように、と指示している。
「魔王のところまでは、まだ結構な距離があるよね?」
「七、八日は必要になるだろうな。今日のうちに彼らにも慣れて置いてほしい所だけどな」
イルマとレンカは洞窟入口に立ち、一行の様子を眺めていた。雪山の登山というのは想像以上に過酷で、いつ死人が出てもおかしくない。イルマはバーバリーから預かった大事な人員を失うことがないよう、注意を払わなければと己を引き締めていた。
「イルマ、あんまり気負うなよ。オレ達もいる。アンタは狙われてる身だってことを忘れんなよ」
「あ、うん……」
秘めているつもりだった気持ちをレンカに言い当てられ、イルマはばつが悪そうに笑う。レンカの言う通り状況は悪いままだ。しかも今は敵地の中。登山の疲労だけでなく、敵からの強襲にも備えねばならない。いつもなら口酸っぱく叱りつけてくる頭の中も、今日は静かだ。ルオンは蝶の姿では雪山の環境に適応出来ないからということで同行していない。相棒のいない心細さは感じずにはいられなかった。
……『愚かよの。我々の地を踏み荒らして、無事に進めると思うてか』……
その時、洞窟内に聞き覚えのある老婆の声が響いた。洞窟の外から突然強風が吹き込んできて、一行に動揺が広がった。イルマは吹雪に吹かれるうち、身体を吹き付ける風の動きが妙であることに気付く。吹き抜けていくはずの風が、徐々に渦のように丸みを帯びていき、それはイルマ自身を抱え込むようにぐるりと巻き付いた。
「! しまった、イルマ!」
強風で身動きが取れないでいるレンカが叫び、イルマに対して手を伸ばす。手を取ろうとするが、烈風に煽られて腕を動かすことも叶わない。吹雪はイルマを包み込むと更に勢いを増して、やがてその姿を消し去るように真っ白い光で染めていく。
「お嬢様!」
洞窟内からクレーが決死の表情で駆け付け、イルマを救わんと暴風の中をその強靭な身体で突っ切った。しかし、次の瞬間には吹雪の渦は消え去り、イルマの姿形も失せていた。洞窟とレンカ達の立つ大地全体が唸るようにして、魔女ヒウルの笑い声を響かせている。
……『娘は貰い受ける。お前達はラユの酷寒にせいぜい苦しむがいい』……
続いた老婆の笑い声に、騎士や戦士達は思わず身を竦ませる。全員へ聞かせるために魔術が用いられていたため、誰もが地鳴りのごとき老婆の高笑いをその身で味わうことになった。
「クソッ!」
笑い声が収まった後、レンカは珍しく怒りを露わにし、洞窟の岩肌を殴りつけた。すぐにでも洞窟を飛び出しそうになっているところを、クレーが後ろからがっしりと肩を掴んで引き止める。
「兄さん。落ち着いて、ください。焦って進んでも、危険です」
「……ッ、お前の言う通りだ。確実に進むべき、だよな」
悔しさを滲ませて拳を握り込むレンカに、クレーはゆっくりと頷いた。兄の代わりを買って出るようにして洞窟内に歩いていくと、出発の号令をかけていく。レンカは拳を力なく降ろすと、自らの無力さに舌打ちをした。
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